第239話 だいたい想像できる

 239 だいたい想像できる


「本当に偶然なんだよー。この冒険者さんたちが夜、小熊亭に来た時にたまたま僕と母さんが食事をしてたんだー。あー父はねー最近けっこう忙しいんだよ。今はいろいろ話し合うことが多くてねーその日も遅くまで会議に行ってた」


 エリママが退屈だからと3男を連れて小熊亭でご飯を食べていたらしい。そこに黄昏の人たちが手紙を届けるついでに夕食を食べにきたのだそうだ。


「サンドラが声が大きいからさーこっちにも聞こえちゃったんだー。そしたらうちの母がつかみかかる勢いで『フェルちゃんは無事なの?怪我なんてしてないわよね』ってこちらの冒険者のみなさんに詰め寄っちゃってさー。あ、ちょうどオークキングの話をしてた時だよーそれでうちの母を抑えて謝って、そのあとみなさんと一緒に食事をすることにしたんだー。だってほら、みんなでいろいろ注文すればいろんな種類のご飯が食べられるじゃない。僕たちも注文がまだだったからね、それならいろいろ頼んでみんなで分け合いましょうって話になってさー」


 黄昏のみんな。一緒に食事をしたのは元王女とその息子だぞ。


「いやびっくりしたぜ。話を聞けば王都でのケイたちの親代わりだって言うじゃねえか。お前たちの話でその日はいろいろ盛り上がっちまってな。領都に行く護衛の仕事を頼むっていうから二つ返事で受けちまったんだ」


「あんたは昆虫みたいな神経してるから平気だっただろうけどね。あたしやサイモンなんてずっと気が気じゃなかったわよ。サンドラさんが気を利かせてこっそり教えてくれたから、あたしたちはそれなりに気を遣ってたけど、ジークなんてエリーさんをずっとおばさん、おばさん面白いなとかってとにかく連呼してるのよ。あたしその日の宿で暗殺されちゃうかもって気が気じゃなかったんだから」


 知っていたか。やっぱりジークはブレないな。絶対身分が高い人の近くに行かせてはいけない人だ。


「そんなの全然気にしなくていいんだよー。うちの母も帰ってからずっと楽しそうにしてたよー。『ジークって面白いわねー。あなた専属で雇ったらいいじゃないー』って言ってたくらいなんだからー」


 3男のエリママの声真似が完成度が高い。器用だな3男。


「それでさー。母が僕に『明日にでも領都に仕入れに行きなさい。早いほうがいいわ。ケイくんたちが無事かどうかちゃんと確かめてくるのよ』って言い出して、だけどさすがに次の日すぐには無理だから丸1日かけて準備して次の日、そう、3日前に王都を出発したんだー。あ、一応父から手紙を預かっているよ。おっと、心配しないで、全然っ困ったことにはなっていないから。大丈夫だよー大事な連絡とかじゃないからね」


 そう言って3男が僕に手紙を渡す。


「と、とにかく注文を聞いていい?お客さんも待ってるから話は作りながら聞くね」


 3男たちは人数分の照り焼きバーガーを注文して屋台の裏に今日もまた飲食スペースを作り始める。

 3男たちはマジックバッグから野営で使ってた椅子とテーブルを出し、ジークとザックがどこからかテーブルを運んでくる。

 ジークたちの椅子は僕らが持っているような折りたたみの椅子だ。話を聞いたら小熊亭で食事した次の日ゼランド商会で買い物をしたらしい。

 会長自ら接客してくれて、さらにいろいろ値引きしてくれたとジークが僕に言う。


「ギルドカードを持ってるだけでゼランドさんの商会は値引きしてくれるからね。あとはエリママと仲良くなったからだと思うよ。どうだった?何か良いものは買えた?」


 僕がそう言うと何故かナンシーさんが激しく頷く。何を買ったかはとりあえず聞かないでおこう。


 ゼランドさんの手紙には僕たちが気にしていることは全く問題ないことと、3男がきっと迷惑をかけると思うから許してほしいこと。そしてエリママが君たちに届けて欲しいものがあると言うので黙って受け取ってほしいということが書かれていた。

 そして3男がうらやましいからいつか僕の屋台の料理を食べさせてくれとも書いてあった。


 ひとまず安心、と感じる余裕も正直あまりなく、ひたすら注文を捌いていく。

 3男たちには少しお待たせすることを謝って先に並んでいた人たちの注文から作っていった。


 そしてフライパンも使い一気に3男たちの分を作る。フェルが中に挟める野菜とパンの準備をしてくれる。

 3男がお茶のおかわりを欲しがるけれど、そこに置いてあるから勝手に飲めとフェルが言う。

 3男はヘラヘラとお礼を言って自分でお茶を注いで戻って行った。


 みんなの分をいっぺんに出したら余裕ができた。少しだけデイビットさんと話をする。

 3男とは王都にいた頃からの付き合いらしい。飛び込みで店に入ってきた3男とその日のうちに打ち解けて、領都に移る時にはゼランド商会からの支援もあったそうだ。

 何となく、というかだいたい想像できる。そういえばずっと前に領都で仕入れてきた食器を買ったことがあったっけ。あれはデイビットさんのところの商品だったんだ。


 デイビットさんのところではピーラーと泡立て器を卸してもらったらしい。

 他の領都の店よりも少し多めに持ってきてもらったのだとデイビットさんが片目をつぶって笑う。


 3時も過ぎて残りのパンの数を確認してたら3男が僕の後ろに座り仕事の様子を見学しにきた。いつの間にかビールを飲んでいる。

 楽しそうだ、っていつものことか。


「ケイくんがデイビットさんの店のお客さんになってだなんて予想外だったよー。いつか領都に一緒に行った時に紹介しようと思ってたんだよー。いろいろ見せてもらった?ケイくん向きのものがいっぱい置いてあるんだけど、あ、でも今はダメかー。困ったよねー。そんな店じゃないんだけど場所がやっぱり悪かったのかなー。あそこ貴族街に近いから。でも空いてる物件が当時そこにしかなかったんだよねー。お店も外側が変に立派だったでしょ。最初はあんな感じじゃなかったんだよー」


 3男はお店を立ち上げる時に手伝いに行ったらしい。そういえば3男はエドさんと知り合いなんだろうか?


「あー、エドー。昨日会ってきたよー。あそこの果実水美味しいよねー。エドとはけっこう古い知り合いなんだー。エドが学校に通ってたころから知ってるよ。サンドラの先輩だって知ってた?世間って狭いよねー」


 そうだったのか。だからエドさんも論文がどうとか言ってたのか。いずれにしても僕なんかにそんな大層なもの書けるわけがない。


「あ、そうそう、製氷皿だっけ。あれを何故かエドが持っててさー。もっと欲しいって言うんだ。ガンツのところでさっき注文してきたんだけど、構わなかったかな?あれってケイくんが最初にガンツ作ってもらったんでしょ?」


 ん?製氷皿を持ってる?なんでだろ。事情はよくわからないけど別にあれは特許なんて関係ないはず。


「そんなの全然構わないよ。でもガンツって今忙しいんじゃない?怒ってなかった?」


「ガンツがケイくんに関係することで怒るわけないじゃん。こっちの鍛治師にやらせるって言ってたよ。材料もこっちの方が手に入りやすいみたい。ここにはとにかく物が集まるからねー。大抵のものは手に入るんだ。しかもけっこう安いしね。ほら僕ってこのあたり周辺の仕入れを任せられているじゃない。だけど交通費を考えるとあちこち仕入れに行くより領都で全部仕入れた方が安上がりだったりするんだ。この領都でこの周りの特産を集めて、よその町に運ぶような商会があればかなり儲かると思うんだけどねー。なんで誰もやりたがらないのかなー」


「行商人とかがそういう仕事をしてるんじゃないの?」


「それがねー。その行商人たちが持ってきた物を王都のあちこちに売り捌くような商会がないんだよ。持ってきた物は一度市場に全部おろしてるから、割安って言っても少し値段もあがっちゃうしねー。それにこの辺りの村を回るより、最近の行商人は魚を仕入れに行く人たちの方が圧倒的に多いしね。遠くまで運んだら運んだだけ高く売れるから。品物がダメになっちゃうと大損害になっちゃうんだけどねー。あ、市場の角のとこの魚屋にはもう行った?あそこで前にケイくんのお土産にした鰹節を買ったんだよ。王都の市場でこっちの物を扱うお店があったじゃない。魚屋の主人はあの店の店主のお兄さんなんだ。今度紹介しようか?って、え?もう会ったの?すごいね。さすがだよ。これじゃあ僕が案内できる場所なんてもう無いよ。ケイくんかなり領都を満喫してるねー何だか悔しいなー」


 3男たちが一気に注文してくれたから今日は全部売り切れそうだ。今のうちにラッセルさんの分を取り分けておく。

 トビーのところに行ってケチャップを少しもらってきた。これでラッセルさんのために少し味を変えたハンバーガーを作ろうと思う。

 ついでにトビーのところで3男のためにホットドッグを買ってくる。

 

 これでも食べてもらい3男には少し静かにしておいてもらおう。

 


 



  








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る