トリ

 自分に向いている形というものがどうにも想像できなかった。だいたいリベルタはずっとこの地でガラクタ拾いをしてきた人間だ。ラトレーグヌ軍が警護する箱庭の中で、外の世界を知らずに生きてきた。知っている動物の方が少ない。よく知っているエクオスは上に乗るイメージが強く、中に乗り込むアルマをその形にする気が起きなかった。


「人型は無茶だし、収集オペラみたいな箱型はなんか嫌だし。他に知ってる動物と言えば……トリ?」


 この世界にも鳥類はいる。地球から持ち込んだものではない原生生物だが、昔から自由に空を飛ぶ彼等のことを人類は〝鳥〟と呼んだ。


『トリ型ですか。いいですね、空も飛べますし』


「飛べるの!?」


『トリは空を飛ぶものでしょう。中には飛べないトリもいますが』


 空を飛ぶ機械は、現在人類の国家では確認されていない。それは世界を知らないリベルタでも知識として知っているぐらいに有名な話だ。自分はとんでもない物を見つけてしまったのかもしれないと、今更ながら恐ろしくなってきた。そういえばここで手に入れた物を勝手に自分のものにしていいのだろうか、と考える。今まで気にしたことも無かった。そんな説明を受けたこともないし、ガラクタを売って商人が腕輪に入金するという取引をずっとしてきた。ここの民は他の国のキャンプみたいに管理所に登録したりはしていない。何故ならこの特別区自体がラトル家のものであり、ここに住む人間も全てラトル家の所有物なのだ。所有物に権利の説明をする持ち主はいない。


 だから、ここで手に入れた機械のことがネットワークに乗るのは、商人に売った後の話だ。住民が自分で登録すれば、アーティファクトの価値を知ってしまうかもしれない。そしてこのような非人道的なルール違反をラトル家が行っている事実が世界に知られてしまう可能性が高い。発見者が所有権を持ち、正当な取引で流通に乗る。それが世界のルールだ。破れば全世界を敵に回す。メルセナリアとはまた違うやり方で、世界に顔向けのできないことをしているのがラトレーグヌという世界最大の王国なのである。


「でも、アルマで空を飛んだら目立つか」


『ではステルス機能も付けましょうか。飛行機械はレーダーやカメラに見つからない方がいいですからね』


 とんでもないことを言うエーテルナだが、ここまでくるとどれだけとんでもないことなのかリベルタには想像もつかない。そういうものなのかと納得して心を決めてしまった。


「じゃあ、トリでお願い。材料はどうやって集めるの?」


『私が必要なアーティファクトの位置まで案内します。あとはお任せください』


 リベルタはエーテルナの案内に従って部屋を出て塔の上へと向かう。他のガラクタ拾い連中は見当たらない。もう今日の仕事を終えて帰ったのかもしれない。機械に導かれ、今までとは比較にならないぐらい高いところまで一気に登っていくと、そこには見たこともない大きな機械が置かれていた。ガーディアンだ。しかしもう動いていない。遥か昔に動力を失ったのだろうが、不思議と朽ちた様子はない。まるで誰かがずっと掃除をして油を差していたかのように、綺麗な状態で動きを止めている。全体的なフォルムは人型に近いが、円筒型の胴体は人間とは似ても似つかない。


「これを分解・再構築します。少々お待ちください」


 エーテルナが自身をアルマに作り変えている間、リベルタは手持ち無沙汰になるので周辺をブラブラと歩き回ってみる。いつも拾っているガラクタよりもずっと形のしっかりした道具が無造作に置かれている。いったい過去に何があったのかと気になるが、それ以上に売ったらいくらになるかと考えてしまう。エーテルナは売れないがアルマになるから問題はない。問題は旅費だ。楽園を探す旅に出ても金に困っては仕方ない。持ち出しやすい物を探し物色しているうちに、トリ型アルマが完成していた。


『どうです、空を飛んで旅をするのに適した姿になりましたよ。これからはフレスヴェルグとお呼びください』


「フレスヴェルグ? エーテルナじゃなくなったの?」


 両手で抱えるほどの大きさだったエーテルナは、見上げるほど大きな機械のトリに変身している。動物で言えば鷲の姿だが、この星に鷲は存在しない。少なくとも今のところは。


『ええ、このアルマは私のデータベースに登録されていた機体を再現したものです。先ほどこの星のネットワークに繋がってみたのですが、他のエーテルナが大国で取り合いになっているらしく、私の素性は隠した方が良いと判断しました』


 取り合いになっているようなものを個人が所有するのは恐ろしいが、今更なかったことにはできない。何より目の前で誇らしげに立っている金属製の猛禽は、あまりにも美しかった。これが自分のものなのだと考えると、手放したくないという気持ちが強く湧いてきた。


『それと、持っていくならこちらの銃をお勧めしますよ』


 エーテルナ改めフレスヴェルグがレーザーポインターで示した道具を拾うと、促されるままにアルマの中に乗り込んだ。これだけ大きな機械だ、キャンプに持ち帰れば非常に目立つ。こうなったらここから飛び立って旅に出るしかないだろう。


「水と食料が欲しいな」


『ご心配なく。空を飛んでいけば一時間ほどで町に着きます。そこで補給をしましょう。銃はまだ持っておいてください。リベルタ様の貯金残高で十分な量の物資が買えるでしょう』


 五千年も眠っていた機械にこの世界を案内されるのはなんだか不思議な気分だったが、フレスヴェルグはネットワークを通じて情報を得ているようだ。人間にはとても真似できない速度で世界に氾濫する情報の流れを全て読み取り、この世界のほぼ全域を把握し終えている。ならば楽園の場所も分かるのではとリベルタは思ったが、フレスヴェルグは『楽園と呼ばれる場所の噂は見つけましたが、実際の場所については知られていないようです。別の名称で私の知識に入っている可能性は大いにありますが』と語りかけた。


「何も言ってないのに考えてることが分かるの?」


『アルマは全て、操縦者の心と繋がっているんですよ』


 リベルタには分からないことだらけだが、一つだけ分かることがある。あれこれと考えても無駄だということだ。


 半ば諦めにも似た感情で、リベルタはフレスヴェルグの説明に従って操縦桿を握り、出発の合図を出す。塔の上部から巨大な鉄の鳥が大空に向けて飛び立った。

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