第107話 肉味噌

 107 肉味噌


 年末だからか、王都の街は賑わっていた。おかげでエリママの店にいくのにも、いつもより時間がかかる。


 プリンはエリママの好物だったそうだ。実家にいたころ友人が作ってくれて、その味に感動して、実家の屋敷の料理人に作り方を習わせたのだそうだ。

 実家にいた頃はしょっちゅう食べていたらしいけど、久しぶりに食べれて嬉しかったと言ってくれた。友人が作ってくれたのより美味しいと言ってくれたが、多分卵とか牛乳の質が良いからだろう。

 宮廷料理人より美味しいとかありえない。


 今度、屋敷の料理人にも作り方を教えて欲しいと言われたので、明日ゼランドさんのお屋敷にお邪魔することにした。


 そのあとお風呂に寄ってフェルの髪を乾かす。買ってきたブラシをフェルに渡すと、髪をとかしてくれと言われる。

 後ろから髪をとかしているから表情はわからないけど、フェルがなんだか嬉しそうだ。


 そんな子供っぽい仕草をするフェルを見ていて僕も幸せな気分になる。


 夕飯はホーンラビットの肉を、ミンサーで挽肉にしてツミレ鍋にした。残っていた野菜を使い切りたかったからだ。

 けっこう分量があったけど2人で食べてたらあっという間になくなった。


 市場は明後日から3日間休みになる。

 明日はいろいろ買い物しなくちゃ。


 次の日、市場に行くと、いつもの早い時間にも関わらず買い物する人たちで賑わっていた。

 ラウルさんはこれからもっと混むから急いで買い物をした方がいいと言っていた。


「フェル。はぐれないように手を繋ごう」


 そう言って手を差し出すと、フェルが優しく握り返してくれる。


 肉屋で腸詰や干し肉、オーク肉などまとめ買いする。

 調味料の店で必要なスパイスを買い込んだ。炊き出しの材料も今日買わなくてはいけない。

 お米屋、パン屋、乾物屋と順番に周り、ゴードンさんの野菜を買いに行く。

 フェルに少し待っててもらい、人混みの中めぼしいものがあったらどんどんカゴに入れていく。

 少し買い過ぎかな。まぁいいか。

 ゴードンさんにお金を払って市場を後にした。ゴードンさんは忙しそうにしていたけど、会計の時に僕に気づいて、良さそうな野菜を何個か余計にカゴに入れて笑っていた。


 なんとなく流れでフェルと手を繋いだままエリママの店まで来てしまった。中に入ると、今日は屋敷の方に来て欲しいとのことで、用意されていた馬車でゼランドさんの屋敷に向かった。


 応接室に通されてお茶をいただく。フェルは何度か来ているから慣れているけど、田舎者の僕はこんなお屋敷に来たのは初めてだ。落ち着かないし、どうしていいかわからない。


「そんなに緊張しないでくれ。うちは商家だから、マナーとかうるさく言わないよ。もっと楽にしてくれ」


 ゼランドさんはそう言うけど、そう言われても、困ってしまうよ。変な汗が出る。

 紅茶を待つティーカップが震えてしまう。

 これこぼしちゃったらどうなるんだろう?

 この絨毯いくらするの?


 ゼランドさんにお願いして、早めに厨房に案内してもらった。


 料理長はアントンさんといい、口髭を蓄えた優しい中年のおじさんだった。

 アントンさんは僕の話を聞いて笑い出す。


「そうか。こんな立派なお屋敷に招待されたのは初めてか。村から出て来たばかりなら、そりゃ落ち着かなくて逃げ出したくなるよな。厨房なら平気かい?」


「はい。こっちの方が落ち着きます」


「そうか。それならよかった。君の作ってくれたオムライスだっけ。あれとても美味しかったよ。その日厨房に入っていた者たち全員で試食したんだ。ここにいる者たちはみんなその味に感心して作り方を学びたいと思っている。私たちは米を使った料理に慣れていないんだ。精米器はゼランド様が持ってきてくれたのだが、米を使った料理がどうも上手くいかなくて困っていたところだったんだ。ならば一度しっかりとケイくんに教えてもらった方が良いという話になってね。呼びつけるようなことになってしまって申し訳ない」


 みんな僕が若いからって見下すような顔はしていなかった。むしろ新しい料理を作りたいと目を輝かせている。


 若輩者ですがお力になれるならと、前置いて、まずはお米の特徴から話す。

 皆僕よりも遥かに腕の良い料理人だから、ちゃんと基本的なことが分かれば自分たちでアレンジしていけるはずだ。

 

 浸水して水を吸ったお米を加熱するとデンプンという物質が糊のように粘り気を出し始める。それを十分な水で煮ることでさらに水分が吸収されてお米が粘り気のあるふっくらした食感に変わる。

 はじめは中身が焦げ付かないようにゆっくり鍋を温めて、水が沸騰したら少し火力を上げてお米に熱を加えていく。鍋に入れる水の量で出来上がりのお米の硬さが変わることも説明した。


 小さな鍋で1合ずつ水分量を変えて実際作ってみてそれぞれ試食してもらった。

 ドロドロになってしまったものは、これはこれで病気の時の回復食として使えることを説明する。


 柔らかすぎる炊き上がりのご飯に少しお湯を足し、サラサラにしたものに塩を加え、溶き卵を回し入れる。簡単なお粥ができた。

 薄いスープで煮ても良いと言うとみんなが頷く。

 少し硬めのご飯は炒めて少し味をつけて出してみた。お酒を入れて軽く蒸すようにすれば少し芯が残ったパエリアのようになる。


「味のついたスープで炊くのも良いのではないか」


 アントンさんが質問する。その場合キノコや味の出やすい野菜などと一緒に炊くと美味しいことを伝えた。


 お酒と醤油を入れてキノコを適当に切り、実際炊いてみると皆んなが納得の表情になる。厨房には、あまり使わないと言っていたけど醤油と味噌の用意もあった。


 普段は隠し味のような使い方をしているらしい。


 炊き込みごはんと、簡単に作った味噌汁を一緒に出すと皆美味しいと言って喜んでくれた。


「僕の祖父の国ではこのお米が主食でした。向こうの国ではあまりパンは食べられていなかったそうです」


「なるほど、これは確かに色々な料理に合いそうだ。それで、あのタマゴで包んだ味付きのお米はどうやって作るのかい?」


「あれはケチャップで味付けした、炒めたお米になります。普通の白いお米をフライパンで肉と野菜といっしょに炒めて作るんです」


 タマネギとみじん切りしたニンジンやピーマン、鶏肉を炒めてチキンライスを作った。具はこれに限らず、その時あるものを使えば大丈夫と伝える。

 タマネギはなるべく入れた方が味が安定することと、お肉はなるべく癖のないものが良いと言っておいた。


 ケチャップは厨房にあるものを使ったが少し甘味が足りなかったのでお砂糖を少し多めに入れた。少し味が濃くなっちゃったけど、そこはタマゴで調節しよう。


 それを下味のつけた薄焼きのタマゴで包んで出来上がり。

 オムレツを作って乗せたものも用意した。


「上にかけるソースもいろいろ工夫できそうだな」


「そうですね。僕は時間をかけてソースを作ることができないからいつもケチャップで済ませてますが、この料理に合うソースはいっぱいあると思います」


 その他にも炒飯や親子丼なども作ってみせて色々な組み合わせを試してもらった。


 ゼランドさんたちの昼食はこのいろいろなお米の料理をみんなで大皿で取り分けてもらうことになり、それぞれ挑戦したい料理を各々が分担して作ることになった。当たり前だけどみんな腕のいい料理人ばかりだから飲み込みが早い。

 味に統一感はないけれど美味しいお米料理のフルコース?みたいな感じになった。


 だがカロリーが心配だ。


 僕はみんなが昼食を作っている間、アントンさんから伝統のスープの作り方を教わる。


 アントンさんが言うには文章のように素材を組み立てることで、さまざまなスープが生まれるのだそうだ。


 まずはベースとなる出汁。入れる具材。決め手になる味の方向性、そして油をどうスープに溶け込ませるかでスープの種類や味が決まるそうだ。当たり前のことを言っているようだけど、考えてみるとこれはかなり深い。

 特に油をどうやってスープに馴染ませるのか、これはかなり重要だと思った。


「見習いから始めるならまずはスープを作らされる。具材の味を充分に引き出すことと、打ち消すことをまずは学ぶんだ」


 打ち消すと言うのがよくわからなくて質問すると、たとえば肉の臭みを消す香草などがわかりやすいと教えてくれた。その香草の癖を他の野菜で打ち消したり、一晩寝かせたりしてまろやかにしたりなど、足し算ではなく引き算で味を整えるやり方をいろいろ教えてもらった。


 伝統のスープは骨のついた牛肉とリンゴ、ニンジン、ネギをいくつかの香草と一緒に煮込みその後寝かせる。アクはきちんと取っておくが、そこまで神経質にならなくてもいいそうだ。


 実際1日置いたものを見せてもらった。煮込んでペースト状になったそのスープを丁寧に濾して何も混ざっていない状態にする。


 それを温めてさらに出てきたアクを取り、またいくつかの香草を入れて弱火で煮込む。

 それを布でまた濾して、そのスープを小さな鍋に取り分け、煮立たせないように温めたら薄切りにしたタマネギを入れて火を止める。

 余熱でタマネギに火を通すのだ。器によそい刻んだパセリと胡椒を少し入れて完成になる。

 すっきりとしたそのスープはとても美味しかった。優しい味で、タマネギしか入っていないのに、さまざまな具材の味がスープに溶け込んでいてとても高級な味がした。


「何代か前の宮廷の料理長が得意だったらしい。俺も若い頃は宮廷で働いていたからな。よく作らされた」


 思いがけないところで宮廷のレシピに触れてしまった。アントンさんにとても嬉しいと伝えたら頭を優しく撫でられた。


 出汁をとった残りの具材は骨を丁寧に取って乾燥させて他の料理の出汁に使ったり、賄いの材料になったりするそうだ。


 ならばと、その搾りかすをもらって食べられない部分を取り除き、ミキサーで細かくして味噌を混ぜてみる。アントンさんに味見をしてもらったら、もう少し辛くてもいいと、アントンさんが唐辛子を粉末にしたものを入れた。

 確かに味が少し引き締まる。


 ピリ辛の肉味噌みたいなものになった。これならおにぎりの具に使えそう。


 出来上がったものは保存瓶に入れて持ち帰らせてもらった。

 瓶に入れたまま少し熱湯で煮て加熱すれば日持ちもするということだった。家に帰ったらやっておこう。


 お昼はゼランドさんの長男も同席して賑やかな食事会になった。


 長男はドナルドさん。今日はいないけど次男はダグラスさんというそうだ。


 ダグラスさんは仕入れの責任者でほとんど王都にはいないのだそうだ。ドナルドさんは経理と主に商会の運営に関わっていて普段お店には出てこないらしい。

 ドナルドさんが実質店のことをやってくれているからゼランドさんは割と自由に店に立ってお客さんの対応ができるのだそうだ。


 僕たちが箸で食べていると、3男もたまにこうやって箸で食べているという話になった。


「どこで手に入れたのか知らないけどとても大事にしてるわよ、あの子」

 

 そうエリママが言っていた。

 村の木を削って作った適当なものだけど、大事にしてくれているならうれしい。

 今度ライツに頼んでいい箸を作ってもらおう。お屋敷にはどのくらいの人が働いているのかな。お箸を作る時は僕も手伝うつもりだ。


 昼食の後はフェルはエリママと編み物をして、また居場所のない僕は厨房の手伝いをして時間を潰した。

 こういう大人数で厨房で働くことは今まで経験がなかったので見ているだけでも勉強になる。

 厨房では皿洗いとか野菜の皮剥きしかできなかったけどそれでも良かった。


 アントンさんに就職がダメになったらいつでも働きに来いと言われて、お礼を言って別れた。

 エリママは何かお礼をしたいと言ってきたけど、厨房にあったフルーツいくつかをもらってそれ以上は断った。


 馬車で公衆浴場まで送ってもらってお風呂に入る。

 

 明日はフェルと王都を観光する予定だ。

 

 







 


 

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