第156話 準備
156 準備
お昼の営業ではみんながスープを褒めてくれる。
「ウサギ、お代わりはないのか?」
「今日は余分に作ってないから出せないんだよ。次作る時はもっといっぱい作っておくね」
すると別のお客さんが聞いてくる。
「このスープお前が作ったのか?」
「そうだよ。最近のスープは僕が作ってることが多いんだけど、今日のは自信作なんだ。初めて師匠に褒められたんだ」
そのお客さんにそう言うと何故か嬉しそうに頷いていた。
土曜日の営業は忙しくて、ひたすら仕事をしていたらあっという間に終わってしまった。
フェルのエプロン姿が可愛かったことしか覚えていない。
公衆浴場に寄ってゆっくり湯船に浸かって疲れをとった。
明日の炊き出しの前にフェルと手分けして招待状を配ることにした。
冒険者ギルドには今日の昼休みにフェルと渡しに行った。
冒険者は20人まででお願いして、選び方はギルマスに任せることにした。
赤い風のみんなは訓練場にいたけど黒狼の牙達は依頼に出かけていていなかったので、受付に預けて渡してもらうことにした。
明日は僕が狩りのついでにゴードンさんの集落に招待状を届けて、フェルにはゼランド商会と、それからライツとガンツのところを回ってもらうことにした。商会に行くついでに靴屋のサイモンさんのところにも招待状を配るのをお願いしておいた。
フェルとはガンツの工房で待ち合わせることにしてる。
次の日、王都の西側で10匹ほどホーンラビットを狩ってからゴードンさんの集落に行って招待状を渡して来た。
王都に戻ってガンツの工房に行くとフェルとガンツがお茶を飲んでいた。
もはやノルマになりつつある、納品前の刃物の仕上げ研ぎを終わらせて、ガンツが作ったパスタマシンを受け取って工房を出た。
ガンツのところではお弟子さんが7人働いている。みんな来てくれるそうだ。
ギルドに報告を済ませて炊き出しの準備を始める。
めずらしくギルド側から次回の狩りの場所を指定してきた。
西門の近くの集落から被害を訴える依頼が出ているらしい。
来週で大丈夫だそうだ。少し多めに狩って来ても大丈夫だと言われた。
炊き出しを手伝いに来たカインとセラに歓迎パーティの支度を手伝ってもらえないかとお願いしたら、2人とも喜んで引き受けてくれた。
炊き出しを終えてフェルと一緒に家に帰って一息ついたのはだいぶ遅い時間になっていた。
冒険者達の飲み会に捕まり、何だかんだとすっかり遅くなってしまった。
お風呂に入って家に帰ったらもう良い時間だ。
フェルが淹れてくれた麦茶を飲みながら今日招待状を配ったところの話をお互いに報告し合った。
「ゼランド氏のところは家族全員と手の空いてる使用人たちも連れて来てくれるそうだ。サイモンはもう1人連れて行って良いかと聞いてきたから問題ないと言っておいた」
ノートに来る人数を大体だけれど書いていく。
「ライツのところは20人。ガンツのところは8人だな。城門にも寄ってメガネの受付の人にも招待状を渡したぞ。戸惑っていたが私の顔を覚えていてくれたようだった。ケイが前に言っていただろう?ちゃんと招待状を届けておいた」
え?半分冗談で言ってたのに、あのメガネの人誘っちゃったの?すごい行動力だよ。フェルさん。
「あと配っていないところとなると……ミナミのホランド夫妻か?」
「そうなんだよね。今の生活があるのもホランドさんが小熊亭で働くきっかけをくれたから……。できれば来て欲しいって思うけど、お店もあるし迷惑かな?」
「そこまでいろいろ考えすぎなくても良いと思うぞ。参加できるかどうかは重要ではない。招待状を送ることで感謝の気持ちを伝えるのが大事なのであろう?その程度でホランド氏も迷惑だとは思わないはずだ」
うん。そうだよね。昼休みにでも届けに行こう。
それからの毎日はとにかく忙しかった。
パスタマシンの使い方を覚えていろいろな料理に応用する研究を始める。
パスタを作りたかった、というのももちろんあったけど、もっと小麦粉で作りたい料理がたくさんあった。
新年の年越しそばもそうだけど、うどんや、きっと餃子の皮も作れると思っている。
なるべく手間をかけずに生地を作れる方法としてパスタマシンを思いついた。
パスタマシンはなんとなく知っていた大きさよりもっと大きくてゴツいものにはなってしまったけど、魔道具にしてあるから自動で好みの厚さに生地を伸ばしてくれる。
その結果、数日にわたって、朝食はうどんが続いてしまった。
餃子の皮はお昼の賄いで餃子を作って練習をした。蒸し器はなかったけど、焼売も作って賄いで出してみた。
餃子の具は余ってるハンバーグのタネに少しオーク肉と野菜を足して簡単に作った。
もちろん賄いだけに集中していた訳じゃない。
火曜日にはこれから毎週出すことになったホーンラビットのクリームスープを作った。
師匠にお代わりができるように多めに作りたいと言ったら、大鍋を2つ追加で購入してくれた。
新しい鍋は味が馴染むまではロールキャベツの仕込みなどに使えば良いそうだ。
大鍋で5つ分作ろうとしたらサンドラ姉さんがもうひと鍋追加で作れるように用意をしておけと言う。
半信半疑だったけど、用意をしておいたら、追加でやっぱりもうひとつ作る羽目になってしまった。
結局大鍋で6つ作ったのにスープはほとんど無くなってしまった。
師匠もサンドラ姉さんも予想済みだったらしく、驚いていたのは僕だけで、これから火曜日のスープは今日と同じ分作ることになった。
餃子は師匠の前でもう一度作らされて、それを見て作り方を覚えた師匠はこれを日曜日に出すことに決めたそうだ。
日曜日はお酒のつまみのような料理が中心なのでちょうどいいと言っていた。
木曜日はライツの工房でずっと作業をしていた。
来た人にお箸をお土産に持たせたかったのだ。
フェルは依頼を受けていて休みが合わなかったけれど、ライツのお弟子さんに作り方を教えてもらいつつひたすら箸を作り続けた。
ライツには麺の生地を大きく伸ばして作業ができる、のし台と綿棒を作ってもらった。廃材でいいと言ったけど、けっこういい木を使ってくれたみたいだ。なんだか木材の艶が違う。
適当に木材を切っただけだから金はいらねーとライツが言う。
そうは見えないんだけど、ライツ。
お昼ご飯は庭でお弟子さん達に焼肉丼を振る舞った。
みんな喜んで食べてくれた。
次の週の月曜日は給料日だった。
だいぶ売り上げが上がったらしくて、僕とフェルの給料も少し上がった。僕は銀貨で30枚受け取った。
売り上げが上がったのはほとんどフェルの水割りのおかげだけど、純粋に嬉しかった。
その日の晩にじいちゃんに手紙を書いて、住むところが決まったからこれからは返事をこの住所に送って欲しいと書いておいた。
お披露目パーティにはだいたい100人くらいの人がやってくる。
仕込みの量だけでも相当だ。
買い物はフェルにも手伝ってもらって手分けして前日の昼休みに済ませた。
お酒や飲み物はよくわからなかったのでまとめて3男にお任せすることにした。丸投げだ。
慌ただしい1週間だったけど、不思議と充実していた。
明日使ううどんや餃子の皮の準備をしながら、フェルといろんな話をして楽しくパーティに向けての用意をした。
村にいた時とは全く違う。
楽しいことばかりじゃないけれど、毎日が充実しているんだと思う。
でも1人だけだったら絶対にこんな風にはならなかったはずだ。
あの時、故郷の森の中で、フェルと出会えて、本当に良かった。
こんな素敵な暮らしになるなんてあの頃思いもしなかった。
お茶を飲んでいるフェルと目があった。
照れくさそうに目を逸らすフェルがとてもかわいい。
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