ベイガン

ラトレーグヌの王家

 観察ファイルNo.4

 ラトル家の第二王子ボヤジャント

 男性 20歳


 世界第二の超大国ラトレーグヌは王国である。その王家であるラトル家の現当主ラトル・アペタイトには三人の息子と二人の娘がいる。第二王子ラトル・ボヤジャントは国王の三番目の子供だ。つまり兄と姉、弟と妹がいる。兄弟姉妹の真ん中というのはどうしても不遇になりがちだが、王家である以上兄の第一王子は厳しく育てられ、弟に対して横暴をすることは許されなかった。姉からは可愛がられ、弟と妹はそれぞれ養育係がついているのでジャンが面倒を見る必要もなく、比較的自由な幼少期を過ごした。


 ラトル家はかつて砂海族であったことから非常に武を重んじる王家で、一族全ての者は14歳の誕生日にアルマ・タスクでアルマの操縦技術を試される。王太子|(次期国王)である第一王子のラトル・カヴァリーロは厳しい教育を受けてきたこともあり、歴代でも最高の得点をマークしていた。


 ボヤジャントが14歳の誕生日を迎える、その日までは。


 ボヤジャントは天才だった。第一王子よりアルマの戦闘が強くてもそれで王位継承権が移るわけではないが、やはり当事者の気持ちや周囲の視線は明確に変わる。カヴァリーロはボヤジャントに対しては笑顔を向けてその才能を褒め称えたが、その裏で自分自身の不甲斐無さを嘆いていた。そういうものは、たとえ本人の前ではおくびにも出さなくとも自然と伝わるものだ。裏ですら弟を悪く言わないカヴァリーロの人柄に好意を抱くと共に、そんな素晴らしい兄を苦しめているのが自分自身であるという事実に胸が痛くなる。


 なんとも言えない居たたまれなさから、ボヤジャントはたびたび首都ステリストの外に出て砂海のマーニャと遊ぶようになった。プアリムなどは彼の敵ではないので、機兵団に襲われる前の盗賊ぐらいしか脅威は存在しない。


 余談だがラトレーグヌ領内で活動を始めた盗賊の平均余命は約二日である。その後どこからともなく現れたスコーピオンが平均値を押し上げることになるが。


「旅に出たいな」


 イヌ型アルマに乗ってマーニャと並走しながら、願望を呟く。自由の多い王家とはいえ、さすがに王子が家を飛び出して好き勝手に動き回るわけにはいかない。仮に身分を捨てる覚悟で家を飛び出す気になったとしても、自分に与えられたイヌ型では旅もろくにできない。


「ブルルルルゥ」


 マーニャが返事をするかのように鳴き声を上げた。何者よりも大きな体を持ち、穏やかな性格で人間とも仲良く遊ぶ砂海の王者。その自由さと強さが羨ましいと思う。周囲の目など気にせず、強き者として振舞えたら。だが、そんなことを実行できるほどボヤジャントは冷徹な人間ではない。愛しているのだ。家族を、家臣達を、そして多くの名も知らぬ国民達を。


 そんなボヤジャントの人生を一変させる出来事が起こったのは、彼が18歳の誕生日を迎えた時だった。


「ボヤジャント、お前に縁談がある」


 父王から投げかけられた言葉。ラトル家は世界でも最大の王族だ。その王子が年頃となれば、縁談の一つや二つあって当然。ラトル家と血縁関係を持ちたい国家は掃いて捨てるほどあるのだ。兄のカヴァリーロには既に婚約者がいるし、姉のクレリスティーノは友好国のターリオに嫁いだ。ターリオは小国だが、ラトレーグヌとの距離が近く外交面ではラトレーグヌよりも各国からの評判がいい。関係を強めることは互いの利益になるという判断だ。


 だが、ボヤジャントの縁談は一風変わっていた。縁談と言って良いのかすら疑わしい。ラトレーグヌと同盟関係にある大国アーモナツィオの跡取りになるという話だが、その国の支配者にはボヤジャントの結婚相手となるような年頃の娘がいない。それどころか一人だけの妻との間に子もなく、存続を危ぶまれている有様だった。


「要は養子縁組ということですか?」


「そうなるが、結婚はしてもらわなくてはならない。アーモナツィオやラトレーグヌに食い込んで影響力を強めようとする国は数えきれないほどあるからな、そいつらの付け入る隙を無くすためにも夫婦で国を譲り受けるのだ」


 事実上の吸収合併ということになると考えれば、これは非常に重要な任務であると言えよう。これまで家に何の貢献もしてこなかった身だ、どんな相手と結婚させられても文句を言うつもりもないし、アーモナツィオという国を確実に治めてラトレーグヌの次期国王となる兄の力になろうとボヤジャントは考えていた。


「では、私の相手はどなたになるのでしょうか?」


 素直な態度で質問する息子に対し、これまで無表情だった父アペタイトが口角を上げて笑う。


「それなんだが、お前自身が相応しいと思う相手を見つけてこい。身分は問わない」


「えっ?」


 さすがに耳を疑った。あまりにも理解しがたい話だ。これほど重大な政治の駆け引きにおいて、相応しい相手を両国の元首が指名しないなんてことがあるのか。アーモナツィオという大国を超大国ラトレーグヌの王子がもらい受けるというだけでも相当な大事件なのに、その相手は王子自ら選ぶだなんて、いったいどれほどの権謀術数に晒されることになるのだろうか。


「安易にそこらの王家や貴族の娘を選べば、その一族の発言力が強まる。かといって学の無い平民の娘を選べば国家を衰退させる悪女になりかねない。無責任で申し訳ないが、余にも相応しい相手を選ぶことができなかったのだ」


 申し訳ないと言いながらもその表情には愉快そうな笑みが浮かんでいる父王を見て、ボヤジャントは自分が試練を与えられているということを理解した。


「分かりました。では一度身分を隠し、平民として世の中を見て回ることをお許しください」


 父の意向に逆らうことなどできないし、そのつもりもない。どうせならこの機会を利用して自分の願望を叶えてしまおうと考えたのだった。


「よかろう。期限は五年間とする。大国アーモナツィオの王妃に相応しい人物を見つけ出してくるのだ」


 王の真意は読めなかったが、ボヤジャントはこうして旅に出ることになった。ジャンと名乗り、髪型や服装をいじって平民のふりをしながら。

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