エーテルナ

 次の日、昨日サボったガラクタ拾いに向かう前に遠目から駐機場をうかがうと、あのトゲトゲした人型アルマはもういなくなっていた。それもそうかと思いつつ、もっと上手くやれたはずという後悔の気持ちを抱えて塔に向かう。


「ねえ聞いた? あの人型アルマで旅してる男の人、例の楽園を目指してるんだって噂よ」


 友人がまた旅の男から仕入れてきた噂を披露する。その情報源が彼ではないことを願ってしまう自分が、あの黒い肌を持つ男を慕っているということを自覚し、頬が熱くなるのを感じた。恋愛感情と呼ぶにはあまりにも淡い気持ちだが、異性を意識するのは初めてなので己の感情に困惑してしまう。


 そして、噂の内容だ。人型アルマで旅する男といえばあの男のことだろう。ということは、同じく噂で聞いた楽園――緑であふれているという場所――を探しているのだろう。あるいは場所が分かっていて、そこに向かっているのかもしれない。


「楽園ってどこにあるの?」


「さあ? ただ、どこかの山の上にあるって話だから探すのはそんなに難しくないかもね」


 なるほど、と思う。リベルタ達のような貧民には難しいが、アルマで旅する人にとっては、そこまででもないだろう。この砂漠だらけの星で山の上が緑に覆われているなら遠くからでも分かる。あとはしらみつぶしに山のある場所を巡っていけば、何年もかかる旅ではない。だいたい、こんな噂が流れている以上は存在を知っている者が少なからずいるはずだ。まったくの作り話でもない限り。


「そっか……」


 追いかけたい。どうやって? そんな願望と問いかけがぐるぐると頭の中で繰り返され、友人達の噂話も耳に入ってこない。上の空でぼんやりと塔の中を歩き回っていると、気付いたら周りに誰もいない小さな部屋の中にいた。


「あれ、ここどこだっけ?」


 こんな部屋が塔の中にあっただろうか。いつもより速く先に進んでしまったのか、普段は気にも留めない隠し通路を見つけてしまったか。とにかく部屋を出て他の者達と合流しようと後ろを振り返る。


――それを持っていきなよ。


 誰かの声が聞こえたような気がした。呼びかけた人物を探して再度前を向くと、そこにはささやかな台座と、その上に鎮座している球状の機械がある。これまでに拾ってきたガラクタと材質は同じだが、これだけまともな形状をしているならきっと高価な代物だろうと思った。これを売ったら、アルマを買えるぐらいのお金が手に入るだろうか? とはいえ、この町にはアルマが売っていない。エクオスに乗って最寄りの町に移動する? あまりにも危険だ。


「……だけど」


 頭の中で繰り返した問答の末に、思わず口から言葉を漏らす。手を伸ばして球状の機械を手に取ると、見た目のわりに軽くて簡単に持ち上げられた。中が空洞になっているのだろうか。


『人の接触を確認。起動します』


 突然、手にした機械から女性のような声が聞こえた。同時に軽い振動を手に感じ、驚いたリベルタは機械を取り落としそうになる。だが不思議なことに機械は自ら吸い付くように彼女の両手に収まって淡い緑色の光を放った。


『おはようございます、人間さん。私はエーテルナ、未踏地域探索サポーターです。あなたのお名前を教えてください』


「え、私はリベルタ」


 未踏地域探索サポーターとはいったい何なのか、よく分からないがエーテルナと名乗る機械に名前を聞かれたので素直に答える。


『リベルタさんですね。前回の起動から五千年経ちました。前のあるじは生存していないものと判断し、あなたを私の主と認定します』


「ごっ、五千年? こんな部屋でそんなに長い間眠っていて、動力はどうなってるの?」


 リベルタの知る機械は皆太陽電池と充電で動く。こんな部屋に置かれていたら一ヶ月もすれば動かなくなるのが常識だ。乗っていた台座から給電されていた様子もない。そのぐらいは彼女にも分かった。他にも気にするべきことはあるのだが、とにかくどうやって動いているのかが気になって仕方がない。


『動力ですか? 私は自分でエネルギーを生み出すことができますので、宇宙空間だろうと未開の惑星だろうとどこでも活動できます。それが未踏地域探索サポーターとしての私の役割です。探索中の主に活動のためのエネルギーを供給し、主が開拓した土地に設置されて人類が生活するためのエネルギーを供給し、新たな文明を築くサポートをするのです』


 何を言っているのかがよく分からないが、どうやらこの機械は自分で発電するらしい。学のない自分は知らないが、世の中にはそういうものもあるのかと驚きを持って受け入れるリベルタだった。もちろん今の世の中にそんなものはない。リベルタが世の中のことをよく知っていたなら、このエーテルナという機械はとんでもない代物だということがすぐに分かったはずだった。


「それじゃあ、私が楽園を探すサポートもしてくれるの?」


『もちろんです。人はいつの世も楽園を求めて旅をしているのですね』


 エーテルナはリベルタが楽園に向かうのを手助けしてくれるようだ。話し相手にもなるし、発電もしてくれるらしい。そんな便利なものを売り払うわけにもいかないので、これとは別に資金源となるガラクタを探さないと、と考えた。既に自分が旅立つことを躊躇うことすらなくなっている。この不思議な機械は危険な旅も可能にしてくれそうな空気をまとっていた。


「旅するためにアルマが欲しいんだけど、それを買うためのお金もないし売っている町まで行く足もないのよ」


『アルマというと人間が乗る戦闘用の機械ですか? 私がいますよ』


 リベルタの両手に収まっている球状のエーテルナが事も無げに言う。言っている意味が分からないが、なにやら自信があるらしい。


「エーテルナはアルマなの?」


『アルマにもなれます。材料は必要ですが』


 なんだかよく分からないが、この機械はアルマになれるようだ。その材料とはいったい何かをエーテルナに聞き、旅立つ用意をしようと考える。


「材料はこの辺にあるガラクタでいいの?」


『ガラクタ……そうですね。もう動かなくなった機械がこの近辺に多数存在するのを確認しました。どのような姿のアルマをお望みですか?』


 アルマの姿まで要望を聞いてくれる。これは便利だと思いつつ、アルマに乗ったことのない自分に適したアルマはどのようなものか、思案するリベルタだった。

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