第42話 パジャマ  ⭐︎

 42 パジャマ      


 可愛らしいパジャマを着て、鏡に映る自分の姿みると、なんだか気分が高揚してくる。


「フェルちゃん。これからいつでも遊びに来ていいからね。お店が休みでも私の自宅にいらっしゃい。主人の店の人に言えば案内してくれるから」


 私はもじもじしながらエリママにお願いをする。


「あの、その。エリ、ママ。一つお願いしたいことがあるのだが……」


「なあにフェルちゃん。わたしにできることかしら?話してみて?」


「その……刺繍を……始めようと思ってるのだ……私は……子供の頃から剣しか振ってこなくて……裁縫は基本的な生地の縫い方くらいしか知らないのだ。母は刺繍がとても上手だったんだが、私はそれを教えてもらってなくて……私にできるのはせいぜいお茶を淹れるくらいで……」


 エリママは腕を組み頷いている。


「……ケイに何か私の手作りのものを贈りたいのだ。いつかは母のように洋服も作れるようになりたいが、それはいずれできるようにがんばることにして。まずは簡単なものから始めたいのだ。ケイには私の命を助けてもらって、さらに王都に来る旅費も全部出してもらって。何も持っていない私にいろいろなものを与えてくれて……」


 エリママは静かに、けれど優しい表情で私の話を聞いてくれていた。


「……ケイはあまりお金がかかる贈り物は好まないから……その……何か私の想いがこもったものを贈りたくて……私、は……剣以外……何もできないから……、どうして良いかわからないのだ……。もしエリママが良ければ私に刺繍や裁縫を私に教えてくれないだろうか?剣ばかり振っていて、あの時母に習えなかったことを私に教えて欲しいのだ」


 エリママは顔を輝かせて、喜んだ。


「まぁ、フェルちゃん、そんなことでいいならぜひ協力させてちょうだい。うれしいわー。自分の子にお裁縫教えるの夢だったの。でも今だと刺繍より編み物がいいわ。首に巻くマフラーっていうものがあるの。簡単だし、これから寒くなるからちょうどいいわ。まずは自分のものを作って練習するの。1個作っちゃえばもう編み方には慣れてくるから、そしたら似たような柄でケイくんのを作りなさい。きっと上手く作れるわー。そしてお揃いでそれを首に巻くの。お揃いっていいわよー。なんだが心がつながっているような気分になれるの。きっとケイくんも喜んでくれるわ」


 そう言ってエリママは私の頭を優しく撫でた。


「私は料理とか何にもできなかったけど、裁縫だけはずっとやっててね。家の外にはなかなか出してもらえなかったから、毎日そればかりやってたの。主人にも最初はハンカチをあげたのよー。喜んでくれたから次はもっと良いものを作ります。とか言って、それを渡すのをまた会う口実にしたりしてー。主人がお返しにアクセサリーとか持ってきたら、お返しのお返し、とか言ってまた贈り物してデートするようになって……」


 エリママはニッコリとした可愛らしい笑顔で私の目を見て言う。


「フェルちゃん。編み物の道具や材料は私が選んであげるわ。古いけど私が使ってた教本もあなたにあげる。最初は難しいと思うから、今度あなたが休みの日にお店に来て。店は息子たちに任せればいいから店の裏でゆっくり教えてあげる。上手に作る必要はないわ。気持ちがこもっていればどんなものでも素敵な贈り物になるから。王都ではあなたの親代わりなのだから、安心してエリママに任しておきなさい」


 私はエリママに何度もお礼を言った。

 その度にエリママは気にしないでと笑った。


 そのあとワンピースに着替えた。下着はシンプルなものを着けた。

 エリママは私の着ていたものを紙袋に綺麗に折りたたんで入れてくれた。


 それからエリママに冒険者用の丈夫な服を1着選んでもらってケイと合流する。

 エリママは冒険者用の服を見て少し納得のいかない顔をしたが、選んでくれたものはとても可愛くて、私によく似合っていた。


 ケイと合流したら3男がいた。ケイはもう服を選び終わってしまったらしい。着替えたケイの服を見たかったから少し残念だ。私も一緒に選びたかったな。

 少しだけさみしい気持ちになった。


 そのあと4人で布団を選んだ。

ケイは寝袋の方がいいんじゃないかと主張したが、私はゆずらなかった。

 私の気持ちを察したエリママが援護してくれて、上質なものではなかったが、ダブルベッド用の大きめな布団一式と、エリママが選んだお揃いの枕を買う。


 一つ上の階に行き、エリママに編み物の道具を見繕ってもらった。そしてエリママは私に自分が使っていたという古い編み物の本をくれた。

 図解入りでわかりやすそうだ。


 店で買ったワンピースとその上に外套を羽織りゼランド氏の商会でさらに買い物を続けた。

 チラチラとケイが私の姿を見ている。


 気分は悪くない。


 マグカップは悩んだけど、黒いネコが描かれたかわいいものを買ってもらった。

 絵柄の違う2つのカップを向き合わせればネコが2匹向かい合うようになっていて、他のマグカップを見ていても、やっぱり最後にはこのカップに目が入ってしまう。

 

 ケイは悩んでいる私にそのマグカップにしようと言って、少し高かったけどそれを買ってくれた。


 夜の食事はいつも以上に美味しかった。

 牛乳で煮込んだクリームシチューというものらしい。

 ケイは何か不満そうだったが、クリームシチューは優しい味がして、私は美味しくいただいた。


 テントの中でパジャマに着替える。

 ケイと一緒に着替えるのは恥ずかしかったが、エリママの助言に従い、できるだけ平静をよそおう。

 同じく着替えたケイが私の姿を見てポーッと見惚れている。


 さすがエリママ。確かにパジャマは女の服の中で一番大事な服だ。


 ケイが布団を敷き終わり、私はブラジャーを外していなかったことに気づいた。

 ケイにもう一度後ろを向かせるのも悪い気がしたので、服の中で外してパジャマの下から抜いた。

 なんだかケイが動揺している。


 ケイが先に布団に入ったので灯りを消して布団に入る。今日は楽しかったな。だけどケイにいっぱいお金を使わせてしまった。


 ケイは私に背を向けて寝ている。

 

 ケイにお礼を言いたい。2人で初めておにぎりを作ったこと。買い物をして、素敵な服を買ってくれたこと。私がどうしても目を離さなかったので、高価なマグカップに決めてくれたこと。


 私はケイを後ろから抱きしめた。

 ケイに今日のことを感謝していると伝えて、私は口を閉ざす。


 今日で装備の目処がついたから今度は住むところの話になるだろう。

 私は別々に住むくらいならこのままテント生活でも良いと思っていた。


 2人で住む部屋を探したいと言ったら嫌われたりしないだろうか?

 はしたない女だと思われるのだろうか?


 私の方にケイは体をひねり、正面から向き合う形になる。

 顔を赤くして何か言いたげなケイのその姿が、あのサンダルを買って帰ってきた様子に似ていて、可愛くて、愛しくて。

 思わずケイに軽くキスしてしまう。


 とたんにケイが私を強く抱きしめる。背中に回したケイの手が私の背中を撫でる。

 背中に回した手がだんだんと激しく動き、そしてケイの手が私の胸をまさぐる。

 少し痛いが、ケイになら触らせてあげても良い。決して嫌な気分ではない。

 私も少し押し付けるように自分の胸をケイに差し出してしまう。

 どうしよう。こんな気持ち初めてだ。


 頭の中が痺れるような、でも気分は悪くなくて。


 ケイの左手が私のパジャマの下をまさぐって私の体を直に触ろうとする。

 どうしよう。少し怖い。このままケイに犯されてしまうのだろうか?

 暖かい手が私の背中を触り、思わず体がビクッと動いてしまう。


 そこでケイが素早く私のパジャマの中から手を引いて、私と距離を取った。


 その後、この真面目な青年は、私のことを大切に想っていると、たどたどしい言葉で必死に説明し、もうこんな乱暴なことはしないと誓った。

 少し残念な気持ちにはなったが、ケイの私を想う気持ちが嬉しくもあった。


 ケイは私に頼りきりだというが、実際はその真逆だ。ケイがいなければあんな数のホーンラビットを討伐できなかった。


 その後ケイは私を優しく抱きしめて、ぽつりぽつりと、自分のやりたいことや、これからのことを話し始めた。ケイは街で仕事を探してみたいという。私もそのケイのやりたいことを全力で応援しよう。ケイのシャツを握りしめながらそう強く思った。


 そのあとケイは話しながら眠ってしまった。

 今夜のケイは少し怖かったけど、迫られて悪い気はしなかった。


 さすがエリママ、すごい破壊力であった。


 こんな色気のない私でもでもケイはあんなに欲情してくれた。

 これからもなんでもエリママに相談しよう。

 そしてたまにはケイを少し挑発して、いじめてやろう。顔を赤くして動揺するこの青年の姿はなんだか可愛いのだもの。

 私は眠ってしまったケイの頭を優しく撫でながら、これからのケイとの生活のことを思った。


 次の日目覚めて、ケイは隅の方でさっさと着替えて外に出た。下履きこそ脱がないが、チラッと見えるケイの上半身はしなやかで、その様子をこっそり見るのがこれから私の密かな楽しみになる。


 私も着替えて支度する。


 これからも2人でいるのだ。この先もずっと一緒に。

















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