第237話 幕間11 2024.7.17 改定
237 幕間 11 2024.7.17 改定
ケイが屋台を開業して1週間ほどたった頃、領都冒険者ギルドのマスター、ローガンは1通の手紙を受け取った。
正確にはローガン宛の手紙ではない。その手紙はギルドの食堂のマスターであるウォルターに宛てた物だった。
ローガンはその手紙を最後まで読み、それを持ってきたウォルターを見た。
「で、結局どうしろってクライブは言ってんだ?」
「俺たちに任せるってことなんじゃねーかな?昔っからあいつは言葉が足りねえ」
「それはお前もだけどなウォルター。まあお前が残ってくれて実際助かってるけどな。鉄壁と殲滅女王が街を離れたのにお前がついてった時は焦ったぜ」
「あの時は店を立ち上げるのに人手が必要そうだったからな。だがあいつらの横暴を止めなくちゃなんねーし、とりあえず店は軌道に乗ったから2人に任せて俺はこっちに戻ってきただけだ」
「大変だったよなー。実際ギルドを立ち上げたばかりの頃は。あいつらが口出して来る度に何度殴りかかろうと思ったか。そういやお前、騎士団長の胸ぐら掴んで投げ飛ばしてたよな。あれば良かった。あれからあいつギルドに一切近寄らなくなったからな」
「んで、どうすんだ?」
「さあ?そんな依頼なんてそもそも来てないけどな」
「捨てたか」
「さあな。俺は知らんな」
「いつ気づいた?」
「オークキングの一件があった頃だな。王都からの書類は全部俺のところに来るから、まず一番最初に俺が見る。いや、そうことじゃなくてだ。だから俺が知らねーって言ってんだからそれ以上考える必要ねーだろ。まあこの領都にいる限りは大丈夫だ。問題はあの2人が王都に戻ってからだろうな。西のギルドを押さえ込むのはおそらくライアンがもう手を打ってるはずだ。きっと隣国にも信頼できる冒険者を送り込んでるはずだぜ」
「だろうな。あの『お見通しのライアン』のことだ。あらゆる手はもう打ってあるだろ」
「しかし、ケイはすげえ奴だな。屋台の料理は食ったか?信じられないくらい美味かったぞ。クライブの弟子にしておくのはもったいないぜ。なんとかして領都に移住させれねーかな」
「小僧は領都でいつか屋台をやりたいって言ってるぞ。こないだ鍋をうちに借りに来たんだ。ちょうどいい大きさの鍋がなかったらしい。買うのがもったいないとかでうちに頭を下げて借りに来た。鯛めしっていうのか?魚と一緒に米を炊くらしい。クライブのとこではもう米を出してるらしいな。うちでも米を出そうかと思ってるんだが、小僧に時間がないらしくて、詳しい作り方がまだわからんのだ」
「あーそれ俺も食ったぜ。そうかあの料理か。魚をほぐして米に混ぜてあった。美味かったぜーあれは。美味しい宿の料理を教えてくれたお礼だって言って食わせてくれたな。まだまだ銀の鈴のスティーブには敵わないけど今できる精一杯の料理だとか言ってたぞ。実際俺はスティーブより美味い料理を作ってるって思ったけどな」
「……ローガン。明日俺は店を休むぜ」
「……ケイのとこか。行くなら俺も行く」
「お前は休んじゃ駄目だろ。モリーがよく愚痴をこぼしてるぜ。食い道楽もほどほどにしねーと部下が離れてくぞ」
「だったらモリーも連れていけば良いだけの事じゃねーか。少しくらいギルドの運営に影響が出たくらいでなんだ。ケイはあと1週間しかいねーんだぞ。どっちが大事かなんてわかりきってるぜ。それより本当か?ケイはいつか領都に引っ越してくるのか?」
「クライブのところの修行が目処がついたら領都で店を出したいらしい。いきなり店は無理でも屋台から始めようと思ってるとか言っていたな。とにかく魚が食いたいんだそうだ。王都にはあまり出回ってないからな」
「魚か!よしアランに言っとこうぜ。街道を整備して新鮮な魚が街に入ってきたらそれにつられてケイがやって来るってな」
「そうだな。借金返しながらでも街道の整備くらいやれんだろ。ギルドの暇な奴ら使って街道の工事でもやらせりゃいい。ローガン、依頼を出せ。ケイを呼ぶために街道整備が必要だとか言ってあの飲んだくれどもにやらせりゃいいんだ」
「そうだな。うちの奴ら気づけば酒ばっか飲んでるからな。そういやなんか最近、街道整備にうってつけな魔法が出来たらしいな。近いうち魔導ギルドから発表があるって話だぜ。領都の魔法使い全員にそれを覚えさりゃいいんだ。魔道書を買うのに必要な金はアランが払ってくれるさ」
「そうだな。それにクライブが小僧を独り占めにしてんのが気に食わん。小僧はクライブの弟子だから師匠に聞かなきゃわからないとか言ってるが、あの小僧はもっと自由にさせたほうがいい」
「あいつ殲滅女王と一緒に働いてんだよな。機嫌を損ねて氷漬けとかにされたりしてねーよな」
「サンドラも昔と比べてだいぶ丸くなったみたいだぜ。流石にあれから10年だ。むしろそうじゃないと困る」
「あいつらにクライブが領都で店を出すのを邪魔された時は城の壁が凍ったもんな。あの氷、1週間溶けなかったからな」
「あいつら夏なのに冬物の服を着込んで仕事してたみてーだからな。あん時全員逃げ出してくれたら楽だったんだが」
「まあ、あの一件で、あいつらにも下手に俺たちに手を出そうとすればどうなるかよくわかったと思うぜ。ギルドが貴族の支配を受けないようになったのはある意味サンドラのおかげだな。あいつら俺が睨むとすぐ目を逸らすようになったし。この辺じゃ伝説になってるらしいぜ。冒険者も震え上がる殲滅女王。決して怒らせてはならない。うちの若いやつらも一番にそのことは教え込まれるらしい」
「サンドラは王都で本当にうまくやれてんのか?アイツもそろそろ独立するらしいぞ。喫茶店をやるんだって一緒に来てた手紙に書いてあったぞ。あと手紙にはケイとフェルに何かする奴がいたらぶっ殺せとも書いてあったな」
「……殲滅女王様のお気に入りか。爆弾みてーな2人だな。よし。そのことはそれとなく冒険者たちに噂を流しておく。悪さしたら山から全滅女王が殺しにくるとか言っとくわ」
「それ、サンドラにバレたら、お前凍るぞ」
「だな。もう少し言い方には気をつけることにするわ」
ローガンがかすかにその背筋に寒気を感じていた頃、領都の冒険者パーティ、希望の風は、今日もいくつかのゴブリンの集落を叩き潰し、野営地で昼食を食べていた。
「なあ、ジン。もういいだろ。帰ってしばらく休みにしようぜ」
干し肉のスープ。固くなってしまったパンをそのスープでふやかしていつものように俺たちは食事をとっていた。
「何言ってんだシド、お前が張り切ってこの辺調べ回るからこうなってんだぞ。あと7つも拠点が残ってんじゃねーか」
地図を見ながら明日はどこから手をつけていくか考えていたらシドが干し肉のスープを見つめながら話しかけてきた。
「だからそれはもう休みが明けたらでいいって。野菜みてーなもんだ。育ったらまた狩りに来りゃいいんだって」
森はゴブリンの畑ではない。
俺たちは街を守ると言う使命感でこの依頼を受けたはずだ。
「誰かがつぶさねーとゴキブリみたいに増えんじゃねーか。そうなったらめんどくせーぞ」
「黄昏が戻ってきた頃だろうし、ザックの武器ももう仕上がってるはずだ。何も俺たちだけでやらなきゃいけねーってことはねーじゃねーか」
「そうよ、ジン。人には休みが必要よ。いい?アタシたちは1週間、この森で働いた。ここから先は他の誰かにやらせりゃいいのよこんなゴキブリ退治なんて」
ロザリー?この依頼を受けようってお前が真っ先に言いだしたんじゃん。ゴキブリとゴブリンは似てるけど被害の大きさが全然違うんだよ。
「そうは言うけどなロザリー。お前だって最初は張り切ってたじゃねーか。ケイがあそこまでやってくれたんだからその後の処理は責任を持ってあたしたちがやりましょうとか、言ってたよな?お前」
「……それはさ、ケイくんが屋台をやり始める前だったじゃない。あの時はつい流れでそう言っちゃったのよねー」
さっきから会話に混ざらず黙々と食事をしているワズの方を見る。お前は……違うよな?
「ワズ。お前もそう思ってんのか?」
「もともと俺は森が嫌いだ。できることならずっと街にいたい。仕事じゃなきゃだいたいこんなとこ1週間もいられるか」
そうだった。ワズは自分の家が一番好きな種類の人間だった。
ワズ。これ仕事……ですからね。目が怖いです。やめて、そんな目で俺を見ないでー。
「ケイの屋台に行きたいんだな。理由はそれだろ」
「アイツ2週間だけって言ってたからな。どうすんだ。気が変わってすぐに帰っちまったら」
「そうよ。屋台の営業だって、もうおしまいーとか言っていきなり閉めちゃったらどうすんのよ」
「とにかく俺は家に帰りたい。だが屋台には行く。それは譲れない」
ときどき思う。
リーダーとはなんだろうかと。
みんなが勝手なことばかり言う。それをまとめてパーティの方向を決めていく。
浮き沈みもあるだろう。けれど安定した収入を得て、なおかつ自分たちの名前も売っていく。
できるだけみんなに苦労をかけないように最大限に気を使って皆に接してきたつもりだった。
だが、甘やかしすぎたのだろう。
希望の風の風向きは思った以上に不安定だ。
わかってはいる。なぜこんなことになってるのか。
ケイの屋台に行きたいんだろ。美味い飯食いたいだけだろ?
これでゴブリンの集落を殲滅して帰ればきっとAランクにだってなれる。きっとここが今一番大事なところだろう。領都に今Aランクパーティはいない。俺たちがなるんだ。そのAランクに。
そう思ってみんなの顔を見る。
え?違うの?だって結成する時にみんなで乾杯しながら誓ったじゃん。
どんな時でも支え合って、領都に吹く希望の風になろうとか言って。
思い出すとちょっと恥ずかしいけどさ、Aランクになれば風だって今は魔道具の「中」だけど「強」になるかもよ。そうだよね?そうじゃないの?
そしたら希望の風が領都に吹きまくるよ。嵐だよ。台風の目になろう。そうだそうなろう。そうなりたいねって言ってたじゃん。
俺は皆の顔を一人づつ見ていった。
時間をかけてゆっくりと、みんなが何を考えているのかその表情から読み取る。
意見が割れた時にはいつもこうする。
王都のギルドマスターには遠く及ばないけれど、長く一緒にいるコイツらの考えていることなんて、顔を見ればわかる。
……言いたいことはよくわかった。
「飯食ったら急いで帰るぞ。まだケイも屋台をやってる頃だろう。売り切れる前に滑り込むんだ。遅れたら置いていくからな」
歓声をあげて帰り支度をするメンバー。
くっそ。また俺か。出遅れてしまった。ねぇ、忘れ物とか見ないの?みんな、もう二度とここに戻って来ないんだよ?
あぁ。そんなことしてたらまた出遅れてる。
シド!帰り道わかってんのお前だけだから。先に行くなって。
全力で走ってなんとか屋台の営業が終わる前に北門に辿り着いた。
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