バンゾクエスト~最強蛮族戦士と没落少女の蛮族譚~

天野ハザマ

ゴブリンは逆鱗に触れた。だから死ぬ

 とある森の中に、ゴブリンの集落が出来上がっていた。人型モンスターの中では弱い部類でありながら、その繁殖力から恐るべき脅威にもなりうる者たちであるが……この集落の総数は、およそ300。大集落に分類されるこの場所は、街の近くであれば間違いなく総力戦をもって挑むべき事件となるだろう。

 恐れるべきものなど何もないとばかりに下品なゴブリンの笑い声が響く。彼らのうち、高位にあると思われる者たちは明らかに彼らの技術力では制作不能な鉄の装備などを纏っており……おそらくは不幸な人間の犠牲者があったのだろうと推測できた。

 このまま彼らの跳梁を許せば回避不能な悲劇、すなわちゴブリンによる人里への侵攻「ゴブリンハザード」が起こる未来すら予測できたし、そうなる可能性は非常に高かっただろう。此処は、そうなりやすい……文明の恩恵からは少しばかり離れた場所だった。

 しかし、しかしだ。この場所でゴブリン達が繁殖したのは悲劇だった。人間ではなく、ゴブリン達にとって。


「ゴブ⁉」

「ゴブブ⁉」


 突如響いた太鼓の音。原始的にして力強く、心を揺さぶるようなその響き。ゴブリンたちの文化には存在しないその音に、ゴブリン達は慌てたように武器を構え……やがて、森の中から何者かが飛び出してくる。

 ゴブリン達の一部が着ている人間の鎧とも違う独特のデザインの装備を纏う、筋骨隆々の男女混合の群れ。年代こそ様々ではあるが、どの瞳にも燃え盛る炎のような闘志が見える。そして黒髪黒目という特徴もまた、同じ。

 そのうちの1人……先頭に立つまだ幼さの残る少年が、手に持つ剣を掲げ叫ぶ。


「蛮神グラウグラスの名にかけて……俺達ベルギアの戦士が、貴様らを皆殺す!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「蛮神グラウグラスの名にかけて!」


 少年の宣誓に応えるように男たちが、女たちが……ベルギアの戦士たちが叫ぶ。

 そう、彼らは蛮神グラウグラスを信仰する「蛮族」の戦士たち。人族ともエルフ族ともドワーフ族とも獣人族とも違う彼らは、生まれながらにして戦士であり戦いに誇りを持っている。それ故に……戦いを穢す者は絶対に許さない。特に、戦えぬ者を我先に喜んで嬲るゴブリンのような存在はだ。

 そう、今も矢を射かけようとしたゴブリンの額を少年の投げたナイフが貫いた。


「覚悟しろ。穢れた戦いの代償は……名誉無き死であると教えてやる」


 そう、ゴブリン達は彼らの逆鱗に触れた。蛮族の中の「ベルギア氏族」と取引していた商人の一団を襲い、その人間としての尊厳を徹底的に穢した。そして商人たちが来ないことを不審に思い捜索したベルギア氏族に、それがバレたのだ。ゴブリンたちに、そんな事が分かるはずもない。ないが……それが、今までゴブリンに興味すら抱いていなかったベルギア氏族に、僅か1時間もたたぬうちに集落の位置を突き止められるきっかけとなった。故に、ゴブリン達の運命は。


「いくぞ、ベルギアの戦士たちよ! 俺に続けええええええ!」


 ベルギア刀と呼ばれる曲刀を構えた少年に続き、ベルギアの戦士たちが駆ける。その戦法は単純。


「ぬあああああああ!」

「ギョブッ⁉」


 ゴブリンの持つ粗末な武器ごと、少年のベルギア刀がゴブリンを一刀両断する。続く斬撃もまた、同じ。他の戦士たちも同様……そう、ベルギアの戦士の戦い方は常に一撃必殺。剣戟などというものが発生するのはその身の未熟故。その身が蛮神グラウグラスに遠く及ばぬ以上仕方のない事ではあるが、いつか伝説に謡われるその至高の一撃に近づくために戦士たちは常に鍛錬を続けている。

 そう、だからこそ。ゴブリンたちが敵うはずもない。向かうゴブリンも逃げるゴブリンも等しく両断され、おそらくはゴブリンの上位種であるのだろう個体も抵抗すら許されぬままに切り裂かれる。

 いや、むしろ。「武装しているのに」逃げるゴブリンが居る事実がベルギアの戦士たちを苛立たせる。もはやその怒りは限界を超えバーサークといっても良いレベルにまで達している。そう、だからこそ。


「ゴブアアアアアアアアアアアア!」

「貴様が長かああああああああああああああ!」


 立派な装備を纏うゴブリンキングと思わしき個体が、その巨体を駆け上り跳んだ少年の一撃で首を飛ばされる。


「敵の長は、このジャスリードが討ち取ったああああああ!」


 敵の首を晒すような真似はしない。敵の死体はそれ以上弄ばれるものではないからだ。しかし、そのあまりにもシンプルにして衝撃的な結末はゴブリン達の士気を一気に崩壊させ……それから僅かの時間もたたないうちに、ゴブリンの集落は壊滅する。

 それは彼らベルギアの戦士たちにとっては、なんという事もない闘争の1つであり……そして、1つの転機の訪れでもあった。

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