第108話 笑顔

 108 笑顔


「それで明日はどうするのだ?」


 髪を乾かしながらフェルと明日の予定を立てる。


「フェルはどこか行きたいところはある?一応ホランドさんのところで出来上がったソースの味見をすることになっているんだけど、それは午前中に行くとして」


「私は特にない、というか王都に何があるかもよく知らないのだ。エリママに王城の展望台からの眺めは素敵だと言われたくらいかな」


「それ僕もギルマスに言われたよ。夕陽が綺麗なんだって」


「ではそこに夕方行くことにしよう。確か貴族街にある調味料の店にも行きたがっていたのではないか?その店に寄ってから步いて王城まで行けば良い時間になると思うが」


「そうだね。たぶんホランドさんのところで何かしら試食することになると思うから、昼食は遅めにして展望台でお弁当を食べよう」


 そう言うとフェルの表情がパッと明るくなる。


「そうだな!ならば今日もらった果物で果実水を作ってくれ。前に水筒に入れてくれたのが嬉しかった。またやって欲しい」


「わかった。それで夕焼けを見たらガンツのところで年越しだよ。寝るところは用意してくれるらしいけど、一応テントも持っていこう」


 次の日、今日はジョギングは休みにして、朝食とお弁当をいつもより時間をかけて作る。ゴードンさんのところで買った野菜を下茹でしたり、ほうれん草をおひたしにしたり。出来上がったものは保存瓶に入れてマジックバッグにしまっていく。

 新年の初日はできるだけ何もしないでゆっくりと過ごす予定だ。作り置きできそうなものをどんどん作っていく。


 ゴードンさんのところのジャガイモがすごく美味しくて、ポテトサラダを作ったら、ついつい味見が止まらなくなった。

 それらをお弁当に少しずつ詰めて、フェルが好きなオムレツも入れる。今日は泡立て器を使ってふんわり仕上げてみた。なかなか可愛いお弁当になったと思う。

 おにぎりは昨日作った肉味噌と、梅干し、ほぐした塩鮭を胡麻と一緒に混ぜ込んでそれを焼きおにぎりにした。


 朝ごはんは肉味噌を隠し味みたいにちょっと溶かして、薄切りにしたネギを入れたシンプルな味噌汁に、ポテトサラダ、焼き鮭、目玉焼きを作った。味噌汁の出汁は現在、絶賛迷走中だ。


「このポテトサラダは絶品だな。箸が止まらない」


 フェルも喜んで食べてくれた。


 フェルはその後テントの中でゴソゴソと着替えを始めて、僕は後片付けを済ませる。しばらくして出てきたフェルはとても綺麗だった。


 薄く、ほんの少しだけど化粧もしてるみたい。立ち止まって見惚れていると、あまり女性の顔をジロジロみるものではないと怒られた。

 今日の服装もよく似合っている。新しい服だ。エリママのところで買ったのかな?

 普段よりなんか色気があると言うか、フェルが少し大人な感じがする。


「綺麗だよ」


 そう思わず言ってしまった。

 フェルが何も言わずテントを片付け始める。

 言うんじゃなかったかな。でも、いつものフェルと全然違うんだもの。


 テントを片付けてマジックバッグに入れ、ホランドさんの店に行く。


 ソースを準備するホランドさんの代わりにトンカツとコロッケを揚げた。とんかつを食べやすい大きさに切って皿に並べる。


 塩ダレを使わずに最初から材料を混ぜて作った方が風味が強くて美味しいことがわかった。

 ホランドさんはこのレシピをもう少し詰めて完成させたら商業ギルドに登録するそうだ。


 ウスターソースのアレンジならいろいろ知っている。ウスターソースにケチャップを混ぜて少量のお酒と醤油を少し入れる。それに砂糖を足して湯煎してお酒の酒精を飛ばした。

 ウスターソースがけっこうスパイシーだからちょっと酸味が強い気もしたけど、ホランドさんが言うにはここから少し寝かせるとまろやかになっていくから多少きつめの味の方がいいらしい。


 ケチャップ好きなフェルはもちろん。ホランドさんも良いと言ってくれて、こうしてミナミの新メニュー、とんかつのソースは完成した。


 店を出てフェルと中央の方に向かう。ホランドさんの話だと貴族街には馬車で行った方がいいということらしいので乗合馬車の乗り場に向かうことにした。


「ケイ、あのソースが完成したのがうれしいのか?」


「そうなんだよ。前にガンツのところでヒレカツを作ったことがあったじゃない。あの時は醤油で食べたけど、あのソースで味付けしたらもっと美味しくなると思うんだ。あのソースはいろんな料理に使えるからフェルに作ってあげられる料理がいっぱい増えるよ。それが一番うれしいかな」


「そ、そうか。私も楽しみにして……いる」


 フェルが顔を赤くして俯いている。

 しまった。少し興奮して言いすぎた。意識した途端僕の顔も赤くなる。

 その後2人とも無言になってしまい。馬車に乗るまで沈黙が続いた。


「その……ケイの行きたい店とは確か調味料の店だったか?そこにある調味料を買えばケイの料理はもっと美味しくなると言うことだろうか?」


「そんなに簡単な話じゃないよ。ただ、今まで香草とか、森で採取したスパイスとか、工夫してやってたことがもっと楽になったりするってだけかな。何か基本になるような調味料があれば買ってみてもいいけど、あまり買い物目当てではないんだ。どんなものがあるか知りたいだけなんだよ」


 僕は出汁、コンソメや中華スープの素など、料理の手間を省けるようなそんなものがないか知りたかった。全部最初から調味料を作るのも限界がある。いわゆる出汁の素みたいなものがあるなら手に入れたいと思っていた。


「そうか。しかし、ケイが欲しければ多少高かったとしても買ってもいいのだぞ。私もいくらか出せるだけのお金は持っている。遠慮する必要はないのだ」


「ありがとう、フェル。でもそういうのは何か違う気がするんだ。お金を出せば料理が美味しくなるとしたら、美味しい料理はお金を持ってないと食べられないってことになっちゃう。まだよくわからないんだけど、スラムの炊き出しの時によく思うんだ。人を幸せにするのにお金持ちか貧乏かなんて関係ないって思うんだよ。でもゼランドさんみたいにお金を持ってないとあんなに大量の衣類とかみんなに配れないわけで……やっぱりお金は大事だってことになるんだけど……」


 自分の言っていることがだんだん矛盾してしどろもどろになっている僕の手をフェルがそっと握りしめる。


「ケイ……ケイはそのままで良いのだ。ゼランド氏やエリママは、ケイのやっていることを応援したくて協力してくれたのだぞ。まず中心にケイがいて、そこに人が集まってそれぞれがそれぞれできるだけのことをやっているだけのことだ。結果エリママたちは衣類を無料で配ることにした。お金があるから出来たということではない。エリママたちをそういう気持ちにケイがさせたのだ。冒険者の奴らなど、次は誰が手伝いに行くかくじ引きで決めているぞ。あまり大勢で行くとまたギルマスに叱られるからな」


 それを聞いて少し笑った。


 僕ももっと気楽にやればいいと思った。考えすぎるのも良くないよ。


 世界を変えたいわけじゃない。だけど手の届く範囲ならできるだけ手を差し伸べたい。

 それがいいことなのか悪いことなのか、正直わからない。

 でも一つだけはっきりしているのは、関わったみんなが笑顔になってほしいってこと。

 手の届く範囲でいいから周りのみんなが笑顔になれればそれだけでいいんだ。


 やがて馬車が止まり貴族街の中心に着いた。


 

 

 





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る