暴喰ノ蛮顎

Some/How

第一話.腹を空かせた惡喰と絶体絶命の少女

「ハァ…ハァ……や、やっと終わった……」


 息を切らした少女は、今しがたやっとの思いで倒した小竜に目をやる。


「ふぅ…もう動かないね。素材の剥ぎ取りしちゃおうか」


 そう呟きながら視界の端に浮かぶ端末に目を向けるとズラっと今の狩りへの賞賛が並んでいた。

 

✤コメント欄✤

 :ようやった!!!

 :アイナちゃん、小竜討伐おめ!

 :流石に竜種は強いな

 :下層だと小竜は雑魚魔物の内に入るんだろ……?マジで魔境じゃん


 下層での初戦闘は無事勝利に終わった。

 コメントでも流れた"魔境"とはダンジョンの下層を指す言葉だ。

 ダンジョンは大きく四層に分かれている。

 1番地上に近く、弱い魔物が出現する上層から中層、下層、そして深層と深くなるにつれ出現する魔物は強くなり到達者の数も減る。

 深層に関しては入口まで到達した者も全世界で500人も居ない。

 そして下層到達は探索者として上位陣の仲間入りを意味する。


「ふぅ……とりあえずこんなものかな……うん?」


 魔物の体から爪や牙、皮そして魔核を剥ぎ取った私はふと違和感を覚えた。


 ✤コメント欄✤

 :どうした?

 :何かあったの?


「魔物の気配が少なすぎる……」


 そうなのだ、普通なら魔物の鳴き声や足音等が聞こえ、空を飛ぶ小型のコウモリ魔物等がチラホラと見えるものなのだ。


 ✤コメント欄✤

 :確かに

 :下層に入って早々に小竜と遭遇したから気づかなかった

 :風の音くらいしか聞こえないじゃん

 :なんかめっちゃ不気味……


「ほんと、気味悪いね……どうしよう、中層に戻ってもいいな……いや!それはダンジョン配信者としての名折れ、逃げるのは最終手段!よし、行ってみよー!」


 ✤コメント欄✤

 :ヤバいと思ったらすぐ逃げるんやで

 :流石テイルズのトップ配信者

 :頑張れ!


 応援コメに背中を押されてダンジョン配信者アイナは下層の奥を目指す。


﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 場面は移り下層の最奥付近の階層。


 ぐぅ〜……


 広い空洞にそんな音が響いた。

 音の主はその空間の中央辺りをよろよろと歩く少女だ。


「は、腹が減った……」


 少女は苦悶を顔に浮かべ、鳴り止まない自身の腹部を摩る。


『だから言ったではないか、何も考えずに食い尽くせば後で悔いることになると』


 少女の近くをふよふよと浮遊する掌に収まりそうな程小さな翼蛇は言う。


「仕方なかろう…ここの魔物共では全然腹が膨れんのだ……」


『だからこそペースを考えて食うべきだったのだ、少量で長く食い繋げば弱い空腹感で暫く耐えられたであろうに』


 翼蛇の言葉にバツが悪そうに顔を顰めると、少女は再びフラフラと歩き始める。


五月蝿やかましいぞアギト、過ぎたことをいつまで悔いても意味は無い…まずは我が供物の元への道を示せ」


『全く、龍使いの荒い奴だな主よ。…先程小さな魔物の反応を受け取った、ここよりだいぶ上層だがな』


 そう言いながら蛇は天井を指すような仕草をする。

 上層か、と少女は呟くと胸の前で右の掌を翳す。

 そして静かに呟く。


 「蛮顎アギトよ、武器に変身せよ」


 その言葉に呼応する様に翼蛇の身体から光が溢れる。

 眩い光が収まると少女の手には彼女の身長程ある大鎌が握られていた。


『何をするつもりだ主よ』


「決まっておろう、悠長に一階層ずつ上がるなどアホらしい。この邪魔な天井を食い破り一気に行く」


『そんなことだろうとは思ったが本気か?』


「本気も本気だ、行くぞアギト」


 少女はそう言うと強く地を蹴り大きく跳びあがる。

 天井が眼前に迫ると鎌を大きく振りかぶる。

 

 「喰い荒らせ、世界喰魔ワールドイーター


 彼女が唱えると同時、眼前に迫っていた天井が音も無く

 そして彼女はその大穴を潜り抜けていく。


 そこにはぽっかりと空いた真円が残されていた。



﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏



 再び場面は移り下層の上階部分。


「ハァッ…ハァッ……」


 ダンジョン配信者アイナは岩壁に空いた小さな穴に身を隠し、強い動悸と荒れる息を何とか抑えようと奮闘していた。

 彼女の視線の先には先程何とか討伐した小竜より何倍も巨大な龍が他の魔物と交戦していた。

 その龍が動く度に地震かと思うほどの振動と地鳴りが響く。


「何でこんな所に…古龍が居るの……」


 ✤コメント欄✤

 :古龍って下層でも最奥部か深層にしか出現しないんじゃねぇのかよ!?

 :リアルタイムで古龍見たの初めてだわ……

 :早く逃げよう!!

 :流石に不味い


 先程は簡単に逃げるなど配信者の名折れと言っていたが古龍の相手など出来るはずがない、ここは逃げるが吉だろう、と右の手首に着けた腕輪型の緊急脱出装置に魔力を送る。


 しかし、


「…あ、あれ?」


 ✤コメント欄✤

 :どったの

 :トラブル?


「脱出装置が反応しない……」


 ✤コメント欄✤

 :は!?

 :マジ?

 :嘘でしょ…?


「嘘の方が良かったよ…救援要請……もダメだ、近い階層に誰もいない…どうしよ……」


 「(そもそもなんで脱出装置が反応しないの……?)」


 脱出装置はダンジョン協会から全ての探索者資格を持つ者に配布されるものだ。

 効果としては流した魔力からその探索者個人を特定しダンジョンの入口のポータルへと繋ぎ探索者を外に吐き出す。

 国によってその形状は様々だが効果や使用方法は共通だ。

 つまり探索者の魔力を用いてテレポートの魔法を顕現させる物なのだ。


「魔法そのものが発動しないようになってる…?ということは、まさか……!」


 ハッとしてアイナは古龍の方へと視線を向ける。

 そこには依然と交戦を続ける古龍の姿が。

 その長い尾を一振する度に狼型の魔物が吹き飛ばされている。

 空中を飛び回るコウモリ型の魔物は古龍へと魔法で攻撃する素振りを見せるものの実際は容易く薙ぎ払われてしまっている。


「コウモリの魔物が魔法を撃とうとしてるみたいだけど空撃ちになってるね……あの古龍、魔法無効マジックキャンセル持ちだ」


 ✤コメント欄✤

 :魔法無効とかマジか

 :ウッソだろオイ

 :下層の厄介者フレイムバットが炎魔法撃ててないからマジだな


「…ん?ちょっと待って」


 何か異変を感じたアイナは手元の端末を訝しげに睨む。

 そこにはダンジョンマップが映し出されていた、先程救援要請を出そうと近くの探索者を探そうとしたままだったのだ。

 そのダンジョンマップには探索者の他、迷い込んだ人間や魔物の位置も表示されるようになっている。

 魔物は赤いマーク、人間は青いマークで表示される。

 そして今、人間を表す青いマークがとんでもない速度でアイナのいる地点へ物凄い速度で移動している。


「ずっと下の階層から誰かがここに向かってきてる……」


 ✤コメント欄✤

 :お!救援要請届いたのか!!

 :更に下層からってことは相当強い人かも

 :助けてくれるかな


 急展開に賑わいを見せるコメント欄だが、アイナの不安は拭えずにいた。


「でもこの反応は探索者を示すものじゃない、何かのトラブルで迷い込んだ一般人を示す反応だよ」


 ✤コメント欄✤

 :どゆこと?

 :要は一般人が物凄い勢いで下層から向かってきてるってこと……?

 :意味わからん

 :バグ?


 そんな事を話している間も端末に表示されている青いマークはアイナの居る階層へと迫り続けている。


「もうすぐそこまで来て……!?」


 アイナの言葉が吐き切られるのを待たずに青い点はこの階層へと到着した。

 それと同時、アイナも視聴者も見たことの無い現象が起こった。


 アイナが隠れていた壁際、そのすぐ近くに巨大な穴が音も無く現れたのだ。


そして……


「おいアギトよ、お主が言っておった反応とはコレの事か?」


 銀髪の少女が現れた。

 彼女はアイナを指差し誰かと話す様な口調でそう言った。


『そんなわけないだろう、おれが感知したのは後ろの羽付き蜥蜴の方だ。コレは魔力が矮小過ぎて気付きもしなかったわ』


 どこからともなく低い声色でそんな言葉が響く。


「あ、あの!探索者の方でしょうか!」


 アイナは名も知らぬ銀髪の少女へとそう叫ぶ。

 少女は何やら怪訝そうに眉を顰めると再び誰かと話し始めた。


「え、無視ですか……?」


 すると少女はくるりと背を向け、古龍の元へと飛んで行ってしまった。


「ちょ、そっちには古龍が!!」


 

﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


 

 困惑するアイナをよそに銀髪の少女は一刻も早く飢えを凌ごうと古龍の元へと向かう。


 ぐぅ〜……


 また少女の腹が鳴る。

 

「もうダメだ、このままでは空腹感で狂ってしまう!」


『ここまでの道中で大量の岩石を食ったが足りんか』


「岩土に含まれる魔力ごときで我の腹が膨れるわけなかろう!足りぬ、全く足りぬ!!」


 古龍が眼前まで迫ると少女はその手の大鎌を古龍へと向ける。


「喰らえ、蛮顎アギト


 次の瞬間、彼女の構えた大鎌は古龍を優に超える程の巨大な大顎へと変形した。

 そしてそのまま古龍の胴体へと齧り付いた。


"GAAAAAAAAAAAA!!!!!"


 突然自身を襲う激痛に古龍は暴れ回る。

 しかし大顎は怒る龍など目もくれずその体躯を貪り尽くす。

 そのままゴクリと飲み込んでしまった。


『我が主の糧となるのだ、光栄に咽び泣け羽付き蜥蜴よ』


「久しぶりにまともな物が食えたわ、暫くは持ちそうだ」


 少女は満足そうに言うとふわりと地に足を降ろした。

 そしてアイナの方へと歩を進める。


「それで、アギト。コレは何だ?」


 アイナの目の前へ立った彼女は翼蛇へそう問いかける。


『人間によく似てはいるが、それにしては魔力が弱すぎる』


 物々しい声で翼蛇は言うと、ふよふよとアイナの元へと近寄る。


 「あ、あの……」


 古龍を容易く討伐した銀髪の少女、彼女への恐怖を何とか抑えて、アイナは言葉を吐こうとするもそれを待たずして翼蛇が言う。


『小娘よ、貴様は人間か?』


「へ……?そ、そうですけど……」


『そうか、ではもう一つ聞こう。貴様は我等の敵か?』


「そ、そんなことないです!寧ろ助けて頂きありがとうございました!」


 アイナはそう言うと深く頭を下げ感謝を伝える。

 銀髪の少女はその勢いに気圧されるように一歩後ずさり、頬を引き攣らせる。


「まぁ、良い。それより、この鉄の虫はなんだ?」


 鈴を転がすような、それでいて威厳を含んだ声で彼女は言う。


「え…ドローンを知らないんですか……?」


「ドローン……?こんな一つ目で気味の悪い羽虫等知っててたまるか」


 彼女は吐き捨てるように言うと、「それに、」と言葉を続けた。


「コレを通して数多の視線を感じる、このやつがれをまるで見世物の様に…全くもって気味の悪い代物よ……喰ろうてやろうか」


 その瞬間、アイナをとてつもない殺気が襲う。


「ひっ……」


 アイナは腰を抜かしてしまう。

 立ち上がれずにいるアイナを他所に、少女はドローンを睨みつけている。


『主よ、そう殺気立つな。小娘が腰を抜かしているぞ』


「ふん、まぁ良い。おいお前、名は何だ」


「ア、アイナ…です……」


「そうか、ではアイナよ。やつがれを外へ案内しろ」


『主よ、せめて名乗りの一つでも上げろ』


「ん?あぁ、そういえば名乗ってなかったな。僕の名は……」


"ルベルゼ=グラトニール"

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