明日菜 ②


私は例の空色の蛍光ペンに、小さくマークされたクロックスをはいて、私はベンチから、立ち上がった。


クロックスを持ってきてくれた、犬は、尻尾をぶんぶん振って、戻っていく。


自由だなあ?


なんとなくそう思う。


あの犬の飼い主が、きっと、


ーホタル傘の人。


私は、ぼんやりと、そう思う、


足は小石なんかで痛かったけど、地球温暖化と言われてるけど、


ーまだ火傷は、しない時期だ。


南九州の片田舎の日差しは、たしかに陽射しで、陽光で、ただ、うん、


ー陽光、なんだよ?


私はクロックスを履いた足をみる。痛みは、だいぶマシになってる。


安もののクロックス。


でも、新品だとわかる。よっぽど急いでたんだろう。


あの犬のビニールには、レシートがあった。


ただ一品だけを買って、くれている。


「ほんとうに、へんな人」


名前は、知ってる。あの日、真冬の屋上で、柴原さんからきいた、


知ってるけど、


「だからって、なに?」


ただ、傘やクロックスなんかで、私を助けてくれる、


ーストーカー。


では、ないと思う。


ーいま、振り返れば、顔がわかるのかな?


ふと、そう思うけど、


ーやめなよ?明日菜。


って声に、また前をむいたら、背後から、


「ラッシー、だめだよ?お前は、絶対に忘れるし、他のやつに食べられるから」


ー気持ちは、わかるけどさ?


宝物なら、土にうめたいよな?


いま食べずに、もっと腹減って食べたいよな?


だから、土をもう一度かけたいよな?


ーけど、ラッシー?


「お前は、絶対に、忘れるぞ?」


って、たぶん、心の声まで、なぜか声に出してる、


ー彼、がいた。


私の心臓が、意味なく、ドクン、と大きくはねた。


はじめて、きいた。


名前だけしか、知らなかった、彼の。


ー村上春馬くんの、声、を、いま、きいた。


自然と私は、足をとめて、振り返っていた。


でも木が邪魔して、よく見えない。


どうやら、彼の犬がおやつのジャーキーを、木の根元に穴を掘ってうめたいらしい。


そして、


「だから、絶対、ラッシー、おまえは、わすれるぞ?」


犬って、たまに忘れてるよね?


たしかに。私は、そう頷きながら、また前を、向こうとしたら、


「だって、絶対に、俺が忘れるぞ⁈」


「くーん」


「だから、俺を頼るな!」


「わふっ!」


「…わかられても、なんか、いやだな?」


まあ、いいや。ご苦労様、ラッシー、


って、声に思わず笑みがこぼれた。


ー絶対に、わすれないくせに。


ずるいよ?


ー絶対に、忘れないくせに。


ほんとうに、ずるいなあ。


ー村上春馬くん。


あの冬の屋上で、私を見つけたのに、


ー直接は、助けて、くれなかった人。


あとから、柴原さんから、話をきかなければ、私は、名前も知らなかった、


存在も知らなかった。


ただ、優しい人。


ーあいつは、変わってるからね。明日菜のことも、知らなかったかも。


柴原さんは、そう言っていた。


私を知らない?


最初は不思議で、そのあと、傘なんかが無くなると、私の靴箱にさりげなく、入れられるホタル傘に、気がついた。


空色の蛍光ぺんで、印がしてる傘を、柴原さんがそう名づけた。


雨の翌日にね?ホタルって、よく大群でみれるんだよ?だから、雨降りの翌日に帰るなら、ホタル傘だね?


ー蛍光ペンだし?


そう柴原さんは、笑ったけど、


「…ホタルなら、黄緑じゃないの?」


私はそう思っだけど、柴原さんは笑った。


「いまね?LEDライトって、あおい人工の光ができてるんだよ?もしかしたら今度、ノーベル賞をとるかもしれない光でね、昔は、みんな青い光を研究して、無理だったんだよ?そこに日本人か発明したんだよ?あきらめずに、あおい人工の灯りができたんだよ?すごくない?」


すごいけど、それが、いまの話と、どう繋がるのかわからなかったら、


「水銀灯から蛍光灯まで、たくさんの人工のあかりがあってさ、いまはLEDもある。どんどん便利に、なっていくよね?」


…水銀灯から、そもそも、私はわからなかったけど、とりあえずうなずいたら、


「なら、いまの蛍光灯はさ?とても貴重な灯りなんだよ?時代は、物凄いハイスピードで、流れていくんだよ?だったらさ、いま、ある蛍光灯が、もう珍しいに、なるかもしれないよ?」


この何気ない学校のワンシーンですら、10年後には、変わってるかもだよ?


もしかしたら、もう黒板はプロジェクターで、子供達は、家でオンラインで、授業かもだよ?


まさか?まだ10年だよ?


そういう話をしていて、


ーLEDは、まだ高いなあ、ってお父さんがぼやいたなあ?


2012を生きる私には、2014に日本人がノーベル賞を取るとは、思ってなくて、


ーラッシーから、ジャーキーを取り返した彼の気配を感じて、慌てて、かけだした。


よくわからないけど、はしりだした。


私の家も、教室も、まだまだ蛍光灯が多いけど、柴原さんがいうように、LEDの世界になっていたとしたら、


ーホタルって、どんないろなのかな?


走りながらチラッとみたら、


ー今度は、箱をのぞきこんでる。


変な人。


そう思って、はじめてきいた声は、優しい響きをいつまでも耳にのこしていた。


ー絶対に、忘れないくせに。


かならず入ってる蛍光ペンの空色まーく。


私は気づいたらクスクス笑っていた。


「うそつき」


そうつぶやいたんだ。



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