第13話 節約

 13 節約


 日が暮れる前に街に着いた。

 街に入る前に門番に身分証を見せる必要があるそうだ。


 村長からもらった僕の身分証を先に渡して、フェルも同じ村から来たけれど、身分証を無くしてしまったことを伝える。

 なんとかならないかお願いしてみたけど、街に入るためには銀貨1枚払えと言われてしまった。

 高すぎると抗議したら、嫌なら街に入るなと言われてしまう。

 乗り合い馬車の予約の時は大丈夫だったのにな。

 仕方がないのでお金を払って街に入った。


 馬車で一緒だった冒険者を見つけて、安い宿を教えてもらう。

 さっきの門での出来事を話すと、冒険者は首を傾げる。


「確かによそより高いが、それでも1人大銅貨1枚だったはずだ」

 

 そう言って、ちょっと待ってろと言い残し、冒険者は詰め所に向かっていった。

 

「ちょっと胸ぐら掴んで詰めてやったら、うっかり2人分とってしまった、だってよ」

 

 戻ってきた冒険者が大銅貨1枚を僕に渡してくる。お礼を言ったら頭を撫でられた。


「気をつけろよ。世の中いい奴ばかりじゃねえんだ。騙されないようにしっかりやるんだぜ」


 冒険者と別れて、教えてもらったオススメの宿に行く。料金はひとり部屋で銅貨70枚、食事付きで80枚だった。

 どうしようかな、夜は自分で作ったほうが節約できるかな。


 僕が悩んでいると、宿の主人はお金があまりないと思ったのか、広めの部屋が空いてるから、そこに2人で泊まれば食事付きで銀貨1枚で良いと言ってくる。

 どうやらお金のない冒険者はそうやって宿代を節約するらしい。


 チラリとフェルの方を見る。

 フェルの表情はいたって普通だ。


「ケイ、私はべつに構わないぞ。騎士団で大きな天幕に雑魚寝したこともある。一緒の部屋でも大丈夫だ」


 フェルがそう言うので銀貨1枚を支払い、部屋をおさえた。本当にいいのかな。


 王都行きの馬車にはどうやって乗ったらいいか聞くと、門の近くの広場から10時に出発する馬車があって、8時過ぎには予約が始まるらしい。

 けっこうすぐ埋まってしまうから、早めに門に行ったほうがいいと教えてもらった。

 お湯は無料でいいらしい、必要な時に声をかけてくれと言って主人は奥に引っ込んで行った。


 同じ部屋でフェルは平気だって言うけど、僕が平気じゃないんだけどな。


 ドキドキしながら2人で部屋に入る。

 なんか遠い昔にこんな経験をしたような気がする。


 フェルは全く気にしている様子はなくて、部屋に置いてあるお茶を見つけて隣にある魔道具でお湯を沸かし始めた。


 とりあえずお金の計算をしなくちゃ。

 靴を脱いでベッドの上に座り、お金の入った袋から全財産を出して数えてみる。


 銀貨は17枚、あとは大銅貨1枚と銅貨が36枚。

 乗り合い馬車の料金が2人で銀貨12枚だから、残り5万8千600円か。

 王都の入場税を考えて1万円を残したとして、旅に使えるお金は5万円弱。


 この街って物価が高いって言ってたしな。

 パンだけはしょうがないから買うことにして、あとは値段次第かな。前の町でリンゴを大量に買っておいて良かった。

 安売りしていたリンゴは30個も買っていた。


「フェル。王都までは節約しながら行けばなんとかなると思う。だけど王都に着いたらお金を使い切っちゃうと思うんだ。冒険者登録して日銭を稼いで、それでもしばらく野宿になっちゃうかもしれないけどいい?」


 フェルがお茶を入れてくれたので、皮の袋にお金をしまってベッドに腰掛けた。

 紅茶だ。しかもけっこう美味しい。

 この世界に生まれてから初めて飲んだかも。


「フェルってお茶淹れるのうまいんだね」


「母にお茶の淹れ方だけはきびしく仕込まれたからな。裁縫も淑女としての礼儀作法も何一つ満足に身につけられなかった。私はずっと剣ばかり振っていたからな。せめてお茶だけでもうまく淹れられるようになりなさいと、そう言われて練習させられたのだ。騎士団でもお茶を入れなければならない機会もあると聞いたしな」


 なるほどね。やっぱりいいとこのお嬢さんだったのかな?たぶん貴族だよね。

 あんまり貴族っていいイメージないんだよな。できれば一生関わらないで生きていきたい。


「さっき言った野宿の話は、私は全く構わないぞ。今回王都に行くのに使ったお金は働いてあとでしっかり返すつもりだ。私は剣しか取り柄がないので、冒険者としてやっていく道しかなさそうだが、依頼を受けて稼いだ金は全部ケイに渡すから、ケイだけ宿に泊まってもいい。なんなら王都に着くまで私は野宿でも構わないぞ」


「いや、さすがにそれはまずいでしょ。そんなことさせられないよ。僕だけ宿に泊まるなんてありえないから。せめて2人部屋にしよう」


 こうしていつの間にか節約のため、フェルと2人部屋が確定してしまった。


 フェルが椅子に腰掛けて、お茶を一口飲む。そのままじっとお茶の入ったティーカップに視線を落として何か考えごとをしているようだった。

 

 そしてしばらく時間をおいて、フェルが静かに話し始めた。


「私は……今回のことで、自分がいかに無力だったのか思い知らされた。宿の手配から馬車の予約。道中の食事、何から何までケイにはお世話になりっぱなしだ。きっと私一人だけだったらすぐに行き詰まってしまっていただろう」


 話しながらもずっとフェルは、ティーカップを見つめていた。


「子供の頃から修練を積み、念願叶って騎士団に配属されたというのに、騎士団は腐り切っていて、私はそこで何もできなかった。その騎士団から逃げ出し、国を出て新しいことを始めようとしているのに……私は実際、何の役にも立っていない」


 フェルが深くため息をつく。

 

「この先王都に着いても実際、何をしていいかもわからないのだ。自分がやりたいことすらわからん。ゼン殿に頼まれた、ケイのことを守ると言う任務を成し遂げたいが、これでは逆に私が守られているようではないか。これ以上ケイの世話になり続ければ、私はもうどうしていいかわからなくなる」


 フェルの目から涙がひとすじ流れ落ちた。


「気にしなくていいよ。王都に着いたらさ、2人でがんばってやりたいことを見つけよう。きっと何か見つかるよ。もちろんフェルが嫌なら王都に着いてから別々に暮らしたって構わない。でもたぶん1人より2人の方がいろいろ協力し合えると思うんだ。2人一緒なら多少苦労したとしてもきっと毎日楽しいはずだよ。だから野宿するしかないときは、2人で野宿する。その代わり楽しいことも2人一緒に楽しんで、笑って生きていこう。まずはテントを買ってそこで寝るのもいいかもね。そうやって頑張ってお金を貯めて、そのうち家を借りよう。でもフェルが冒険者としてずっとやっていくなら、まずはフェルの装備を揃えるところからかな」


 王都でやりたいことなんて僕にもわからない。なんとなく料理人になれたらいいなと思っているけど、伝手も、王都に知り合いもいない。手探りでやっていくしかないんだ。


「装備が揃ってお金が貯まったら、僕は調理道具とか、いろんな食材を買うんだ。そして毎日フェルにお弁当を作ってあげたい。フェルが美味しそうにご飯を食べてるとこ見るのけっこう好きなんだ。美味しそうに食べてるところを想像しながら毎日作るんだ。食事の支度とか面倒だなって思ったことなんて一度もないよ。本当に好きでやってるんだから」


 なんだか途中からフェルにしてあげたいことの話になってしまった。

 フェルはそう言う僕を静かに見つめている。本当に綺麗だな。

 急に恥ずかしくなって慌てて目を逸らした。


「とにかく王都を目指そう。後のことは王都に着いてから。王都に着いて最初の目標は、寝る場所の確保とフェルの装備を手に入れること。さあご飯食べに行こう」


 強引に話を終わらせて、夕食を食べに食堂に向かった。

 何か気の利いたことでも言えれば良かったのに。カッコ悪いな僕は。


 宿の食事はまあまあって感じ、食べ終わってから、先にフェルには部屋に戻って体を拭いてもらうことにした。


 20分くらい食堂のテーブルでお茶を飲んでぼんやりしていた。

 宿の主人がこちらをチラチラと見てくる。その視線に耐えられなくなって部屋に戻った。


 ドアをノックするとフェルが返事をする。

 どうやらもう入っていいようだ。


 入るとフェルは最初に着ていた鎧下を着ていた。あの時破れていたところはきれいに繕ってあった。

 身体に張り付いた薄手の衣装はフェルの体の線が丸わかりだ。


 僕がその姿に見惚れていると、あまりジロジロ見るなと怒られてしまう。


 僕の分のお湯で上半身だけ拭いて、動きやすい服に着替える。下着までは替えられなかった。


 椅子に座って水を飲んだ。フェルは先にベッドに入っている。


 明かりを消して忍び込むようにして布団に入る。ベッドは多少広いとはいえ、ちょっとフェルの身体に触れてしまう。


その日はなかなか寝付けなかった。















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 今後ともフェルのこと、よろしくお願いします。

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