第1話

そんな私が異世界に来てしまって、


「ユニったらまた手が止まってるわよ」


ジャガイモ(っぽいこの世界での正式名称はフェベ芋)の皮むきをしてるなんて誰が想像できたでしょう。

しかもピーラーなんていう便利器具は無いからナイフ一本でよ!?


リンゴの皮でさえ満足に剥けない私が!!


リンゴよりもゴツゴツとして凹凸の激しいお芋を!!


無理くね?ほら見てどんどんお芋が小さくなっていく、何なら皮付きの方がおいしそうまであるよ?


「今日はまだ指を切ってないだけ褒めてほしい」

「手を動かしてないんだから切らないのは当たり前じゃない」


私の職場の先輩であるリタが呆れた顔で見てくる。

癖のあるオレンジの髪とそばかすがトレードマーク、歳は私の一つ上。


「ユニが皮を剝いたお芋は芽を取る必要が無いわね」


そう言って「うふふ」と上品に笑うのは、私とリタの指導役のクラエットさん。

銀髪碧眼の美人さん、とある大商会のお嬢様で今の私より六歳年上の十六歳。

御貴族様との結婚が嫌で逃げ出してきたという異色の経歴の持ち主だ。


「クラエットさんがそうやって甘やかすからユニがちっとも進歩しないんです」

「そうは言うけれど、初日に指を深く切っちゃって調理台を食材より先に鮮血で染めたことに比べたら格段の進歩よ?」


そう。因みにその時の痛みやら、血を見たショックやらで前世の記憶なんてものが甦っちゃったんですけどね。

食材の血は気にしないけど人がケガをして出た血で調理する物が汚れるのは縁起が悪いとか何とかで、それ以来私たち三人――――――クラエット班は外で皮むきをやらされている。


二人とも巻き込んでホントごめーぬ。



さて何故に料理音痴にしてお料理貧民である私ことユニ十歳が働いてるのかと言うと、単純に奉公に出てるだけの話でした。

まだまだ幼い私を雇い入れてくれたのが此処、レストラン『ハルバルバート』さんだった。

帝都エッフェンザイムという大都市の貴族街の一等地で営業していて、「帝都に来たらハルバルバートで食事をする」というのがこの国の貴族の一つのステータスになるくらい長年愛され続けている老舗。

そんな老舗のオーナーさんが『マナーもドレスコードも気にせず、気楽にハルバルバートの味を知ってほしい』との意向で平民街の方に出そうとしていた二号店のオープニングスタッフを募集、そこにタイミング良く奉公先を探していた私が意図せず滑り込んでしまい、奉公先として申し分なく(※安定してるの意)場所だからって私の意志や適正なんて考えられもせずに即決採用。

因みにそれを知った時の姉たちからの嫉妬の視線がそりゃもう凄かったのを覚えてる。


うん。大丈夫。解ってるよ。場違い感が凄いだなんてことはね。


せめてその老舗が培ってきた歴史を私が終わらせてしまう事の無いように大人しくしていよう。


――――――とか、採用された当初は思ってたんだけどね。

お店の立ち上げだけに限らず、何か新しい事をしようとする時に人手も時間も足りなくなるのは当たり前の話で、出来る人に任せてサボタージュする余裕なんて何所にもありませんでした。

でも此処の空気感は好きなんだよね。

平民街に出来たお店だから働く人も平民出身の人たちがメインで、誰も彼も『やってやろう!』みたいなエネルギーに溢れてる感じ、私にはちょっと眩しく見えるよ。


「ほら、また手が止まってる!」


だからリタさんや。

もう少し手加減ってものをだね………。


痛ッ!


「大変!すぐにレンブラントさんを呼んでくるわ!」


普段ぽやぽやしてるクラエットさんが血相変えて呼びに行ってくれたのはこの店のホールのチーフさんである人で、治癒魔法が使える人。

私がケガするとレンブラントさんに治癒してもらうのは最早通例になってしまっていた。

前より酷くないし、止血して薬でも塗っておけば良いと思うんだけどなぁ。


衛生管理をしっかりしてると考えるべきか。


切って血が出てる親指をしゃぶって止血、レンブラントさんに「またお前か」って視線に耐えなきゃいけないのかぁ。

あの人目つきが悪くてめちゃくちゃ怖いんだよねぇ。


「ユ、ユニ………あの」


指をちゅぱちゅぱしていると隣で黙り込んでいたリタが泣きそうになっていた。

どういう状況?


「ごめん。私が急がせたから、そのせいでユニが………」


あ~そういう事?


「リタは何も悪くないでしょ?私がぶきっちょ不器用なだけなんだから」


リタは七人兄妹の末っ子で、一つ年下の私にお姉さんぶりたいって気持ちもわからないでもないからね。


「………またお前か」

「ふひいっ!」


底冷えするような声が背後から聞こえてきて変な声が出た。

視線だけじゃ済まなかった、声に出して言っちゃったよ。

うわーめっちゃ睨んでくるぅ………。


「レンブラントさん、ユニもわざとケガしているわけじゃないんですから、そういう言い方は………」

「………失礼。つい声に出てしまいました」


レンブラントさんはクラエットさんに弱い。

クラエットさんは相当な美人さんだからね、お店としては是非ホールで働いてもらって看板娘になってほしい処だったんだろうけど、本人の事情もあってキッチン担当になったっていう経緯がある。

そんな美人のクラエットさんだからレンブラントさんが一目惚れしちゃうのも頷ける話、この店の従業員皆知ってる常識になりつつある。


クラエットさんも気付いてるけど、レンブラントさんが何も言って来ないので知らないふりをしている。

「今はそういうことを考えたくない」というのがクラエットさんの考えみたいだから、私はクラエットさんの考えを支持するまでだ。

レンブラントさんもその辺り考えて告白したいけど何も言わないようにしてるんだろうし、放っておいてもくっつくだろうから外野は何も言わないに限る。



「お前はもうキッチンじゃなくてホールの方に担当を変えてもらった方が良いのかもしれんな」

「そっちはそっちでお皿とか大量に割るけど良いの?」

「わかっているのなら割らない努力をしろ」


治癒魔法で私の指の傷が治ったのを確認してから、レンブラントさんは立ち上がって私の頭を小突いた。

割らない努力って言ったって、ゆっくり運ぶくらいしか対策が思いつかない。


「ユニがあのせわしないホールの中で動き回ってる姿が想像できない」


リタの言う通りホールは忙しない。

お酒とお料理を運ぶだけと思う勿れ、レジなんて物がないから注文と同時にお金が支払われるのでその場で毎回精算しなくちゃいけないし、お客さんが食事を終えたテーブルの後片付け、他にも色々、そして何より大事なのが基本的に愛想よくしてなければいけない。

レストラン『ハルバルバート』(本店)のホールで働くって事はかなり名誉あるお仕事らしくて、二号店であるウチもそれに倣って洗練された精鋭で揃えようとしてるって噂もあるくらいだというのに、私という異物が混入してお店の評判が維持できるとは思えないもの。

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