第117話 鶏がらスープ
117 鶏がらスープ
「テーブル3番、Aが2つB1つ、ビール3つです」
「ケイ!手が足りないわ。ビールはあんたがやりなさい」
小熊亭のビールは目の高さくらいにおいたビールの樽からコップに直接注ぐ。記憶に残っているビールよりも少し炭酸が薄い。とにかくこれがよく出る。
他のお酒は、蒸留酒と赤ワイン、蜂蜜酒とリンゴを発酵させて作るシードルだ。フェルはシードルをたまに飲む。
ビールを慎重に注いで持っていく。
「にいちゃん。こっちにもビール2つ。それからトマト煮を1つくれ」
「かしこまりました。少々お待ちください!いらっしゃいませ。4名様ですか?あちらのテーブルに座ってお待ちください。トマト煮1つお願いします!」
「ケイ!さっさと持ってけ!テーブル2番だ」
忙しい。
「フェル!ガンツも。あそこのテーブルに座って待ってて」
そろそろ客も引き始めたところでフェルとガンツが店に来た。
「ガンツいらっしゃい。何にする?フェルは?今日はホーンラビットのトマト煮が美味しいよ。ビーフシチューは終わっちゃった」
「私はトマト煮と、デミグラスソースのハンバーグにしよう。パンもつけてくれ」
「ワシはハンバーグだけで良い。蒸留酒を割らずにくれ」
「氷は入れる?あ、そうだ製氷皿を6個作って欲しいんだ。代金はクライブさんが払うって」
「氷があるなら入れてくれ。製氷皿は明日にでも作ってやろう。店に届ければ良いのか?」
「明後日僕が休みだから取りに行くよ。じゃあゆっくりしていって」
「Aが2つとトマト煮1つです!」
「ケイ!トマト煮それで最後だよ。クライブもっと作っとけば良かったね」
「ケイがオススメしたからだな。俺のせいじゃない」
「だって美味しかったんですもん。姉さんわかったよ。香草。ニンジンの葉っぱでしょ」
「正解。あとでレシピ教えたげる」
「喋ってねーで仕事しろ!」
「「はい!」」
ビールをまとめて注いで配って回る。こっそり筋力強化も使って運ぶ。
「ガンツ。蒸留酒お待たせ。料理はもう少し待ってね」
「にいちゃん。水割り頼む」
「かしこまりました」
厨房に戻りサンドラ姉さんに水割りの作り方を聞く。氷も入れていいそうだ。
「クライブ。いつものことだけど手が足りないわ。せめて給仕の子でも雇えないの?」
「仕方ねーだろ。誰もやりたがらねーんだから」
「アンタの顔が怖いからよ。もう少し愛想よくできないの?」
「うるせー。ケイ!上がったぞカウンター2番だ!」
給仕の人がいれば全然マシなんだけどな。やばい。片付けが追いついてない。
「オニオンソースのハンバーグお待たせしました。こちらパンと本日のサラダになります」
水割りを届けて厨房に戻る。洗い物が溜まってる。
「ケイ。この食器はここでいいのか?忙しいなら洗い物くらいするぞ?」
「ありがとうフェル。洗い物は大丈夫だから食器を下げるの手伝ってくれる?」
急いで洗い物を片付ける。
途中でハンバーグができたのでフェルのところに持っていった。
「ただ待っているのも退屈だからな。簡単なことなら私でも手伝えるぞ」
「お客様にそんなことさせられないよ。でもさっきは助かった。ありがとね。フェル」
急いでテーブルを拭いて椅子を整える。
厨房に戻って洗い物の続きをする。これ生活魔法でできないかな?
洗い物の魔法。まあ、あとで練習してみよう。
客もまばらになって師匠が賄いを作り始めた。今日の賄いはクリームシチューだ。店のメニューを覚えろと師匠が言う。
フェルたちのテーブルに行って賄いを食べた。美味しいけど、ちょっと尖った味がするな。牛乳もう少し入れたらいいのに。
あとでこっそりサンドラ姉さんに聞いてみたら、サンドラ姉さんも同じことを思ってたみたいだ。
「でもそうすると原価上がるから銅貨8枚じゃ出せないのよね。ビーフシチューで銅貨10枚よクリームシチューもその値段になったら頼む人いなくなっちゃうと思うのよね」
原価を変えずに味をまろやかにするか、難しいな。
小熊亭のメニューはビーフシチューが一番高くて銅貨10枚。他のメインの料理は銅貨8枚。コロッケやトマト煮、オムレツなどの単品の料理やおつまみになる物は銅貨5枚に設定している。原価は基本的に半額以下に設定しないと儲けにならないみたい。よく出るビールは銅貨5枚で、仕入れ値は銅貨2枚らしい。
安くて美味しい料理を作るとはこの味を保ったまま、原価をどう下げていくかという話でもある。
前にミナミでやっていたようにフェルが後片付けを手伝ってくれる。何かしてないと落ち着かないみたい。ガンツは先に帰った。
それを見ていたサンドラ姉さんがフェルに声をかけた。
「フェル。あなた、夜ここで働く気はない?どうせケイのこと待ってるんでしょ?銅貨20枚と賄い付きでどう?」
「私は構わないが……良いのだろうか?ケイはどう思う?」
フェルが僕の顔を見る。
「そりゃフェルが給仕を手伝ってくれたら僕も厨房に入れるから嬉しいけど……僕たちからしてみたら良いことばかりで、本当に良いんですか?」
「構わないわよ。副店長の裁量で、フェル。あなたを雇うわ。クライブ、いいでしょう?この子ならあなたの顔も怖がらないから」
「……好きにしろ。やる気があるなら構わん」
「ほら。じゃあ、夕方仕事が終わったらここにいらっしゃい。着替えは2階を使って。お湯も出るから体も拭けるわ。開店時間に多少遅れても構わないから、終わりの時間はケイと一緒ってことで」
「休みはケイと一緒で構わないだろうか?」
「それでいいわ。他の日はまた別で考えるから。じゃあ決まりね。これからよろしく」
そう言ってサンドラ姉さんはフェルと握手した。
師匠から明日のスープのレシピを受け取って書き写す。フェルはサンドラ姉さんに2階を案内してもらっている。
2階は書斎と倉庫、それと狭いけど洗い場があるそうだ。
「フェル。良かったの?冒険者の仕事をやってさらに夜も働くなんて、大丈夫?」
風呂上がり、髪を乾かしながらフェルと話す。
最近は正面を向いて髪を乾かしたあと、後ろ向きになって髪をとかすのが定番になっている。
「ミナミでやっていたことの延長だろう?疲れたら冒険者の仕事を休めば良いのだ。何もしないでケイを待つより全然良い」
「夜は結構混むからね。メニューもミナミより多いし、大変だよ」
「大丈夫だ。食事も出してくれると言うし問題ない」
フェルが後ろ向きになる。ブラシで優しく髪をとかしてあげた。
「だが、働くとなると汚れても良い服が必要になるな。エリママに選んでもらった服はあまり汚したくないのだ」
「エプロンとかでいいんじゃない?この前ガンツのところで着てたみたいな。あれ結構フェルに似合ってたよ」
ほんの少し下心があったのは内緒だ。
帰り道はずっと今日のお弁当の話をした。
隠してあった海苔が面白かったとか、フルーツをみんなで取りあって食べたとか。とにかく今日も楽しかったみたいだ。
夜は今までノートに書いていたレシピをレシピ帳に書き写しておいた。おかげで寝るのが少しいつもより遅い時間になってしまった。
次の日。
昨夜遅くまで起きていたから少し寝不足だ。市場まで走って眠気を覚ました。働き始めて3日目。今日はサンドラ姉さんが休みの日だ。
下処理した鶏肉の骨ガラで出汁をとる。ネギとリンゴ、ニンジンのヘタなど入れて強火で煮込む。
沸騰したらアクを取って火を弱める。
煮込んでいる間に表の掃除を終わらせた。
掃除を終えて厨房に戻るとロイが出勤してきた。
「ケイくん。もうスープ作っていいって言われたんすか?すごいっすね。自分なんて作らせてもらえるまでひと月かかったっすよ」
「昨日、サンドラ姉さんが遅刻してきてさ。時間がないから任せるって言われて。そのまま流れで今日も作れって」
たまに鍋の様子を見ながら、野菜の下処理をしていく。お湯が減ってきたらその都度足してじっくり煮込んだ。
ニンジンとタマネギのみじん切りをしていたら師匠が出勤してきた。挨拶して作業を続ける。
師匠が食糧庫の在庫を見て、紙に何か書き込んだ。その紙をロイに渡して指示を出す。
「ロイ、今日のサラダはこれで作れ。ケイ、ロイが見本を作るからそれを見て作り方を覚えろ」
「わかりました」
あとで教えてもらおう。
鶏ガラスープを濾す前に味を見る。なんか甘味が足りないな。分量は間違ってないはずだけど……
「どうした?」
師匠が僕の様子を見て聞いてくる。味見用の皿にスープを少し入れて師匠のところに持っていく。
「なんか甘味が足りない気がするんです。もう少しレシピ通りだと甘味が出てもいいと思うんですが……」
師匠はまだ味のついてないスープを口に含む。師匠の顔が少し悩んだ顔になる。
「気にしすぎだと言いたいとこだが、確かにな。火が弱すぎたんだろう。もう少し火を強くして20分くらい煮込んでみろ。味が変わるはずだ。ケイ、ロイもだ、その火の大きさを覚えておけ。夏場はもう少し弱めていいが、そのくらいが弱火だ。鍋の大きさでも変わるからその辺りは体で覚えろ」
師匠はハンバーグの準備に取り掛かる。
レシピ帳には弱火の火の大きさに注意と書いておいた。
20分余計に煮込んだスープは確かに味が変わって甘味が増していた。
こういうことを教えてもらえるってすごいな。ちょっと感動した。
鶏ガラスープを一度ザルで濾してから、もう一度、今度はザルに荒めの布を敷いて濾す。こうした方が食感がいいのだ。
師匠が見ていたけど特に何も言われなかった。このやり方がレシピに書いてなかったことにはあとで気づいた。
透き通った鶏ガラスープにタマネギ、椎茸、エノキを入れて煮込み、塩と胡椒で味付けする。ちょっと胡椒が効いてた方が料理に合うかな?味見してみて胡椒をもう少し足す。
もう1つの鍋も同じように味付けして、水溶き片栗粉でとろみをつける。
最後に溶き卵をザルで濾しながら流し入れて完成。
ロイが僕の作る様子を見て驚いていた。
「ケイくん最後なんでザルで濾しながら卵を入れたんすか?」
「こうした方が舌触りが滑らかになるんだよ。余計な白身とかも取り除けるし。今度やってみるといいよ」
味見してみるといい感じだ。このトロッとした舌触りがいいと思う。僕は好きだ。
味見をした師匠が僕に聞いてきた。
「ケイ、このスープお前作ったことあんのか?」
「たぶん同じようなスープだと思います。でも村には片栗粉がなかったから、じゃがいもをすりおろしたものを入れて作りました」
「スープを2回濾したのはなんでだ?」
「飼ってたニワトリを潰さないとこのスープは作れなくて……その……当時はすごいご馳走だったから、できるだけ美味しく作りたかったんです」
「そうか。それでいい。元のレシピにも2回スープを濾すことを書いておけ。このスープは美味い。うちでもそうすることにする」
「ありがとうございます!」
怒られるかと思ったけど、大丈夫だった。認められたってことなのかな?
そのあとロイにサラダの作り方を教えてもらった。
ロイがお茶を淹れてくれて、開店前に少し休憩する。
メモ帳代わりのノートを整理して、少しだけ目を閉じた。
「じゃあ始めるぞ、今日はロイは俺の横で焼き方を見ておけ、付け合わせの盛り込みはロイに任せる。ケイはスープと、サラダをやれ、補充はその都度指示を出す」
メアリーさんが店を開けて、昼の営業が始まった。
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