第197話 オムライス

 197 オムライス


 先にフェルにテントの中で体を拭いてもらい、交代で僕もテントの中に入って体を拭く。

 装備はマジックバッグの中に入れ、剣鉈だけを枕元においた。


「入って大丈夫だよー」


 フェルがテントの中に入って来た。


 お砂糖入りの温かい麦茶を2人、テントの中で飲む。

 王都に来たばかりの頃を思い出してフェルと顔を見合わせて微笑んだ。


 初めて出会った日から、何となく特別な日は2人でこの麦茶を飲んだ。

 

 今でこそいろんな美味しい飲み物が手にはいるけれど、あの時貴重だったお砂糖を入れたこの麦茶は、2人の大切な思い出の飲み物だ。


 素朴でどこか懐かしい。


 初めて醤油と味噌に出会って、美味しい料理を振る舞った日。

 

 テントを買って3男と城壁の外側で野宿をした日。


 フェルが初めておにぎりを握って、それから自分で麦茶を淹れると言って作ったその時の麦茶にもお砂糖を入れた。


 遠征から帰ってきて、僕が街で働くことを決めた夜も、テントの中から星空を見上げてこのお茶を飲んだ。

 

 ほんの些細な、毎日の生活の積み重ねが本当に幸せで、大切な思い出になった。


 そして僕の隣には必ずフェルがいてくれた。


 布団を敷いてその中に入る。するとフェルが背中から僕を抱きしめてくる。

 フェルのいい香りが優しく僕を包む。


「ケイ。今日は大活躍だったな。こうして誰一人傷つく者もなく討伐を終えられたのはケイの活躍があったからだぞ」


「みんなにそう言われて感謝されるんだけどさ、僕は安全な場所で攻撃してただけだし、大したことはやってないよ」


「あれが大したことじゃなくてどうする。皆がケイに感謝していたぞ。危ないところを助けられた、とか、オークに囲まれていたのを救ってもらったとか。料理についても散々感謝の言葉を聞いた。どちらかと言うと私はケイの料理を褒められた方が嬉しかったがな」


「最後にどかーんって矢を放ってね。魔力切れで気持ち悪くなっちゃって。最後のマジックポーションを飲んだら、もう僕にできる事がなくなってさ。お茶を淹れて休んでたんだ。そしたらなんかすーっと力が抜けちゃったって言うか、ずっと緊張してたから急に体から力が抜けて、しばらくぼーっとしてたんだ」


 フェルは静かに僕の話を聞いている。


「外から剣戟の音が聞こえて、みんな頑張って戦ってるんだなーって思って。フェルはどうしてるかな?疲れてないかな?フェルは強いから、ケガするような目にはあっていないはずだけど、お腹とか空いてないかなとか。とにかくずっとフェルのことばかり考えてた」


 フェルの僕を抱きしめる腕に少し力が入る。僕の背中におでこをくっつけて何も言わずにフェルは僕の話を聞いていた。

 

 僕はそんなフェルの腕にそっと手を乗せる。


「フェルが帰って来たらどうやって迎えようかな。なんか好きな物でも作ってあげたいなって。果実水がいいかな、紅茶でもいいな。でもフェルの方が紅茶淹れるのうまいしな。そうやってフェルのことを考えながら帰りを待つのは楽しかったよ」


 フェルが時折り鼻をすする。泣いてるのかな?


「それでね。ハンバーグにしようかなとか、前に好評だったとんかつにしようか、とかいろいろ考えてたんだけどね。よく考えたらフェルの一番好きな食べ物よく知らないなって。いつも僕の作った料理を美味しいって食べてくれるけど、その中で何が好きなのか聞いたことなかったなって。フェルが僕の料理を美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなんだ。最初に王都に向かって旅をした時から……あの時はかなり質素な料理だったけどフェルはとっても美味しいって言ってくれて、次もその次も張り切って作ったんだ……。ねえ、フェルはどんな料理が好き?今まで僕が作ったものの中で一番好きっていう料理はある?」


 フェルは僕の背中に顔を擦り付けて涙を拭いたのか、その後小さな声で。


「オムライス」


 とだけ言った。


 急にフェルのことがどうしようもなく愛おしくなり、僕は体を動かしフェルに向き合った。

 フェルの目が赤い。かわいいな。こらえきれなくなって僕はフェルを抱きしめた。

 

 普段あんなに強いのに、フェルの体はとても細くて、強く抱きしめると折れてしまいそうだ。優しく、でも少しだけ力を入れて抱きしめる。

 どこにも行って欲しくなくて繋ぎ止めたくて、思わず腕に力が入ってしまう。


「私は怖かったのだ。ケイが遠くに行ってしまう気がして。実際戦っている最中はずっと心配だった。壊れてしまうんじゃないかと思うくらいお前は鬼気迫る戦い方をしていた」


 抱きしめる僕の腕を優しくほどいて、フェルが僕の目を見つめる。その綺麗な瞳に涙が滲む。


「外で戦っている時もずっと怖かった。あの優しいケイが変わってしまうんじゃないか、心配でたまらなかった。そんな気持ちを抱えたまま必死になって戦っている時に、不意に砦の方から美味しそうな匂いがして来て、私は急に嬉しくなった。その時私はやっと安心できたのだ。これが終わればケイのところに帰れる。美味しい料理を作ってケイが、いつも通り私の帰りを待ってくれている。その時気づいた。私はケイとこの先もずっと一緒にいたいのだと」


「僕もだよ。フェル。はじめて森でフェルと出会った時からずっとそう思ってる。一目惚れしちゃったんだ。こんな人とずっと一緒にいれたらいいのになって……。旅をして、王都に着いてからも、僕はいつでも幸せだった。こんなに可愛くて素敵な人が僕のそばにいてくれるから」


 優しく抱きしめるように頭を撫でるとフェルは気持ちよさそうに目を閉じた。


「フェル。大好きだよ。これからもずっと僕のそばにいてください」


 僕がそう言うとフェルは僕を抱きしめる。

 二人の顔が近づく。


 優しく僕はフェルの唇にキスをした。


 そのあと何度も、何度も短くキスをする。


「ケイ。私もケイのことが好きだ。どうかこの先もずっと一緒にいてくれ」


 優しい笑顔でそう僕に言うフェルに、もう一度、今度は長めに優しくキスをした。


 


 


 











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