第103話 傘
103 傘
早朝ゴードンさんの集落に向かう。
昨日のゴードンさんの話だと、またホーンラビットの被害が増えてきたらしいので、フェルと2人でたくさん狩った。
精米器を贈ると、お返しにまたいっぱい梅干しをもらった。
ギルドに戻って急いで解体する。
10匹分は炊き出しに使うのでそれ以外を引き取ってもらうと報酬は銀貨8枚になった。
ホランドさんの依頼の報酬も併せて受け取り、ギルドの銀行に預けた。
フェルはホーンラビットの報酬はいらないと言って、僕が解体をしている間、訓練場に行った。
お昼からいつもの場所で炊き出しの準備を始める。
「ウサギー。お肉はこれくらいの大きさでいーのー?」
赤い風のメンバー、リンさんが今日は手伝ってくれている。今日は雑炊にせず、味噌汁とおにぎり2個、そして唐揚げを配る。
おにぎりは具の入っていない塩結びだけどそこは唐揚げをつけるから許してもらおう。
リンさんには唐揚げの下準備をお願いしている。
「それくらいで大丈夫だからどんどん切っていって」
僕は大量のおにぎりを作るのに追われていた。フェルも手伝ってくれているけど、300個のおにぎりを作るのはけっこう大変だ。冷めないように握ったら保温庫に入れる。焼いた石を布で包んで入れてあるから、配る時にもまだ暖かいままだろう。
冒険者も今日は3人手伝ってくれて、今は焚き火を起こしてくれている。
年明けまであと5日。今日はけっこう肌寒い。
やっとのことでおにぎりを握り終えると馬車が2台停まる。何事かと思ったらゼランドさんとエリママだった。
「ケイくん。忙しくやってるみたいだね」
「ゼランドさん。エリーさんも。ごめんなさい。昨日仕事が最後の日で、帰りが遅くなっちゃったんです。商会に寄ってたら公衆浴場にも間に合わない時間で、行けなくてごめんなさい」
「いや、良いんだ。こちらこそ事情も分からず呼びつけたりして悪かったよ。実は昨日来たら話そうと思っていたんだが、スラムに住む人たちに衣類を提供しようと思ってね。在庫を整理したかったというのもあるけれど、最近寒いだろう?私たちも何かできないか妻と話し合ってね」
「それは良いですね!みんなきっと喜びますよ。着る物や毛布なんかは絶対必要ですからね」
ゼランドさんたちは炊き出し会場の一角に机を並べ、そこに服の入った箱をどんどん積み重ねていく。手の空いた冒険者の人たちも手伝ってくれてる。
「よーし。炊き出しを始めるぞー。今日はゼランド商会から衣類の提供もあるそうだ。1人2着分くらい持ってきてるらしいから食べ終わったらそこに並んでくれ」
冒険者の人たちが列を整理してくれている。ゼランドさんとエリママはたくさんの箱の中から衣類を取り出しハンガーにかけている。
食べ終わった人から順番にゼランドさんのところに行ってエリママの見立てで洋服を受け取っている。下着なども持ってきているようで、みんな嬉しそうに受け取っている。
身なりがきちんとしていれば雇ってくれる人も増えるだろう。
今、王都には住むところが不足しているらしいから、すぐに家を借りることができないかもしれないけれど、たとえスラムに住んでいたとしても仕事があれば今よりももっと暮らしやすくはなるだろう。
「ゼランドさん。今日はありがとうございます。みんな喜んでましたね。これで寒い思いをする人も減ると思います」
エリママは怪我をして動けない人や病気で来られない人のところに行き、必要なものを聞いて運ばせたりもしていた。
何人かはエリママのことに気づいていたみたいだけど、大騒ぎする者はいなかった。感激して握手を求める人にも、エリママは笑顔で対応していた。中には涙を流す人もいて、エリママは優しくその人を慰めていた。
冒険者たちは焚き火を囲って酒盛りを始めた。僕は今その人たちのおつまみを作っている。リンさんもその中に入って楽しくお酒を飲んでいた。
「どうしたらケイくんに借りを返せるか妻と相談してね。ケイくんはお金を受け取らないから、その利益分をこういう形で還元しようと思ったんだよ」
「そんな。借りを返すだなんて、本当に僕は大したことはしてないんです。こういうことができるゼランドさんとエリママの方がすごいと思います。今日は本当にありがとうございました」
「これからも何か必要なものがあったら遠慮なく言ってくれると嬉しいよ。私たち家族はみんなケイくんとフェルさんの味方だ」
そのあと注文していた折りたたみのタープと布団の圧縮袋、エアーマットの試作品や、ガンツが改良したピーラーや泡立て器を受けとって、ゼランドさんたちは帰って行った。部屋はなんとかなりそうだからもう少し待ってて欲しいと帰り際に言われた。
僕の方こそお世話になりすぎだよ。何か贈り物を用意しなきゃ。お菓子でも作って持って行ってみようかな。
お風呂に入りに行って、そのあと家に戻り、折りたたみのタープを組み立てた。前に見たものより軽くて、しかも丈夫そうな感じがする。
ガンツが何かやったのかな。関節のところにさらに何か工夫がされていた。
エアーマットはスイッチを押せば勝手に膨らむすごく機能的なものだった。もう一度スイッチを押せば空気が抜けて折り畳んでも嵩張らない。すごいなこれ。いいやつじゃん。
おかげでその日は暖かく眠れた。エアーマットがすごい。地面から伝わる寒さが全く感じられなかった。
次の日。
もらったタープの中で料理を作る。起きると外は少し雨が降っていて、気温がだいぶ低い。昨日配っていた毛布が役に立っていればいいな。
雨なのでいつものランニングはせずに、タマゴを買いにフェルと相合い傘で市場に向かった。
フェルに「今度傘をもう一本買おう」と言ったら、ものすごい勢いで反対された。
ホランドさんが店に来る前に、ドライトマトを仕入れて欲しいと言っていたので5袋買った。お店の人は少し値引きしてくれた。
ドライトマトは冬でも安定して買えるらしい。ウスターソースの材料にはちょうど良いだろう。味もドライトマトを使った方が甘味が出て良かった。
フェルはエリママのところに今日も行くらしくて、帰りに迎えに行く約束をして別れた。
月曜日はミナミは定休日だ。
ホランドさんにまずは秘伝の塩ダレの作り方を教わる。
厳選したスパイス、刻んだセロリとすりおろしたタマネギの汁など混ぜて水を足し、鍋で煮詰めていく。焦がさないように弱火で1時間ほど煮るそうだ。あまり大きな鍋で作ると味が安定しないから、いつもは小さな鍋で3つ作るらしい。
火から下ろす直前ににんじんの葉とパセリを刻んだものを入れ、少しだけ火を通したら瓶に入れて寝かせる。
寝かせると少し味が落ち着くので、少し塩気がきついなと思うくらいの味にするのがポイントらしい。
ハーブなど他にいろいろ入れても美味しく仕上がるけど、香草を入れれば入れるほど原価がかかるので、妥協とは少し違うが、程よい加減を見極めてこの分量でやっているそうだ。
出来上がった塩ダレをひと瓶もらった。
午後からはソース作りだ。土曜に作ったソースを味見して、使う食材の大体の分量が決まった。
「私はもう少しドロっとしたものにした方がいいと思うのだけど、どう思う?そうした方がこの衣に絡んで美味しいと思うんだ」
「たぶんこのソースは料理に合わせていろいろ工夫できるような、ホランドさんの塩ダレみたいなものになると思うんです。出来上がったものにいろいろ足して料理に合うようにしていけば良いと思うんですよね。たとえばこれにお酒とケチャップを入れて煮込めばもう少しとろみがつくと思いますよ」
「そうだね。一度元になるものを作って、そこからいろいろ料理に合わせて工夫するのが良いかもしれないな。ケチャップは専門に売っている店があるからそこから試しに取り寄せてみようかな」
「え?ケチャップって普通に売っているんですか?」
「ああ、うちの塩ダレとかもその店で販売しているんだよ。東区にあるから今度行ってみると良い。少し高いけどね。うちは塩ダレのレシピを提供しているから安く仕入れられるんだ。行くなら私の名前を出すと良いよ。欲しいものがあったら安く売ってもらえると思う」
東区といえば貴族街だ。高級な店が並んでいると聞いている。僕たちが言っても大丈夫かな。
ホランドさんにそう言うと、そこまで緊張しなくても、平民でも普通に入れる店だと笑われる。
貴族街と言っても、少し高級な物を扱うお店があるだけで、中には平民に冷たい店もあるけれど、普通に買い物するだけなら特に問題はないらしい。面倒な貴族は基本的には街で買い物などせず、自宅に商人を呼びつけるから街でほとんど会うこともないと教えてくれた。
良かった。今度機会があれば、フェルと一緒に行ってみよう。
ホランドさんは今回できたウスターソースと、今まで公開していなかった塩ダレのレシピを、あらためてレシピ登録して公開することに決めたらしい。
自分たちだけのものにせず、広くこのレシピが伝われば良いと登録することに決めたのだそうだ。
やっぱりレシピの料金は最低額に設定するみたい。
僕の名前も入れたいと言われたけど、それは丁重にお断りした。これはホランドさんが長年培ってきた塩ダレのノウハウがあったからこそ出来上がったものだと思うから。
横から少し口出ししただけで共同開発だなんて言えないよ。
醤油はゼランドさんの商会から定期的に仕入れることにしたらしい。その話をするために昨日商会に行ったら、ヘラヘラした若い男の店員が、僕の紹介なら安く卸すと言ってくれたらしい。
良いのか?3男。ちゃんと利益は出てるのかな?
僕がケチャップを提供して、トンカツソースの原型を作ってみる。
ケチャップの出来を褒められて、遠征で行った街のピザ屋のマルコさんの話をする。
ホランドさんも知っている人だったらしくて、それなら納得だと言っていた。
マルコさんはけっこう王都では有名な人だったみたいだ。
宮廷料理人を辞める時に、王様も引き留めたくらい優秀な人だったのだそうだ。休みの日にはミナミに食べに来ることもあったみたい。
今年最後の日、ミナミは営業を休むので、その時寝かせたソースの味見をすることになり、フェルと一緒に来ることにした。
王都の観光をする前に寄ろうかと思っている。もう夕食に行かなきゃ行けない時間になって、ソース作りは後日続きをやることになった。
後片付けをして、マリナさんも一緒にみんなで夕飯を食べに行くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます