待ち受けにしていたんですよ
「残念賞のティッシュだ。貰っとけ」
そう言ってティッシュを小学生の姿のままの朱観絵瑠へ手渡す灰色の髪をした少年。
確かティッシュを配ってた人だと思い出し、なぜここに居るのか?と彼女が聞く前に少年が口元を拭く所作をする。
口元が汚れていた事に羞恥心を感じ、ティッシュを開封してから口元を拭く。
少年はそれに満足そうに確認しオレンジ色の髪をした怪人へ視線を移す。
「そこのオレンジ。誰だよテメー」
「こっちの台詞なんだけど」
「俺だよテメー」
怪人は訝しむ。そうここは朱観絵瑠の深層心理である。
現に朱観絵瑠は幼い姿のままであり周りの空間も古びたアパートの一室だ。
ここに居るのは幼い彼女、彼女の姉と親友の幻影、そして魔法を掛けた張本人である怪人だけのはず。
どうやってこの空間に?
怪人の疑問に答える様に少年は定期券をヒラヒラと片手で見せびらかす。
そう、『幸せならOKです⇔元皇族』と表記された定期を。
「あー…ハイハイなるほど」
納得したかの様に頷き、すぐさま少年の顔に蹴りを入れる。
「片道だろそれ!」
体重を乗せた一撃にも関わらず少年は無傷かつ無表情。
繰り出されるだろう次の攻撃に備え印を組んだ右手を顔の位置で構える。
伸ばした人差し指と中指を絡ませ残りの指は折り曲げた掌印、パクリはマズイと判断した怪人の焦りながらも勢いを付けた拳を尻もちをつく事で回避し、そのままM字開脚を展開する。
「無論急所」
「は?」
呆けた隙を見逃さずに怪人の両足を開脚したそれで掠め取り転倒させ再び起き上がる。
そして、その場で跳躍し空中で坐禅を組むと仰向けになった怪人の顔へと着地し屁をこいた。
「何を焦っている。さっきの印は帝釈天の掌印でありグッドラックって意味のハンドサインだ」
激臭に耐えきれなかったのか吐瀉物を吐き出す怪人と風向きが悪かったのか屁を嗅いでしまい顔を顰めながら消え去る彼女の親友の幻影。
「臭くてごめん相棒」
消えた幻影に両手を合わせ謝りつつ悶える怪人から立ち上がると今度は朱観絵瑠を庇う様に彼女の姉の前へ立つ。
「さて首吊ってるお姉さん。俺の世界に行ってアイドルにならない?」
「えっと…君の…世界?」
「そう俺の世界。確かこの世界に来る前に全員幽霊で構成されたアイドルグループが新メンバーを募集してたんだよね。どうお姉さん?美人だし幽霊だから絶対売れるよ」
安心させるかの様に優しい笑みを浮かべる少年。だが、それでも彼女の顔は晴れない。
「でも…私…自分本位で…汚いこと…ばっかり」
「いやいやいや大丈夫!熱愛発覚してファンに殺されたリーダーと元いたグループのメンバーに手を出しすぎて痴情のもつれの果てに死んだセンターとかいるし、それくらい大丈夫。勿論人気もあるよ?」
メンバーを紹介しつつ傍にあった椅子を引っ張り出すと、その上に登り首に首に掛けられた縄を解こうとする。
「命も地位も失う物なんて無いから弾けまくってるだよね。そこが魅力なんだよマジで。だから死んで終わりって思わないで」
解き終わり彼女を抱き抱え床にそっと下ろした。
「呪ってる場合じゃないよ。まだ希望はある」
優しげに、それでいて警告するかの様な言葉に逡巡口を噤み、やがて座り込んでいる妹へ目線を合わせる様にしゃがみ込む。
「ごめなさい自分勝手で…多分死んだ今でもそうしたいと思ってる。だから絵瑠も自分の為に生きて」
そう言って微笑み掛けて、霞の様に消えていった。
自分が作り出した幻影それでも久しぶりに姉の笑顔に涙が止まらなかった。
「まぁ本物のお姉さんが化けて出て来たら俺に教えて?またスカウトしておくらからさ」
少年は再びティッシュを開け彼女の涙を拭きながら微笑み掛ける。
「とりあえず今は目を覚そう」
☆ ☆ ☆
「うぅ…ん」
ピューと耳を掠め取る甲高い音をアラーム代わりに朱観絵瑠はゆっくり目覚めた。
揺れた茶色の前髪が顔を撫でるこそばゆさが覚醒を促したのか、柴色の瞳がパチリと開かれる。
「あれ?」
そして自分が何かしがみついている事に気づく。大きく温かい、どこか頼もしさを感じる背中、その上に乗っかった灰色の後ろ髪。
「寝起きで悪いんだけど、しっかりしがみ付いてて」
前髪と一緒に撫でて来る突風。ふいに感じた浮遊感から思わず下を確認する。
淡く照らす橙色の街頭、群れになって光る車の赤と黄色のランプ、規則良く並び光る青いビルの窓が絨毯の様に敷かれていた。
「きゃあああ⁉︎」
輝く星々が彼女の悲鳴を引っ張り上げるかの様に登った夜空の下、少年は少女をおぶりながらビルの屋上を足場にしてバッタの様に跳躍する。
「ごめんオレンジ頭を逃しちゃった。けど気配は感じているから大体の場所は分かる」
まだ戦いの最中だと気づき悲鳴を止める。そして傀儡化された人達の事を思い出し、背中にしがみつくいた手が力む。
その心配を感じたのか彼は大丈夫と横目を向ける。
「アイツがニヤニヤしながら君を洗脳している間に持ってたナイフ全部ティッシュにすり替えた。だから安心して」
安心させようとする声音とは裏腹に彼女の瞳は晴れない。
魔法少女としてやらなきゃい事、なのに知らない他人に全て押し付けてしまった。
ブツっと彼女の中にあった何かが切れた。
『私が弱かったから…私が最低だからチームを離れるの』
「私が強くならないといけないのに』
彼女の中にあった魔法少女としての強さと誇り
『誰からも期待されなかった』
「…私が幸せにしないといけないのに」
姉からの負い目から来る義務感
『お姉ちゃんの人生台無しにして自分は普通に暮らしてますって厚かましくない?』
「私に…私が…私を…私は…」
『ごめなさい自分勝手で…多分死んだ今でもそうしたいと思ってる。だから絵瑠も自分の為に生きて』
「…何も出来てないのに」
何もかも伽藍堂になった心に満たされる無力感。少年はそれを否定するかの様に力強くビルを蹴り再び跳躍する。
「俺は嫌だよ。ティッシュ受け取ってくれる優しい人の泣き声と悪者の笑う声が隣り合う世界なんて」
「私のはただの偽善で…」
「でも捨てちゃダメだよね」
「そのせいで周りの人が不幸に…」
「尚更君がいっぱい幸せにならなきゃ。誰かを不幸にした分、自分の幸せを分けてあげるんだ。」
「どうすれば…良いの?」
「足りなかったら俺のを分けてあげる。知恵も力も。幸せになった君に文句言ってくる人がいたら、そいつらにも文句言えない位の幸せを押し付けてやる」
「でも…君が不幸になっちゃうよ?」
「じゃあ百年後に一括で返して、十日一割。それまで幸せ貯めといて」
加速する跳躍の中、彼女の心が動き出した。
☆ ☆ ☆
ビルの路地裏。そこにオレンジの髪をした怪人が吐き気と嫌悪感の両方と戦っていた。
「あと少しで魔王の手先を壊せたのに!あのガキのせいで!!」
壁を支えにしつつ千鳥足で歩く。腑が煮えくり返るが命は惜しい、そんな雑草魂を邪魔するかの様に上空から一人の少女が行手を阻む。
「見つけた!」
先刻とは違い強く意志が宿る紫の瞳。それに呼応するかの様に赤い天使が舞い降りる。
「殺されに来たのかブリっ子がよ」
気に食わないと言わんばかりに双頭を持つカラスがオレンジの炎を撒き散らす。
「返さなきゃいけない物が有るんです。だから皆を不幸にする貴方を倒します」
「厚かましいんだよ偽善者が」
「"魔法武装"ッ!」
「"
天使から剣へ変化するのと同時に双頭のカラスが首輪へ変化する。
前回とは違い首輪を着けたのは怪人。この怪人の魔法は首輪を着けた相手を意のままに催眠、洗脳する。
自分自身に付けるメリットは無いかの様に思われるが、数千年修行をしたという催眠を掛け、そして自分は最強であると洗脳する事で多大なる戦闘技能を身につけ強化した。
「はっ!やっ!くっ!」
怪人から繰り出される光速の打撃と蹴り。
それを彼女は危うくもギリギリで避けて行く。打撃は横へ半歩ズレて、頭部を狙った蹴りは上半身だけを逸らす紙一重の攻防。
だが相手は催眠で強化した怪人。
「死っねっよォォォオオオッ!!!」
顔面へ向けられた怪人の光速。避ける暇は無いと判断し両手で受け止め、わざと後ろへ吹き飛ばされる事でダメージを減らす。
畳み掛けようと怪人が距離を詰めるが、彼女が剣を手にしていない事に気づいた。
「"魔法爆破"」
いつの間にか怪人の腹部に刺さった剣。それが閃光となり怪人の目を潰す。
「お返しです!」
靴裏を摩擦しながら着地、それと同時に剣を
(クソッ!何がどうなってやがる)
ボヤけた視界の中、お返しとは言わんばかりに繰り出される彼女の斬撃。
それを防ぐ為に己全ての魔力を全身へ回し、斬撃を体で受け止める。
魔力のおかげで切り傷しか負わないが勢いを殺し切れず縦横無尽に吹き飛ばされる。
(見えたッ!)
回復した視界。ハッキリと見えた斬撃を白刃取りで受け止める。
茶髪を
(何で月が…アイツの後ろに?)
目の前には月。足場はビルの壁。左右はビルから挟まれた空間。背後は路地裏。
「落ちて。」
急に襲いくる重力。
しがみつこうと彼女に手を伸ばすが彼女の剣が許すはずもなく片腕を切り飛ばされる。
「オーライ!オーライ!」
後ろの路地裏の下からは少年が待ち受ける。人差し指と中指を絡ませた指先をこちらに向けて。
照準は怪人の尻の割れ目、無論急所である。
「おい絵瑠ちゃん」
諦めたのか重力を身に浴びながら彼女に話しかける。
「いくら善行をしても最後は不幸まみれになる。魔法少女でいる以上はね」
「それでも」
呪いの言葉を返す様に彼女は微笑む。
「自分の幸せを見つけます」
その言葉を聞き終えたと同時に尻に痛みが走る。
「その時オレは幸福を彼女に3000払い、不幸を無かった事にする。
なお幸福1つを猫の肉球を触った幸せ感と同じものとする」
「バーゲンセールじゃん」
消滅した怪人の最後を見届け、後に落ちて来る彼女をお姫様抱っこで受け止めた。
「きゃっ!すみません」
「別に平気。あっ立てる?」
「はっはい!」
よしと頷くと彼女を降ろし、その場を去ろうと足を進める背中に彼女は慌てて声を掛ける。
「あの、今日はありがとうございました」
「こっちこそティッシュ受け取ってくれて助かった」
「でも私の方が助けられて…だからお礼を…」
「だから百年後で良いって」
「せめて名前を…」
「
それじゃあ達者で!と掛け声を置いて路地裏を後にした。
「社英集…英集くんかぁ…」
鳴り響く鼓動。彼の名前を口にする度に増す胸の感情を両手で押さえる。
熱を増して赤くなる頬をビルの隙間風が撫でた。
彼女は一つ幸せを見つけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます