第6話 演劇部の部長
川﨑は意識が無いまま救急車で運ばれて行った。
「馬鹿な奴だよね。花瓶に水を入れさせたからダメージが大きく跳ね上がったわね」
天翔は不意に背後から女子生徒に声を掛けられた。
既に美月は立ち上がり、他の教職員の所へ行っている。
「ん?」
天翔が振り返るのを待たずに彼女は構わずに続ける。
「ごめんなさい。キミも川﨑には良くない感情を持っていたと思って」
そう軽く言ってのける女子生徒は、どうやら3年生のようだ。
「演劇部部長、
「演劇部?」
「そう。顧問はあの川﨑の演劇部」
そして視界に映ったショートボブの3年生は、むしろ美月よりも大人の雰囲気がした。
しかしそれは美月が実年齢よりも若く見える事も一因なのだが。
「先輩、顧問の不幸を喜んでますよね?」
「当たり前でしょ。流石に死ねとまでは思わないけど、これで長期の入院でもしてくれれば」
「どういう事ですか?」
「簡単に言えば川﨑は演劇部の男子にはパワハラ、女子にはセクハラをしまくっていたのよ!」
「先輩もですか?」
天翔は言ってから後悔した。この質問その物がセクハラに他ならないと直後に気が付いたからだ。
「すみません」
「大丈夫。私は大してされてないの。おしりをちょっと触られただけなの。「訴えますよ」って睨み付けて言ったらそれで終わったわ。だから気にしないで」
「すみませんでした」
「
反撃されないからいい気になる。イジメやハラスメントの典型的パターンだ。
「誰も学校とかに訴えなかったんですか?」
「内に抱えちゃう子を狙ったのよ。もっとも、男子はその限りじゃないけどね」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。男子は徹底的にいたぶるのよ、退部するまで。お陰で演劇部は5人の女子しか居ないわ。3年生が2人と2年生が3人!」
悠衣は瞳を大きくして天翔の顔を覗き込みながら声を次第に弾ませた。
「あの先輩、何故そんな話を俺にするんですか? !」
天翔は言い終えたその瞬間、背筋がゾクッとした!
理由は2つ。1つは目の前の悠衣の獲物を見定める女豹の様な視線。
そしてもっと大きな理由として、割れた花瓶を片付ける為の箒を握り締めた美月が魔女の様に凍て付く視線で睨み付けている事。
天翔は悠衣の視線など問題にならない恐怖を覚えながら、箒が飛び道具でない事に感謝した。
「スカウトよ!」
しかしそんな事などお構いなしに悠衣は続ける。
「男子部員が居ると居ないとじゃ、新入部員の勧誘に大きな差が出るの!」
入学式の直後は新入部員勧誘の季節だ。仮に男子部員が居ない場合、女子の先輩しか居ない部に新1年生の男子は入部し辛いだろう。
だが天翔は疑問に思った。
「何で俺なんですか?」
当然の疑問だ。
「簡単よ!」
悠衣は明るく声を張り上げる。
「キミのクラスにも演劇部員はいるのよ。話は聞いたわ!」
「えっ?」
「川﨑をやり込めて副担任の先生を助けたそうじゃない! 川﨑とやり合える男子なら大歓迎よ!」
「いや先輩、俺に演劇なんて無理です!」
「そう?そんな事ないと思うけど。それに聞いたけど、キミって部活に入ってないんでしょ!」
美月の刺す様な視線には流石に耐えられず天翔の声が裏返るが、悠衣はそんな事はスルーして自分のペースを崩さない。
「俺、
事実、これまで意識的に外見での好感を持たれない様に振る舞ってきた天翔は、いつの間に一部の女子からそんな呼ばれ方をされた。
天翔は悠衣から逃れようとするが、悠衣はそれを許さずその右手を天翔の顔に伸ばす。
「大丈夫。私の目に狂いが無ければキミは磨けば光る…」
「蒼井君!」
天翔の頰を悠衣のしなやかな指が撫でた瞬間、ずっと箒を片手にしている美月の声が体育館に響き渡った。
その声の怒気に天翔は思わず直立不動となり、その背筋が凍り付く!
「花瓶を片付けるから手伝って下さい!」
今度は天翔が美月に助けられた形となり、悠衣の攻勢からようやく開放された。
『美月は可愛く「何よ、鼻の下を伸ばしちゃって!」なんて言うかな』
なんて直後の美月との会話に想いを馳せる天翔であったが、美月はそんな雰囲気ではなかった。
「後で話が有るの」
「話?」
「この後は時間が取れないから、私が帰る頃に会えないかな?」
「いいけど」
この時、天翔は理解してしまった。何時になく美月の声のトーンが低い理由を。
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