第231話 鯛めし

 231 鯛めし


 開店と同時にお客さんが列を作り出す。

 良かった。とりあえず今日も順調に営業を始められた。


 セシル婆さんが葉物野菜は直前まで冷やした水につけておくといいよと教えてくれたので、ボウルに氷水を入れて冷やしている。

 つけておいたレタスをサッと水切りすればいつもよりシャキシャキとした歯応えになる。

 いいこと教えてもらったな。

 小熊亭でも今度やってみよう。


 初日や2日目みたいな勢いはないけれど、途切れることなく注文が入る。


 お昼を過ぎたあたりから少しお客さんが落ち着いてきた。

 

 合間で買ってきた鯛を3枚におろす。

 おろした切り身と骨に軽く塩を振って置いておく。

 あとで水気を拭いて炙ってから一緒に炊こうと思っている。

 

 内臓以外の頭や骨身からはいい出汁が取れるから捨てないであとで一緒に入れて炊き込む予定だ。

 借りてきた鍋は2つ。それぞれ5合くらいずつ炊いてみるつもり。


 昆布とお醤油。お酒とみりんも加える。

 お塩を少し足して味を整えた。

 なんとく香り付けのつもりでみじん切りした生姜を入れて炊いてみることにする。

 あとから混ぜ込んだ方が良いのかな?まあやってみよう。


 そのままお米に水を吸わせるために放置しておいた。

 美味しくできるといいな。


 午後3時を過ぎてパンの残りは50個とちょっと。

 冷たい麦茶を飲んで一息ついてるとザックが冒険者を連れてやってくる。

 

「いらっしゃい。ザック。今日は何個いる?」


「今日は俺の分も合わせて12個くれ。そんで後ろのやつはそれぞれ注文を聞いてくれるか?」


「連れてきてくれたの?ありがとう」


「連れてきたっていうかな。こいつらお前が作る酒のツマミが目当てらしいんだ。昨日食べた連中から話を聞いたらしい。俺に間を取り持ってくれとか言ってきてな」


「材料費で銅貨3枚置いてってくれたら好きなだけ食べて行っていいよ。もっとこの先増えそうかな?仕入れが無駄になるのも嫌だから昨日は少し控えめに買ってきてたから」


「まあな。あんまり増えすぎるとここの管理をしてる奴から文句を言われるかもしれねーが、たぶん食べに来たい奴はこの先増えると思うぜ」


 今日も屋台の後ろにテーブルを運んできて即席の飲食スペースを作っている。

 ちゃんと後片付けをしてるみたいだから注意を受けてはいないけど、怒られたら困るな。どうしよう。


 出来上がった物から順番に提供して行ってみんなに行き渡った頃にガンツが来た。


「ガンツー。こっちだよー」


 手を振るとガンツも気づいた見たい。

 一緒にいるのは……ギルマスのローガンさんともう1人?

 まさか連れてきちゃったの?


「まだ残っとるかの?ワシはひとつで良いぞ」

 

「いらっしゃい、ガンツ。もうだいぶ少なくなってきたけどね。まだ大丈夫だよ。ローガンさんは?何個食べますか?」


「俺は2個くれ。アランはどうする?」


 ん?ギルマス……呼び捨て?この間は辺境伯さまって言ってたのに。


「俺も2個にする。会うのは初めてだな。ケイ。辺境伯のアランだ」


 アラン様は想像してたよりも細いというか、Sランクの冒険者だったと聞いてたからもっとギルマスみたいなごつくて強そうな人だと思っていたけど、すらっとした背の高い、そして眼差しの優しい印象の人だった。


「あの、辺境伯様、本日はわざわざお越しくださり光栄です」


 そう僕が辿々しくいうとアラン様は笑って僕に言う。


「良いって、そんな堅苦しい言い方は要らない。アランと呼び捨てにしてくれて構わない。俺も元は平民だ。気を使うことはないからな」


 そうは言われても。


「お、アランじゃねーか?仕事終わったのか?それともサボりか?」


 ザック。いくらなんでもそれは砕けすぎではないのか?


「ザック。久しぶりだな。オークキングに引っ叩かれたらしいじゃないか?怪我はなかったのか?」


「剣は2本とも折られちまったがな。だがあらかじめ殴られるのがわかってたから平気だ」


「剣なら新しい物を用意してやるぞ?それくらいの働きをしたんだからな」


「それが、このガンツさんが新しい剣を作ってくれることになったんだ。これはきちんと自分の金を払って買いたい。じゃねーとせっかく頼んでくれたケイの気持ちを無下にしちまうからな」


 お、ザックのまた真面目な一面を知ってしまった。別に良いのに。


「ケイ。新人の奴らがもっと食べたそうにしててな、あと4つ追加で作ってくれるか?」


 そう言ってザックが注文する。ザックは毎日新人たちにご飯を食べさせているんだろうか?良いのかな?依頼料無くなっちゃうんじゃないの?


「良いんだよ。指導料なんてこのために貰ってるようなもんだからな。みんなはじめはこうやって先輩たちに世話になって一人前になっていくんだ。俺だってそうされてきたんだ。それをそのまま次の世代に返してるだけのことだせ」


 そういえばセシル姉さんもはじめの頃よくご飯をご馳走してくれた。最近は好みのツマミをずっと作らされているけれど。


「お前も偉くなったじゃねーか。昔は王都で俺の荷物持ちやってたくせに」


 アラン様がニヤニヤしながらザックに言う。

 そうだったんだ。確かにザックの年くらいならそういうこともあるのかも。

 少し驚いてザックの顔を見る。

 僕の目線に気づいたザックが、ニヤリと笑って当時のことを教えてくれた。


「腹が減ったら訓練場でアランを探すんだ。見つけたら訓練に付き合ってもらって、その後食堂で腹一杯飯食わせてもらって帰ってたな」


 ザックはアラン様とはけっこう古い付き合いらしい。アラン様だって領都の人たちに育てられて一人前になったって話だったしな。


 いろんなところで人ってつながっているんだなって改めて思ってしまう。


「ザック、オヌシの武器なら出来ておるぞ。明日取りに来るならケイに研がせておく」


 そうだね。つながってたね。だって僕、社員だもんね。


 僕は小熊亭の従業員なのだが。


「ケイ。もったいつけたようで悪かった、コイツがワシの依頼主じゃ。まあ気づいておったと思うが」


「うん。なんとなくはわかってた。アラン様、僕たちの滞在費を出してくれてありがとうございます」


「様もつけなくていいって。もっと気楽に話してくれ。ガンツがお前たちの滞在費くらい払わんとすぐ帰るとか言うからな。気にするな。むしろオークの砦の件があったしな。逆にうちの方が得してる。気を使わず領都を楽しんでいってくれ。それからオークキング討伐では世話になった。お前たちの活躍がなければこの領にひどい被害が出ていただろう。遅くなってしまったが、ケイ。そしてフェル。お前たちの協力に感謝する」


「礼を言うのが遅いんじゃ。まったく。ケイ、ワシらの分はあとで良いからあまりお客様を待たせるでない。仕事に戻れ」


 ガンツたちは自分でお茶を入れて屋台の裏に向かう。


「なんだ、アラン、仕事は終わったのか?ホットドッグ食ってけよ。最近さらに美味くなったんだぜ」


 アラン……さんはそんなトビーの話し方に怒る様子もなく、軽い調子でトビーの屋台に向かって行った。


 辺境伯ってかなり偉い人なんじゃないの?領民たちがみんな揃って「ははー」とか言ってお辞儀するやつじゃないの?

 温度感が掴めなくて少し混乱する。


 ガンツたちにハンバーガーを作って持っていくと今日の分はもう終わりだ。

 あとは残った注文された分を作ればおしまい。

 食べられなかった人が屋台の台の上に残ってるパンを見て、まだ材料があるじゃないかと言ってきたけど、これはラッセルさんの分なんだと言ったら納得して帰って行った。


 もちろん割引の札は渡したけれど、ラッセルさんの仕事は街の人たちにも広く知られているみたいだ。

 「ラッセルなら仕方ねえな」と言ってその人は怒った様子もなく帰っていく。

 あとで聞いたら食堂とかでもラッセルさんは優遇されているらしい。

 ラッセルさんが店に来るっていうことは美味しい料理を出す店だとみんなに思われる、名誉なことみたい。

 

 ガイドブックの調査員?むしろすでにガイドブック?

 なんか違うか。


 仕込んでおいた鯛の切り身とアラの部分を網に乗せて少し焦げ目をつける。

 用意しておいた鍋に入れてお米を炊く。

 焦げ目をつけるときに切り身にほんの少しお醤油を垂らした。下味のつもりだ。


 鯛を3枚におろしたのはその方が味が良くなると思ったからだ。

 身もほぐしやすいし、焦げ目をつける時の火加減も調節しやすい。

 結局そのまま丸ごと鯛を入れてもあとでほぐすのだから別に構わないと思った。

 おめでたいなんて誰にも伝わらないと思うし。


 ご飯にもきちんとおこげがついて、良い香りがする。

 丁寧に身をほぐして優しく混ぜて皿に盛る。

 お吸い物の方が良かったかな?今日はシンプルにネギを使ったお味噌汁をそえる。


 鯛めしは少し残しておにぎりにした。

 宿でスティーブさんに味を見てもらおうと思ってる。


 他にもナスの煮浸しや、浅漬け、きんぴらなど、ツマミになりそうなものはなんとなく和食でまとめてみた。

 

 さてどうかな?気に入ってもらえたかな。


 なぜか屋台の裏が静かなのが少し気になる。


 

 


  

 

 








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