第159話 たぬきうどん

 159 たぬきうどん


 ホランドさんが家族で来てくれていた。

 今日はお店を休みにしてきてくれたみたい。


「ホランドさん!来てくれて嬉しいです。お店休みにしたんですよね。ご迷惑じゃなかったですか?」


「良いんだ。ケイくんのおかげで店がだいぶ繁盛してね。うちが休みだからお客さんは全部クライブのところに流れたんじゃないかな?」


 その情報はあまり聞きたくなかった。

 昼の営業はかなり大変だったのじゃないのだろうか。

 そんな混雑の中オードブルを用意してくれたとなると……。厨房は大混乱だったのではなかっただろうか。

 

 師匠になんて言ったら良いのかわからなくなる。


 ま、ありがとうございます、で良いか。

 どれだけ忙しかったかは聞かないでおこう。


「ケイくんが新しいメニューを考えてくれたからよ。おかげでお客さんがたくさん来るようになって。見かねた息子が店を手伝うなんて言い出してね。今は息子と3人でやっているの」


 僕よりちょっと年上の少しほっそりした。息子さんが軽くお辞儀をする。


「小熊亭を紹介してくださったこと本当に感謝してます。毎日忙しいけどとにかく楽しいです。ミナミの仕事も手伝えたら良いんですけど、忙しくって僕も余裕がなくて」


「いやいや、そんなこと気にしなくて良いんだよ。クライブがこの前店にきた時君のことを話していたんだ。クライブが誰かの話をするなんて珍しいからね。上手くやれてるんだと思って私は嬉しかったよ。うちのメニューは少ないし、出す料理も決まっているから、ケイくんにこれ以上経験を積ませるとなると難しいと思ってたしね。私たちに気を使う必要なんてないんだ。しっかりとクライブの下で頑張ればいい。今日はそれを伝えにきたんだ」


 そう言ってホランドさんが優しく微笑む。

 ミナミが繁盛していると聞いてなんとか恩を返したくて、いつかお店の手伝いに行きたいと思っていた。だけど小熊亭もお客さんが増えたし、休みの日もいろいろやることが多くて、なかなかそう出来ないでいた。


「もちろん今日のケイくんの作る料理に興味があったっていうのもあるけれどね。この煮物しっかり味が染みてて美味しいよ。さっきから私と妻の箸が止まらないんだ。クライブのところはいろいろやってるから勉強になるだろう?そのうち仕入れのこととか教えてもらうと良いよ」


「仕入れには一度連れて行ってもらいました。そのおかげで市場のお店の人ともだいぶ話せるようになって。今日のお肉とかも小熊亭の仕入れ先で買ってきたんです」


「なかなか期待されてるみたいだね。まだ入ってふた月くらいだろう?いいことじゃないか。仕入れ先ってロバートのところかい?うちで使う肉もそこから仕入れているよ。まああそこが一番しっかりしてるからな。ロバートといろいろ相談できるようになったのならいいじゃないか。あいつは面倒見の良いやつだからな」


 ミナミの肉もロバートさんのところで仕入れていたのか。どおりで鶏肉の端肉とかが充実していたわけだ。


「普段捨てちゃうところのお肉とかいろいろ安く譲ってもらったんです。普通は逆だと思うんですけど煮物に使った鶏肉はオマケで貰っちゃいました」


 そう言うとホランドさんは笑っていた。

 

 肉は他も色々買ったから、最後に他に何か欲しいものがあるかと聞かれて、鶏肉が少し欲しいと言ったら「それくらいならタダで持って行け」という話になったんだけど、普通は逆だよね。


 ミナミでいつも余るオーク肉が何とかならないかと考えて始めたとんかつは、今では店で一番人気らしい。

 とんかつを頼んで小鉢で唐揚げを付けるのが流行りなんだそうだ。


 マリナさんは僕のおかげだと言うけれど、実際はそうじゃない。

 ホランドさんが完成させたソースがあるから前世と同じとんかつを作ることができたんだ。

 この世界になかったものを試行錯誤の上作り出したホランドさんのことを僕は尊敬している。

 僕はそれにちょっとだけ協力しただけだ。


 簡易の厨房に戻って残りの料理を作っていく。

 ライツとガンツのテーブルに焼けたばかりの餃子を届けて、お弟子さんたちにお礼を言う。

 ライツのところのお弟子さんたちは街の拡張工事にいつも出ている人たちだった。前に家に来た人とは別の人たちで、全部で16人。普段工房ではあまり見かけない人たちだ。

 みんな今日出した料理を褒めてくれる。


「昼飯を作ってくれたら毎朝買うのにな。作業している場所には食堂が無いんだ。門のところまで戻れば食べれる場所はあるんだが、なかなか作業してると食べに行けないんだよ」


 簡単なものなら作れるかもしれないと言ったらぜひ作って欲しいと言われる。

 一度師匠に相談してみると言っておいた。


 ガンツとライツはすっかり酔っ払っているみたいだ。そろそろうどんでも出そうかな。


 ネギとキノコ、ホーンラビットの肉を煮込んだスープを温め直す。

 唐揚げを作っていた油でスープが温まるまで揚げ玉を大量に作った。

 油揚げの作り方はわからない。

 それに大豆が必要だ。多分他の豆でも代用は出来るんだろうけど、にがりが必要なんだよね。それを手に入れるのは難しいと思う。

 製塩する過程でできるんだっけ?

 海まで行かないと豆腐の製造は出来そうになかった。


 そんなわけでたぬきうどんだ。

 うどんは少し細めにしてさらっと食べられるようにしてみた。

 鰹の出汁が良い。昆布もいつか手に入れたいな。


 昨日から仕込んでいたうどんはしっかりとコシのある仕上がりになっていた。

 今が旬の柑橘系の果物の皮をすりおろして香り付けをする。


「ケイ!これ美味しいじゃない。今までこんな料理食べたことないわ。スープを工夫すればこれで店を出せるかもしれないわよ」

 

 サンドラ姉さんとロイが帰る前に出来上がったばかりのうどんを食べて行ってもらった。


 茹でたうどんを別の容器に入れて持ち帰り、師匠にも食べさせると言う。

 うどんの汁はうまいこと温めてくれるそうだ。


 サンドラ姉さんとロイにお礼を言って見送った後、みんなにうどんを提供していく。


 みんな初めて食べる料理を不思議そうに見ているけど、一口汁を飲めば途端に驚いた顔になる。


「なんだこれ?うどんって言うのか?」


「ウサギ、もう一杯もらえるか?これじゃ足りねーよ」


「オレンジの皮かしら?この爽やかな風味が良いわね。今度料理長に作り方を教えてちょうだい」


 エリママがそう言って、メガネの人とお酒を飲んでいたアントンさんを呼ぶ。

 急いで追加のうどんを作りに戻ったらアントンさんが調理場にわざわざ来てくれた。


「これは柚子だろうか?ちょっと形が違うようだけど似たような香りがするね」


 すりおろした皮の匂いを嗅いでアントンさんが言う。


「そうなんです。市場に並んでたもので一番香りが良さそうなのをもらってきました。実は酸っぱくて食べるのに工夫がいりそうですけどね」


「香りの強い酸味がある果汁はスープに隠し味として入れてもいいぞ。いろいろ試してみるといい。肉料理にも使えるんだが、ソースに使うなら上手く味を調和させるのがなかなか難しい。今度遊びに来てくれたら使い方を教えてあげよう」


 料理人らしく茹で上がったうどんを味もつけずに食べてみて、アントンさんはいろいろ味付けの仕方を考えているようだ。


「ケイくんこれは揚げ物を入れても、もしかして美味しいんじゃないかな」


 いつの間にかホランドさんも調理場にいろいろ見に来ていた。


「そうなんです。油で揚げたものとこの汁が相性が良いのでけっこういろいろ工夫出来ますよ。このうどんを作るのがまだいろいろ手間がかかるので大変ですけど、例えば麺だけどこかで作ってもらえたりすれば屋台でも売り出せる気がするんですよね」


 立ち食いうどんに立ち食いそば。

 かき揚げと薄いカツをご飯に乗せてうどんの汁をさっとかけただけの素朴などんぶり。いなり寿司なんて作ってみたりして。

 

 きちんと作った料理もいいけど、屋台でこんな和風のジャンクフードみたいな店を出すのも面白いかもしれない。

 定食屋というよりは「めし屋」みたいな。

  問題は出汁と醤油の値段だけど。


 いつの間にか椅子を持ってきて調理場のそばでうどんを食べている黒狼のメンバーたち。さっきから作った料理をブルーノさんが素早く横取りしていく。


「なんか腹減っちまってな。酒にあう食いもんもいいが、こういう食べごたえのあるものが締めに食えるってのもいいな」


 それを見ためざとい冒険者たちが自分たちもと少しずつ集まってくる。


 仕込んでいた料理はもうほとんど残ってない。保冷庫に行って残ってる食材を全部持ってきた。これで何か作ろう。


 ゴードンさんちのトマトが冷えていて美味しそうだ。これでサラダを作ろう。

 ちょっと揚げ玉でも散らしてみようかな。


 それを見たアントンさんが、あの酸っぱい果実を絞ってドレッシングを作ってくれる。


 ホランドさんは何か揚げてるな。天ぷら?知ってたのホランドさん。


「最初に油で揚げる料理を教えてもらった時こういう小麦粉の衣で揚げる料理も教えてもらってね。たしかてんぷらとかいう名前の料理だったと思う。だけどこれにかけるソースが思いつかなくてね。塩だけでは物足りないから店では作っていなかったんだよ」


 そう言ってホランドさんがうどんの汁に大根おろしを入れた。唐辛子も刻んで入れるらしい。息子さんが刻んでいる。

 天つゆのようなものを作るみたいだ。


 炊き上がったお米をカインとセラがせっせとおにぎりにしていくけど並べたそばからおにぎりがどんどんなくなっていく。


 3男がみんなにお酒を注いでまわり、料理を食べてる人たちはみんな笑顔だ。


 お酒に酔ったメガネの人が冒険者たちと肩を組んでいる。

 セシル姉さんがお前たち飲み過ぎだと怒っていた。


 エリママがずっと上品な笑い声をあげていて、ゼランドさんがずっとオロオロとしてる。

 ダグラスさんがあわててお水を持って行った。


 いつの間にかフェルは僕の隣にいて、お皿を用意したり、出来た料理をみんなに届けたり、自然な感じで僕を手伝ってくれていた。

 フェルと目があってにっこり微笑む。


 ホランドさんは残った野菜とお肉でかき揚げを作った。食べてみたらとても美味しかった。ひとつしかないからフェルと半分こして仲良く食べた。


 アントンさんのドレッシングで味付けしたサラダはゴードンさんちの下の子供達が美味しそうに食べている。ゴードンさんとヘレンさんがその姿を幸せそうにみていた。


 楽しいな。なんか幸せだ。


 やがてだんだんと空が暗くなり、誰かが追加で食材を買いに行って、さらにいろいろ追加で料理を作る羽目になったり、私も料理を作るってリンさんが言い出して冒険者たちみんなが慌ててそれを止めたりして、夜遅くまで楽しいこの宴会は続いた。

 


 

 

 


 


 

 

 

 

 

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