第110話 老夫婦

110 老夫婦


「ケイ、今朝のぽてとさらだが入っているではないか!しかもオムレツも!」


 お弁当箱を開けて早々フェルが騒ぎ出す。


「なぁ、こう色どりがいいと何から食べたら良いか迷ってしまうな」


 迷った末にフェルはサラダから食べることにしたようだ。

 ポテトサラダを美味しそうに食べている姿がかわいい。

 ふと向かい側を見るとお爺さんが羨ましそうに見ている。こういう風に見せつけてしまうのもどうかと思って、僕のお弁当を2人に勧めた。


「良かったらこちらどうぞ。中身は一緒ですから。お口に合えば良いのですが」


「なんと。良いのか?それは君の分じゃないのかね」


「僕はそんなにお腹は空いてませんし、食べる物ならおにぎりがありますから」


 そう言って包みを開けておにぎりを取り出す。


「それは……米かね。昔知り合いがどうしても食べたいと言って作らせたものに似ている。君の国の料理かね?」


「うちのじいちゃんの故郷の料理です。じいちゃんは東の国の生まれで、向こうではこの米が主食なんです。安いし、腹持ちがいいので僕たちはいつもこれを食べてます」


 おにぎりは多めに作ってきていたのでお弁当と一緒に2つ渡した。


 フェルが僕の方に椅子を寄せてお弁当箱を差し出してくる。それを少しもらっておにぎりを頬張った。


「なんだかこうやって食事を分け合うのも良いな。なんか楽しいぞ」


「今日のオムレツはふわふわにしてみたんだよ。卵の混ぜ方で変わるんだ」


「そうなのか。オムレツは最後にとっておいていたのだが、ほう、なるほどこういうのも美味いな」


 寄り添って座り、お弁当を分け合っていた僕たちにおじいさんが話しかけてきた。


「これは君が作ったのかね。とても美味しい料理だ。この白いマヨネーズで味付けされたサラダはとても甘くて美味しいね」


「市場に美味しい野菜を作る農家さんが、直接売りにきてるんです。そこの店で買ったジャガイモで作ったら結構美味しく作れて。今日の自信作ですね」


「見た目もそうだが、味も良い。野菜も多めに入っていて食べる者の栄養までよく考えられている」


「食べてくれる人の顔を想像して中身をお弁当箱に詰めていくのは結構楽しいですよ。今日は最初から2人でこの展望台でお弁当を食べるつもりで作ってきたのですが」


「中身を知らないでこのフタを開ける瞬間がたまらないのだ。私はお弁当の中身を決して教えるなとケイにいつも言っている。作っているところもなるべく見ないように我慢しているのだ」


「お弁当というのか。それも君のおじいさんの国では普通にある物なのかい?」

 

「さぁ、それは知りませんが、故郷の村では良く山に入って食材を探してました。その時からお昼ご飯を自分で用意して山の中で食べてましたね。普通にみんなやっているものじゃないんですか?」


「あまりこういった手の込んだ食事を箱に詰めて持ち歩く者はおらんな。パンに食材を挟んで持ち歩いたりはするが」


「それと同じですよ。夜ご飯の残りとか、お弁当のために作って余ったものは朝ごはんに使ったりして、そこまで手の込んだことはしてません。それに食材も大したものは使ってませんし、昼ごはんがパンとスープだけというのもなんか味気ないと思うからいつも仕事に行く彼女に持たせているんです」


 おばあさんは時々お弁当をつまみながらニコニコと会話を聞いている。とても上品な食べ方をするので、もしかしたら身分の高い貴族なのかもしれない。あまり失礼にならないようにしないと。


「僕たちあまりお金がないから、食事はたいてい自炊をしています。僕が料理を作るのが好きだからというのもありますが、できるだけお金をかけずに美味しいものが食べたいので」


「しかし外でこのように食事をするのも良いものだな。特にこのおにぎりというのは携帯食にうってつけだ。それをこのお弁当と一緒に食べるか……良い経験をさせてもらった。しかし良かったのかね?君の食事を貰ってしまって……」


「いえ、気にしないでください。食事はみんなで食べた方が美味しいじゃないですか。それよりお口に合ったならうれしいです」


「口に合うなどと、こんな美味しい料理を食べたのは久しぶりだ。どんな豪勢な食事よりもワシは今日もらったお弁当の方が美味しいと思うぞ」


「それは天気も良いしこうやってみんなで楽しく食べたからですよ。本当に恥ずかしいくらい高級な食材は使っていないんです。おにぎりの具も市場の野菜売りのおじさんの奥さんからいただいたものですし」


「君はいろいろ顔が広いのだな。仕事は今は何をしてるのかね」


「この前まで冒険者をやってました。まあ今もそうなんですけど。年明けから南区の食堂で見習いで雇ってもらえることになったんです。今まで狩っていたホーンラビットが簡単に狩れなくなってしまったので、街で何か仕事を始めようと思っていまして。僕は弱いから冒険者としてはやっていけそうにないので」


「何を言ってる。ケイは充分冒険者としてやっていける実力はあるぞ。オイゲンもケイを南の森に連れていくのを楽しみにしていた」


「それは僕の料理が食べたいからでしょ。そんなの冒険者と関係ないじゃない」


「いや、ちゃんと経験を積めば良いスカウトになれると言っていた」


「ホーンラビットを狩っていたのかね。簡単に狩れなくなったとはどういうことかね?ホーンラビットなぞ、そこらじゅうにおるではないか」


「それがいろいろあって、僕たちの狩り方がちょっと特殊だったみたいで……」


 そのあと老夫婦2人が僕たちのホーンラビットの討伐の話を聞きたがり、僕たちは王都に来てからこれまでのことを話した。

 おじいさんはガンツのことを知っていて、あの有名な魔道具職人とどうやって知り合いになったのか詳しく聞いてきた。その時のことを話すと、僕の包丁を見たがったので、布に包んだままおじいさんに渡した。

 おじいさんは包みを解いて僕のすっかり小さくなってしまった包丁を見てこれならばあやつが気にいるのもわかると頷いていた。

 おじいさんのところどころに感じられる、高貴な人のような話し方が、少し気になる。けっこう身分が高い人なんじゃないかな、おじいさんたちって。


 包丁を返してもらい、また丁寧に布で包んでマジックバッグにしまう。

 おじいさんは笑顔で僕を見ていた。


 すっかり日は傾いて、そろそろ夕暮れだ。


「すっかり話し込んでしまったのう。さて、このお礼は何が良いか。ケイくんといったかな。何か欲しいものはあるか?」


「お礼なんてとんでもないです。こちらこそ楽しかったです。特に欲しいものもありませんし、結構です」


 危険な感じがする。動揺しているのをできるだけ悟られないように笑顔で僕は言う。


 おじいさんとおばあさんは顔を見合わせて笑った。


「ワシは王城で庭師のようなことをしていてな。許しをもらって小さいが農園で野菜を作っているのだ。まだまだ素人だが、ゆくゆくはそうやって土をいじって余生を過ごしたくてな、ああそういえば名乗ってなかったな。ワシはレオ、こっちがワシの家内のマリーだ。褒美、ではなかった。お返しをするからしばらくここで待っておれ。使いの者にワシの野菜を持って来させる」


 そう言って老夫婦が立ち上がる。おじいさんは僕の履いているのと同じジーンズを履いていた。

 え?ジーンズ?


「今日は会えて良かった。ワシらは午後ここで休憩していることが多いから、また良かったら話をしに来ておくれ。マリーも君たちの話を聞けて楽しそうだった」


「体には気をつけてね。今度はフェルさんの話も聞かせて。女性で冒険者の仕事は大変でしょう。危ないことはしてはダメよ。また会えるといいわ。今日はありがとう。ケイくんもお弁当美味しかったわ」


 そう言って2人がお城の方に帰っていく。それを見てテーブルに座っていた人達が何人か、2人の後に続いて王城の方に歩いて行った。


 王城の展望台から見る夕焼けはオススメされた通りとても綺麗だった。しばらくその景色に見入っていると、後ろから声をかけられる。


 年配のメイドさんが紙袋を持って立っていた。紙袋の中にはトマトが入っていた。

 王城の農園には試験的に温室が作られているそうだ。トマトは今収穫してきたのか、新鮮でとても美味しそうだった。


 トマトが好きなフェルは大喜びで、メイドさんにお礼を伝える。


 紙袋の中には手紙が入っていて、あけるとしっかりとした力強い筆跡で、「何か困ったことがあったらなんでも相談するといい。美味しいお弁当をありがとう、レオナルド」と書かれていた。


 トマトよりこっちの手紙の方がとんでもなくやばい物だった。

 レオナルドって、この国の王様の名前じゃん。


「庭師のレオから伝言です。また野菜をたくさんあげるので、気軽に来て欲しいとのことでした。これからも年寄りの話し相手になってもらいたいと申しておりました」

 

 わざわざ庭師というからには礼儀作法は問わないということかな。また来ますとは言ったけど、どうかな。次はちゃんと緊張せず話せるかな?


 そのあと陽が沈んでいくのをフェルと2人で見て、展望台に街灯が灯った頃そろそろ帰ろうという話になった。


「ケイ。新年の贈り物というのには1日早いが、私からケイに渡したいものがある」


 そう言ってフェルがカバンから包みを出す。丁寧にその包みをとくと、マフラーだった。このところエリママのところに入り浸って作っていた物だろう。

 茶色で、同系色の色で柄が入っている。


「すごいよ!フェル。作るの大変だったでしょう」


「エリママのおかげだな。私が間違うとすぐ指摘して直させた。見ろ、私のもあるのだ。これは最初に練習で作ったものをエリママが手直ししてくれたのだ。柄がお揃いなのだぞ」


 淡い黄色のマフラーをフェルが首に巻く。マフラーはフェルの髪の色によく似合っていた。


「ありがとう。僕も大したものじゃないけれどフェルに渡すものがあるんだ。前に3男に売ってもらったんだけどフェルに使ってもらいたくて」


 前に買った和柄のピンクの財布をフェルに渡す。なんか僕も包んで貰えば良かったな。

 フェルはその財布を胸に抱いて目を閉じた。


「ありがとう。ケイ。大切にする」


 そう言ってフェルは顔をあげ、僕の目を見つめて優しく微笑んだ。

 







 











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