又無(またない)くんの時止め計画「前編」
これまで16年間生きてて、初めての経験だった……金縛りにあった。
普通こういうのって眠っている時にかかるものじゃないの? と思うけど……まさか休み時間中に急にくるとは思わなかった……びっくりである。
周りのクラスメイトに助けを求めたいけど動けない。喋れない。だって金縛り中だから。
助けを求めることはできないけど、動かないわたしに異変を感じて、肩を揺さぶってくれるのを待ってるしか――あれ?
周りも動いていない。
もしかしてみんなも金縛りに?
ただ、そうなると金縛りではなさそうだけど……まるで時が止まったみたいだった……ん? んん? ――止まってる。時計が動いていない……。
え、待ってっ、時間が本当に止まってる!?
「…………」
時が止まっているのにそれが分かるわたしは、きっと正しい状態ではないのだろう……。
その数秒後、肩の荷が下りたように一気に体が軽くなり、机に突っ伏した。勢いがついて、大きくガンッ、と額を打ち付けてしまった……注目を浴びてしまう。
隣の席の子に「だいじょうぶ?」なんて心配されて……、恥ずかしくて彼女の顔を見れなかった。「あはは、だいじょぶ……」と返した記憶はあるけど……夢じゃないといいけれど。
今のは一体なんだったんだろうと大きな疑問が残るけど、確かめる術もない。今の異変に気づいているなら、周りのみんなは話題に出すだろうし……でも、ない。
誰も、今の時が止まった状態に気づいていなかった。
隠している? ……時を止めた犯人は黙っているかもしれないけど、もしも今の時止めを観測している人なら、やっぱり近くの子に確かめるはずなのだ。
……はず、と言っているけど、わたしはこうして黙ってしまっている。みんなそうだったら……分かっていながら誰も確認していないことになるから……ここはわたしが動くべきかな。
「ねえ、今の、さ――」
「今の? どうかしたの?」
隣の子に聞いてみたけど、この反応は知らないみたいだ。知った上で隠しているような表情ではないから……観測していないのだ。
同じように全員に確認するわけにもいかないし……、じゃあ前に出て挙手を求めてみる? わたしの頭を疑われそうだ……。
もしかして夢だったのかも? きっとそうだ……そうだよ……時が止まるなんて、そんなのあり得ないし……。
「あ、
「う、うん……すぐに準備するね」
深く考えると沼にはまりそうだったので、謎の解明はこれくらいにしておこう。夢と現実がごっちゃになるなんて、わたし、疲れてるのかな……?
翌日……また、だ。今度は授業中である。――時が止まった。
先生の板書の手が止まっているし、時計の針も動いていない。首は動かせないけど視線だけは動かせるので、窓の外を見る。ちょうど近くを飛んでいた鳥が空中で停止している……、時が止まっていなければ見られない光景だった。
「…………」
なにこれ……なにこれなにこれ!? 一度目は夢かもしれない、なんて逃げ道があったけど、二度目は無理だ。わたしはなにに巻き込まれてるの!?
――がたた!? と、椅子が動いた。
一番前の席が動いたのだ。立ち上がったのはクラスメイトの男の子……、彼は、あまり喋ったことはないけれど……
メガネをかけた、小柄でおとなしい男の子だ。
彼は停止している生徒をひとりずつ確かめるように、相手の顔を覗いていく。女の子だけじゃなくて、男の子もだ……時間停止のシチュエーションだと、その……えっちな方向を考えてしまうけど、又無くんはそういう目的ではないらしい。いや、まだ無害だって判断はできないかも。
ゆっくりと近づいてくる。わたしは動揺しないように、冷静に、心を落ち着かせる……停止した空間で、動けないけど意識はある状態が、良くはないことは分かる。
もしも眼球が動いてしまえば、又無くんがどういう行動に出るのか分からない……。
なにをされても、わたしは動けないのだから――なにをされても抵抗できない。
ぐん、と、彼の顔が近づいてきた。窓から入ってきた日の光がメガネで反射し、彼の目を見ることはできなかった……から、彼がなにを考えているのか分からない。
仮に見れたとしても、分からなかったかもしれないけど……。
「静さん」
「…………」
「あれ? おかしいな……静さんは意識があるはずなんだけど」
え?
という動揺が出てしまったのだろう……視線が揺れた。
それを見逃す又無くんではなかった。
彼の瞳は見えなかったけど、口元は笑っていた……、不気味ではなかったのがまだ救いがあった。彼は純粋に、味方がいた、みたいに嬉しそうだった。
「良かったっ。でも、まだ自由には動けないみたいだね……もうちょっと時間が必要かな?」
どういうこと? と、視線で訴えるけど、もちろん伝わらない。
細かいことは時止めが終わった後に聞くとして――「いつ終わるんだろう?」
「もう少しだよ」
「そうなの? ……って、あ」
「喋れるようになったんだ。環境に適応してきたね、静さん」
気づけば口が回るようになっていた。
動くことはまだ難しいけど、これで時が止まった中でも彼と会話ができる。
「ま、又無くん……? これ、どういう状況なの……?」
「時が止まってるんだよ……最初は数秒だけだったんだけど、今では数分……もっとがんばれば数十分も時を止められるんだよね……。昨日めちゃくちゃ練習したんだからっ」
褒めて、みたいなノリだけど、褒められない。
でも悪いことをしているわけではないから……、それでもこれを悪用しようとすればできるのだから、やっぱり誉めるべきではないのだ。
「すぐに解いて」
「え、どうして……?」
「意外じゃないでしょ……っ、時が止まって、わたしは意識があるんだよ? 今、又無くんになにをされても動けないでしょ……っっ」
「あ、そっか」
すると、又無くんの手が伸びた。
……これはわたしの失敗だ。時間が停止した世界での行動のバリエーションを与えてしまったのかも……っ。男の子なら普通はすぐに思い浮かぶことをしなかったのは、単純に思いつかなかっただけ……? その発想を、今の一言で与えてしまったのだとしたら――自分で自分の首を絞めただけだ。
彼の手がわたしの……胸に伸びる。
うう、と身構えたいると――「なーんてね、そういうことはしないよ」と、彼が引っ込めた。
冷や汗が背中を伝う……ゾッとした。
「……え?」
「時を止めてすぐにエロいことするなんて、分かりやすいじゃん。それに……それって犯罪だし」
「時を止めてるのに……気にするの?」
「時を止めてるだけだし。意識がある人の記憶を消せるわけじゃないからね。静さん以外の女の子にそういうことをしてもばれないとは思うけど……、それを見てる静さんがいれば同じことでしょ。強姦したとして、その証拠は消せないから、時が動き出した後で通報でもされたら証拠が出てくる。そうなれば、僕は捕まるよ……時を止めたことがばれなかったとしても――信用されなかったとしても、ばっちりと証拠があれば捕まるんじゃない?」
「証拠って……、あ、指紋?」
「うん。胸を鷲掴みにしたら指紋が残るでしょ?」
手袋を、なんて言ってしまえば、彼の逃げ道を作ってしまうだけだ。
「手袋すればいいんじゃん、とか思ってる? それくらい思いつくけど……でもしないよ。時を止めた後に、誰かの胸を揉んだりしない。さらに過激なことだってね……、それはたとえ、静さんだとしても同じことだよ。エロいことはしない。ただ一緒に、この停止した世界にいてほしかっただけなんだよ」
「な、なんで……?」
「なんでだろうね?」
そう言って目的を濁す又無くんの意図は、やっぱり卒業する日まで分からなかった。
…続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます