再会

◇◆◇


 機械が空を飛んだという報告を受けた大天回教の幹部は慌てて教主にこの件を伝えたが、当のラザリアは驚いた様子もなく「逃げたなら仕方ない、帰還せよと伝えなさい」とだけ言った。


「……また……任務を果たせないというのか……」


 帰還命令を受けたブラックは、心の内から湧きがる黒い衝動に押されるように、アルマの脚をフレスヴェルグが飛び去った方向へと踏み出した。


 憎い。


 任務遂行を邪魔する者達が憎い。自分の存在意義を失わせようとする者達が憎い。既に自分の手は真っ赤に染まっているのだ。世間知らずの小娘が軽々しく否定できるほど、この業は浅くない。


 もはやレンコントの町の方角からは争いの砂埃も見えなくなっている。このまま帰れば、少なくともカエリテッラとラトレーグヌの間に問題が発生することはないだろう。帰還の命令も任務のうちだ。従わなくては、と思う。だがそれ以上に沸き上がる憎しみを抑えることができない。任務を遂行しなくてはならないという強迫観念と、任務の邪魔をした者を抹殺したいという渇望。その二つが衝突コンフリクトして、思考能力が著しく低下している。半ば無意識的に、フレスヴェルグを追って走り出していた。改良されたビシャモンの移動速度は凄まじい。ほんの数分で空を飛ぶ機械の姿が視認できる距離に近づいた。


 双刃棍を構え、目標を捉えたまま砂の地面を蹴って距離を詰め――突然、何者かに機体の腕を掴まれて動きが止まる。


「よう、久しぶりだな。こんな場所で何やってんだ?」


 そこには、いつの間に接近してきたのか白と金に彩られた人型のアルマがいた。


「ホワイトォォォオ!」


 ブラックが憧れた男であり、かつての親友であり――を破壊したにっくき敵。


 双刃棍が閃き、シヴァの機体を袈裟斬りにする。だがそれよりも速くシヴァの手に握られた刃が払い、攻撃を受け流した。


「いきなり乱暴な挨拶だな、ブラック」


 かつての親友同士、久しぶりの再会はお互いの刃を交える形になった。ここにホワイトがいたのは偶然ではない。レンコントの町で用事を済ませた彼は、スコーピオン襲撃の報を受けてシヴァを駆り現場に急行した。そこでアーティファクトらしき二機のアルマがスコーピオン相手に戦っているのを確認したホワイトは、見つからないように隠れて様子をうかがっていたのだ。ラタトスクの戦闘力を知っている彼には、アーティファクトが二機もいるのに助けに入る必要性を感じなかった。せっかくだからどんな性能を持っているのかチェックしておこうと考えたのだ。


 その後はブラックの乱入や機兵団の到着もあり、大騒ぎになった戦場から離れて見ていた。リベルタ達とのやり取りは内容を知ることができなかったが、ブラックの様子がおかしくなったことには気付いた。フレスヴェルグが飛んだことに関しては、今更その程度で驚くこともない。


 そんなわけで、ブラックの行動に良からぬものを感じたホワイトがこうして姿を現したのである。


「お前が軍を去ってから、私がどんな気持ちで機兵団を率いてきたと思う!」


「知らねえよ、お前も一緒に軍を抜けてればよかっただろ」


 かつて二人は共にカエリテッラの軍隊に入隊した。だが、二人の間には決定的な違いがあった。ブラックはやっと手に入れた自分の居場所を守るために従順で模範的な兵士であり続けたのに対し、ホワイトは大天回教の走狗そうくとなることを拒み、根無し草として生きることを選んだ。その過程で大天回教の司祭が一人失脚したのだが、ホワイトが関わっていたことを知る人間は少ない。突然空いた幹部の枠に若いミスティカが押し込まれる形になったことも、教主とその側近以外に知る者はなかった。


「軍に所属するということは、自分の感情よりも与えられた命令に従うことだと分かっていただろう?」


 ビシャモンが双刃棍を回転させ、下からシヴァの機体を斬り上げる。それをシヴァが刃で防ぐと、ビシャモンが脚を踏み出し推進力を利用して今度は逆側の刃をシヴァの頭部に叩き込んだ。


「ああ、よく分かっているさ。だからやめたんだ!」


 シヴァが機体を半回転させながら空いた左手で双刃棍の刃を払いパリング、入り身の要領で攻撃をかわしつつビシャモンの顔面に肘打ちを入れた。相手が怯んだ隙をついて距離を取り、腰を落として己の手にした刃を胴部に引き付ける。攻守交替、今度はシヴァが得意の斬撃を放つ。


「お前こそ、自分を殺してまでその地位にしがみついて満足なのかよ?」


 目にも止まらぬ速さで繰り出された横薙ぎの一閃を、ビシャモンの双刃棍が回転して下から打ち払う。がら空きになったシヴァの胴体めがけて突きを繰り出すと、シヴァはバク転をしながら双刃棍を蹴り上げた。


「私が守りたいのは地位ではない、一人の男としての誇りだ!!」


 蹴り上げられた双刃棍を回転させて左脇の下に仕舞い込み、基本の戦闘姿勢に戻ると右手を前に突き出し、拳を作る。


「誇りだぁ? 他人の言いなりになって守れるものなんて、せいぜい砂埃ぐらいだろ」


 そうやって言い合いをしながら戦う二人の刃が火花を散らしているうちに、空を行く鉄のトリは砂塵の彼方に姿を消すのだった。


◇◆◇


「よし、十分だ。次の調査対象に移れ■■ン■■ク■」


 ステロ・ディオーヴォのどこかにある研究所で、白衣を着た男は通信機に向かって指示を出す。目標を求めるシグナルが返ってきたのを確認すると、言葉を重ねる。


「あのモノクロ機械に乗った男だ。そう、ジャンと名乗る男。・ボヤジャントだ」

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