第7話 忘れられた歌の謎

 土曜の午後、僕は新宿の古本屋「ヴィンテージ・ブックス」に立ち寄った。店の名前は何の傾向も示さないくだらないものだと感じるが、店自体は決して悪くない。古書が所狭しと並べられた店内には、特有の温もりがある。彼女がここでアメリカ文学の本を探していたことを思い出す。特にジャック・ケルアックの「路上」は彼女のお気に入りだった。彼女はその自由と冒険を求める精神に、何か特別なものを感じていたようだ。僕は彼女がよく眺めたであろう棚に向かい、同じ本を手に取る。彼女の視点からそのページを読むことで、彼女の心に少し近づけるかもしれないと思った。


 夕方、僕は彼女が好んで訪れたジャズクラブ「モーニングスター・ジャズ」へと向かう。ここの雰囲気は時代を感じさせる古さがあり、彼女はそんなところを特に気に入っていた。店内に流れるジャズの旋律は、彼女がいつも心を奪われていた曲、ジョン・コルトレーンの「Naima」を彷彿とさせる。バーテンダーに彼女のことを尋ねると、彼女がこの曲が演奏されるたびに、いつも遠くを見つめるかのように心奪われていたと話してくれた。彼女がこの曲に込めた思いや感情を知りたいと思いながら、僕はバーの片隅で一人、その曲を聴く。


 夜、僕は家に戻り、彼女の日記を再び開く。彼女が「路上」についてどのように感じていたか、その深い感想が書かれているページを読む。彼女はこの物語の自由への渇望や、旅の中での発見に深い共感を寄せていた。彼女の言葉からは、自分自身の人生においても同じような自由や発見を求めていたことがうかがえる。彼女の日記には、自分の内面とこの物語との間に見いだした繋がりや、人生における選択と変化についての複雑な思いが綴られていた。


 彼女の日記の中で、僕は「Naima」についての彼女の言及を見つける。彼女は「この曲を聴くと、私の心はどこか別の世界へと旅立つ。まるで風に乗って飛ぶ蝶のように、自由に、そしてどこか憂いを帯びて。」と書いていた。彼女の言葉からは、彼女がこの曲に感じる深い感慨と、彼女自身の内面に抱える複雑な感情が伝わってきた。


 僕は窓の外に広がる夜の街を眺めながら、彼女の消失の謎を考える。彼女の好きだった曲、彼女が愛読していた本、彼女が訪れた場所。これらすべての要素が、彼女が何を求め、何から逃れようとしていたのかを示しているように思える。彼女の日記、彼女が残した言葉、彼女の行動。これらはすべて、彼女の失踪の理由を解き明かす鍵になるかもしれない。

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