第102話 月灯り
102 月灯り
昨日の夜はケイとささいなことで喧嘩をしてしまった。
ケイは起きてすぐ昨日のことを謝ってくれたが、なんとなくいたたまれなくなって先にギルドに向かうことにした。
だいたいケイがいけないのだ。私はお弁当のおにぎりををいつもこんなに楽しみにしているというのに。これでは楽しみが激減ではないか。
セシルたち赤い風のメンバーとギルド前で待ち合わせて、貸し馬車を借りに行く。
今日は少し王都から離れた場所に行く。
貸し馬車は南門のすぐそばで借りることができる。
私たちがこの間までやっていたホーンラビットの大規模討伐に関連して、今ギルドでは大規模に王都周辺の大型魔物、そしてゴブリンの生息調査が行われている。
それぞれのランクに合わせて、ギルドから直接依頼が出されており、冒険者の間では今人気の依頼だ。国からの援助があるらしい。報酬額は普段の2割増しになっている。
今回の依頼は王都の北部のオークの調査と殲滅だ。
本来ならば私のランクでは受けることができないのだが、赤い風と一緒ということで特別に許可が出ている。
ガンツにケイへの贈り物を注文しているので正直今はお金が欲しい。
セシルが今回誘ってくれたことにはとても感謝している。
「気にすんじゃないよ。今日はリンの護衛にリックを出すからね。アタシらとしてももう1人戦力になる奴が欲しかったところなのさ」
ローザが馬車を借りる手続きをしている間に今日の段取りを確認しているとセシルが私にそう言ってくれた。
北の平原はところどころ腰の高さくらいの草が生えていて、遠くの方には森が見えた。オークはその森に生息していて平原には食料を探しに来るらしい。
食料とは主にホーンラビットのことである。だが、当然その食料には人間も含まれる。
オークは肉食だ。
知能があり、群れが大きくなればなるほど倒すのが困難になる。
集団の中に上位種が増えれば、それに比例してその脅威は増してゆき、キングが生まれるほど大規模な集団になると統率された軍隊に匹敵するほどの戦力になる。
それくらい大きな群れに成長してしまうと犠牲を出さずに討伐するのが難しくなってくる。定期的にオークは間引く必要があった。
普段からギルドが発行する北の平原の依頼はそのオークを間引く目的で出されていた。
リックとリンが茂みの奥に消えていく。付近の調査が目的だ。平原では隠密行動が取りにくい。リンのために護衛にリックをつけるのだ。
残った私たちは合流の場所まで移動する。馬車は安全な場所で待機させておく。
喉が渇いたので水筒から水分を補給する。今日はリンゴの果実水にしてくれたのか。中に氷を入れてくれたのであろう。果実水はまだ冷たくて美味しかった。
お詫びのつもりで入れてくれたのだろうか。昨日は大人気なかったと、少し反省をした。
合流場所でリンたちを待つ。果実水を飲みながら今日のおにぎりのことを考えていた。
今日のおにぎりは大きめのが2個。1個はちゃーはんだとして、もう1個はなんだろうか。ケイのことだから2つともちゃーはんということはあるまい。
昨日は梅干しが入っていたから今日は別のおにぎりか。
朝食は確か塩鮭だったな。だとしたら今日は鮭のおにぎりであろうか。
しばらくしてリンとリックが戻って来た。
いつもより広範囲にオークがうろついているらしい。単独か、多くても2体、平原のいたるところでオークの姿が見られたそうだ。
「ちょっと数が多いね」
リンが書いた簡易の地図を見ながらセシルが言う。ローザは帰ったら提出する報告書のために起きた出来事を帳面に書き込んでいる。
「東雲と蛮勇がこないだ北側のホーンラビットを狩ったって言ってたね。面白いほど狩れるから新人が動けなくなるまで追い込んだらしいじゃないか」
「だったらこの辺りのホーンラビットの数が減ってるってこと?」
最近の冒険者たちの動向をセシルが話すとリンがセシルに尋ねた。
「この辺りまで影響が出てるかはわからない。だが可能性はあるだろうね」
「セシルどうする?」
リックが問いかける。
「大規模な集落ができてるとは考えにくいね。このあたりは黒狼の狩り場だ。オイゲンがその兆候を見落とすはずがない。大方エサが不足してオークの行動範囲が広がっているんじゃないかとアタシは思うね」
セシルがそう言うとローザとリックは頷いた。リンは周辺の警戒をしている。
「難しいことは考えないで、この際個別撃破に徹しよう。見つけたら即討伐。マジックバッグに死体をを詰めてすぐ移動だ。先頭はリック、その後ろにリン。アタシとローザが真ん中。フェルは後方の警戒。連戦になるからその都度役割を交代して行こう。リン。近いところから順番に案内してくれ」
赤い風とはよく言ったものだ。セシルを中心に全員が風のように荒野を走る。
目標を発見次第これを撃破する。
息のあった連携に次々とオークは倒されていく。
「フェル。退屈してるだろう。次、あんたが初手で行きな。リックはフェルと場所を交代だ」
「フェルー次は2体、右側が近いからそっちから行くよ。左はアタシが見とくからそっちは好きにやっちゃって」
前方にオークが見えた。
「ローザ!」
セシルの合図でローザがオークに視界を悪くする魔法をかける。
私は一気に近づいてオークの首元を切り裂く。
「左前方、お願い!」
リンが私に叫ぶ。
左側を見ると目に矢の刺さったオークが見えた。その方向に走り込むともう1本オークの体に矢が刺さる。
痛みにのけぞるオークの膝を狙い剣を振る。倒れるオークの首を返す刀で切り捨てた。
すでに最初のオークの死体はバッグに入れられている。
「いいね。その調子だよフェル、まだまだ行けるよね。これでへばったなんて言ったら許さないよ」
私はセシルに向かって力強く頷く。
これがBランクパーティ赤い風の連携か。
戦場を風のように動き回り、瞬時に目標を撃破していく。
ローザは攻撃魔法も得意だが、派手な魔法を使うことはない。前衛のためにその都度効果的な弱体化の魔法をかけ奇襲をやりやすくしてくれる。
10体を超えたあたりから数は数えていない。昼過ぎには周囲の平原のオークは一掃された。
「18体か。まあまあだね。あんまりやりすぎるとまたオイゲンにどやされちまう。飯を食ったら森の浅いところを調査して今日は終わりにしよう。森の奥はオイゲンが後日やればいいさ」
そう言ってセシルがニヤリと笑う。
かなり広範囲で動き回ったせいかすっかりお腹が空いていた。もう正午を過ぎてからだいぶ時間が経っている。
果実水を飲み、今日のお弁当の中身を想像する。
主菜となる一番美味しい料理はなんだろう。オムレツかな?それとも肉料理か。最近はホランドの店で余ったオーク肉を使うことが多いからな。きっとまた今日も何かしてくるに違いない。
どんなおかずでもいつも美味しいのだが、早くお弁当を開けたくて、つい歩く速度が速くなってしまう。
馬車のところで昼食にする。リックが手早くスープを作り私もそれをもらった。
「今日もお弁当?ウサギが作ったの?いいなー美味しそう。ちょっとちょうだいよ。そのお肉一切れでも良いからさー」
リンがそう言うが絶対に譲る気はなかった。
オークの肉をけちゃっぷで味付けしているのか。そして私の好きなオムレツも入っている。
隙間に入れられた野菜は色合いが良く見た目も良い。
おにぎりの包みを開ければ、これはなんだろう?ナッツだろうか、鮭と一緒にご飯に混ぜ込んである。
一口食べるとその食感の面白さに食欲が抑えきれない。
その大きめに握られたおにぎりを私は一気に食べ尽くしてしまった。
「アンタ本当に美味しそうに食べるね。そんなんだったらケイもさぞ作り甲斐があるだろうさ」
セシルが私が口いっぱいに頬張ったおにぎりをスープでなんとか飲み下そうとする様子を見てそう言った。
リックもこっちを見て苦笑している。
少し恥ずかしいが仕方ない。ケイの作るお弁当はとにかく美味しいのだ。
その後もリンが私のお弁当をねだるが、絶対に渡さなかった。
ちゃーはんのおにぎりは少し外側を炙ってあり、香ばしい香りがする。
そして、けちゃっぷで味付けされた今日のお肉は冷めても美味しくて、あっという間に今日のお弁当も残さず完食した。
「いいなー。ねえ、リックー。今度アタシらにも作ってよ。お弁当」
「自分で作りなよ。4人分のお弁当なんて毎日作ってられないよ。無理だから」
「えーこういうのは人から作ってもらえるから良いんだよー。ねー毎日じゃなくていいからさー。ねーお願いー」
2人の仲のいい姿を見て羨ましく思う。私もケイとあんな風に会話がしたい。
そんなリンとリックの様子を横で見ながら、ケイのことを考えていた。
今頃ケイも賄いを食べている頃だろう。昼の営業はとても忙しいと言っていたが、今日は大丈夫だったろうか。街での仕事を始めてからも早起きして、私と一緒に訓練をして、朝食を作り、さらにお弁当まで用意してくれる。
王都に来る前、私は自分を無力だと感じ、ひどく落ち込んだことがあった。ケイは私を元気づけようとわざと明るく、この先王都に着いてからのことを私に話して聞かせた。
「装備が揃ってお金が貯まったら、僕は調理道具とか、いろんな食材を買うんだ。そして毎日フェルにお弁当を作ってあげたい。美味しそうに食べてるところを想像しながら毎日作るんだ。食事の支度とか面倒だなって思ったことなんて一度もないよ。本当に好きでやってるんだから」
私はケイのその言葉に甘えてしまっていた。
朝、走り込みをしながらケイは何か考え事をしているようだった。それが今日のお弁当に入れる料理に頭を悩ませていたのだとしたら。
私は今朝のケイに対する態度を反省した。どちらが子供だったのか。答えは明白だ。昨晩私が真剣に怒っていても、それでもケイは明るく笑っていた。
ケイは……いつも私に優しい。
食後に森を見て回ったあと、馬車に戻り王都に戻る。
今朝私が目を覚ました時。
気づくとケイに私は抱きしめられていた。
なんだか安心する。
あの時変に意地を張らず、心の赴くまま優しく抱きしめ返せばよかった。
私が目を覚ましたことに気づいた瞬間、素早く手を離してケイは私から遠ざかってしまう。
微かに胸に残る喪失感。
そんなに気にすることはないのに。
初めて私がキスをしたあの夜のことをケイはずっと気にしているようだ。
私はいつ襲われても良いと思っているのに。
肋骨がきしむくらいに、抱きしめられてみたいと思う。
身も心も捧げてしまいたい。行き場所のない、どうしようもないその気持ち。
言葉になれないその感情は、どうしたら伝えることができるのだろう。
私を…………
「フェルー?なんか顔が赤いよーどうしたの?」
「な、なんでもないぞ。私は大丈夫だ。少し、その、考え事をしていたのだ。明日のこととか色々な」
「どうせ、ウサギのことでも考えてたんでしょ。なんか楽しそうだもの」
リンが見透かしたように私に言う。
その通りだからなにも言い返せない。
明日も赤い風と共にオークの生息地域を回ることになっている。
仕事が終わり、ギルドで簡易のシャワーを浴びてケイの働くミナミへ急ぐ。
王都はもう冬だ。日が暮れるのが早い。
吐く息が白い。
今夜の月は明るく輝いて王都の街を静かに照らしている。
月灯りの下、ケイに会いに店に向かう。
店に入るといつもと変わらぬ笑顔でケイは私に言うのだ。
「おかえり。フェル」
いつもわがままを言うどうしようもない私を、彼はいつも優しく受け止めてくれる。
「ただいま」
精一杯の笑顔を作って、彼にそう答えた。
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