第12話 バック・ハグ!

 そろそろお店を出ようかなという雰囲気になり、今はマユさんがお手洗い離席をしているところだった。

 またしても、テーブルの上のスマホが“ブルルッ”と音を鳴らして震える。

 しつこいなぁと思いつつ自分のスマホを見てみるが、何も通知が出ていない。

 どうやら、鳴ったのはマユさんが置いていったスマホのようだ。


「なんだ、マユさんのほうか」


 なんとなく無意識で目がいき、思わず通知を見てしまう。


 通知は、メッセージのようだ。

 相手の名前は……ブルームーンP?


 ……うん?


 ブルームーンP?


 えっ、どゆこと?


 あの、ブルームーンP?


 いやいや、そんなわけ……


「よーっし、映画でも行く?」

「わわっ!」


 急に後ろから声をかけられてしまい、思わず大げさに驚いてしまった。

 マユさんが眉間にしわを寄せて、あからさまに訝しんでくる。


「な、何でもないです。映画ですか?」

「うん、そう。今週上映のやつがあって──」


 嬉しそうに話しながらスマホを手に取り、そして会話が止まる。

 通知を見たのだろう。

 マユさんは、とても真面目な表情をしていた。

 そういえば仕事の時も、これくらい真面目な顔だったなぁと思い出す。


「どうしたんですか?」


 ブルームーンPについては聞けない。

 盗み見したみたいで後ろめたいというのもあるし、もしブルームーンPが本物だとしても、触れていい事なのか分からなかったからだ。


「うん、ちょっと野暮用……かな。まいったな」

「あぁ、私のことは気にしないでください」

「いや、でもさ。スーツとか乾くの夕方だろうし……」

「私、夕方まで時間つぶしてるんで、大丈夫ですよ?」

「だって、今から夕方までだよ?」

「ひとりでブラブラするのとか好きなんで、大丈夫ですよ。子供じゃないんだから」


 思わず笑ってしまう。

 私を一人にすることに、なんとなく気が咎めているのだろう。


「うん……ごめんね?」

「いえいえー」


 むしろその優しさが嬉しくて、にへら〜とだらしない笑みがこぼれてしまう。

 マユさんは申し訳なさそうに何度も頭を下げると、伝票を持って一階へと小走りで降りていった。


「あ、私も払います!」


 そう声を上げながら慌てて追いかけるも、マユさんは既にレジで支払いを始めていた。


「いいから、いいから」


 マユさんは、やはり申し訳なさそうにしながら、そのまま支払いを済ませてしまう。

 なんだか、こちらこそ申し訳ないのに。

 私はずっと、お世話になりっぱなしだ。


「じゃあ〜夕方、終わったら連絡するから」

「はーい、待ってまーす」


 わざと可愛らしく言ってみる。

 なんというか……まるで付き合いたてみたいな、そんな気分になっていた。

 いや、もちろん付き合ってるわけでもなく、出会って三日目の仲なんだけど。

 そもそも女同士で、会社の先輩だし。


「じゃあ、またでーす」

「うん、また夕方ね。ほんと、ごめん」

「大丈夫ですって」


 軽く手をふり、とりあえずその辺の店でも見てみるかぁと、キョロキョロしてみた。

 可愛らしい雑貨屋や、少し高そうなセレクトショップがあり、時間を潰すには苦労しなさそうだ。

 お気に入りのライカさんの曲を聞きながら見て回れば、夕方なんてあっという間だろう。

 さぁて、どこに行こうかと考え始めると……


「だぁー、もうっ」


 耳元で叫ぶようにしながら、後ろから抱きしめられた。


「わっ、びっくりした」


 と言いつつも、既にキスもされ、裸も見られているしで、悲鳴を上げるほど驚きはしない。


「どしたんですか?」

「んー、やっぱ、今日はこっちにするわ」

「こっち?」

「あっちの用事は断るよ。今日は、ユリちゃんといる」

「えぇー、いいんですか? 大事な用なんじゃ?」

「私はいつだって、自分にとっていちばん大事なモノを優先してるの」


 ドキッとした。

 超・イケメンなことを言う。

 一度でもいいから、彼氏から聞いてみたいセリフだ。

 いや、でも……なんだろう。

 マユさんでも嬉しい自分がいた。


「すんごい、にへらぁ〜って笑うわね。あんた」

「私、そんなだらしなく笑ってますか?」

「うん、分かりやすいくらい」


 そこでマユさんが、クスクスと吹き出す。


「だって、嬉しいし」


 私も自然と、笑顔でそう応えていた。

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