第5話 決断

「大変だ!」

「何が有った?」

「川﨑先生が転倒して花瓶の下敷きになった!」

「どうしてこんな事に?」


 花瓶の割れた音はどうしても注目を集める。体育館に居る全員が慌てて駆け寄って来るのも当然だ。

 こうなると美月もいつまでも天翔の腕の中に収まっている訳にはいかない。

 集まって来た教職員に説明すべくヨロヨロと立ち上がろうするが壇上から落ちた直後だ、流石に足元がおぼつかない。

 ようやく立ち上がったものの、天翔の支え無しではいつ倒れてもおかしくなかった。


「川﨑先生が御神本先生から花瓶を奪うついでに、御神本先生を壇上から突き落としました」

「そして自分はよろけて転んで、奪った花瓶の下敷きになりました」


 見ていたと主張する生徒が説明した。

 その生徒とは先程、国旗と校旗を美月に届けた2人組だった。2人共、言い終わると天翔に向かってニヤついてみせる。

 

「そんな馬鹿な事があるか!」


 教職員は頭から否定する。そんな事が信じられないのも無理は無いだろう。


「一体何が有ったのですか?」


 その時、入学式の準備の進捗状況の確認の為に来た校長が事態の説明を求めて来た。

 教職員の説明を受け、校長の表情が強張る。


「先ずは救急車を呼びましょう」


「待って下さい!」

「証拠なら有ります」

「私たち動画を撮っていました!」


 校長の言動を制する様に舞台袖から女性の声がしたかと思えば、3人の女子生徒が姿を現した。


「演劇部です。私たち入学式の準備のお手伝いをしていましたが、川﨑先生の御神本先生へのパワハラが有ったので、念の為に録画していました」


「パワハラ?」


 驚く校長は周りを取り囲む教職員に水を向けるものの、それには誰も応えようとはしない。


「その動画を見せてもらえるか?」


「もちろん」


 一部始終を見ていた女子生徒によって、美月に対する川﨑の言動が白日の下に晒された。

 だが流石に全てを録画している訳にはいかない。所々で切れてはいたが、一応の全容は掴める。

 しかしその動画は川﨑が美月が抱えていた花瓶に手を伸ばした所で終わった。


「肝心な所で終わっているな」


「続きは私が撮っています」


 他の演劇部員が手を上げる。すぐに他の部員が録画を続けるのはチームワークが良好だと言う事か。


「それでは続きをご覧下さい」


「ちょっと待ちなさい。その前に救急車を」


「何を言っているんですか校長先生!」

「どういう状況で怪我をしたのかハッキリしないと、救急搬送に関わる方も迷惑です!」

「それにこの後は入学式です。晴れの入学式に搬送先の決まらない救急車が停まっていては、新入生も保護者の方も不安になります!」


「それもそうだな」


 結局校長は救急車を呼ぼうとしても演劇部員に押し切られてしまい、救急車は動画を見てからとなった。

 その動画は川﨑が花瓶をファンブルして尻餅を付いた所から録画されていて、そこに至った経緯は省略されている。

 

「なるほど、川﨑先生は花瓶を抱えたまま後ろ向きに歩いていたものの、足が縺れて尻餅を付く際に花瓶を宙に投げてしまい、ご自身の顔で受け止めたと言う訳ですか?」


「はい!」


 演劇部員だけでなく、その場に居た全ての生徒が声を合わせた。川﨑はこの全員から嫌われていたと言う事だ。


「ではそれを伝えて救急車を呼びましょう」


 校長が断を下し結局の所は救急車にご足労願う事になったが、救急車を呼んだ校長に演劇部員達が刺すような視線を向けている事を天翔は見逃さなかった。

 彼女たちの怒気を隠そうともしない視線を。

 だが今は美月をしっかりと立たせる事が大事だ。


「大丈夫? 御神本センセイ!」


「あっ、ありがとう。蒼井君」


 言いつつまだ天翔の腕を頼りにしている。

 

『いつまでもこうしていたいけど、私は教師で天翔くんは生徒なのよね』

 

 美月は心の中で1つの覚悟を決めた。

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