第2話
今日の会議では山賊対策で揉めた。
スペンサー伯爵がプラトン公爵の案に難癖をつけただけではあるのだが、伯爵の領地は山賊の被害を受けていて公爵の領地は受けていないので仕方がないと言えばその通りだ。
だが、ハーレムでのことで私情が多大に入っているだろうことは否めない態度だった。スペンサー伯爵は普段よりも強気で発言していた。プラトン公爵は妻である公爵夫人の病気が影響しているのかいつもの狸ぶりに陰りがある。見かねたアイラが口を挟み、折衷案が採択されたが会議はギスギスした雰囲気で終わった。
スペンサー伯爵領は小麦の最大の生産地で重要ではあるが、そこだけ優遇するわけにはいかない。
毎回会議でこんなことをやられたら堪らないが、仕方のない犠牲だ。男というのは会議や仕事で争いたがるらしい。女は茶会や夜会で争っているのと同じで。
「仕事が長引いてしまってすまない」
約束の時間から遅れて側室たちとの食事の席につく。ついこの前、側室たちを集めて食事をするなどという狂気じみたことはアイラの誕生日などの行事だけにしようと考えていた。だが、今回はいちいち側室全員に使者を送って聞くのも馬鹿馬鹿しかった。
父の見舞いにいかにも気を遣いましたという側室を何人も連れて行く趣味もないので、個々の反応も重要だ。
ケネスがイスを引いてくれてアイラは座りながら側室たちに謝った。ラモン以外は皆気にしていない表情である。待たされるのが好きではないのであろうラモンのなんと分かりやすいことか。ナイルもイスを引いてくれようとしたようだがケネスの方が動きが早く、一瞬手が空中を彷徨って落ちた。アイラはそれを指摘せず見なかったことにする。
「遅くなってしまったな。さぁ食べよう」
アイラが合図して各々食事をし始めるが、側室たちはお互いちらちら視線を送り合っていて落ち着かない。食事をしてから話をしようと思っていたが、どうやらアイラがわざわざ全員を集めた用件が気になるようだった。なにせ初めての夕食会だ。
「先代国王の見舞いに行くのだが、誰か付いてきたい者はいるか?」
側室たちはまたもやちらちらと顔を見合わせる。そんな中でケネスは真っ先に片手を上げた。
「先代国王陛下にお会いしたいです」
アイラは軽く頷いた。ナイルも手を上げる。
レジェスは放浪していて、ラモンは引きこもっていてほとんど父を見たことがないだろう。ナイルは近衛騎士として、ケネスは元婚約者の家族として会ったことがあるためこの結果は予想できた。
「では、二人でいいか?」
ラモンはそんなことよりも本を読んでいたいという顔をしており、レジェスは母親の調子が良くないため無理強いするつもりはなかった。アイラの意見に反対ばかりする夫は必要ないが、唯々諾々と従うばかりの夫はもっと必要ない。全員連れて行きたいならアイラは一言命令すればいい。
「先代国王陛下はかなりお加減が悪いのですか?」
レジェスがいつもよりも少しばかり暗い表情で聞いてくる。
「今は安定しているが、死ぬ前に文句をきちんと言っておこうと思ってな」
ナイルとラモンの表情は凍り付き、意味が分かっているケネスは笑い、レジェスはおそらくアイラの意図をくみ取って微笑んだ。
側室にかまけて母をないがしろにし始めた頃は父のことがうっすら嫌いな程度だった。
実兄を優遇するのはまだ許せた。だって、同じ母の子供で王太子になる可能性が一番高かったから。
だが、異母兄をアイラよりも優遇したのは許せなかった。
ヒューバートと婚約させてくれたことは感謝している。そして最も許せないのは兄のアルコール依存を隠蔽し、不祥事をなぁなぁにしようとして失敗し、結局はアイラに丸投げしたことだろう。
不祥事で落ちた信頼を取り戻す、尻拭いをさせるのを愛していた異母兄ではなくアイラに平気で放ったことだ。異母兄はどうやら王位が欲しかったようでアイラを襲撃してきたが。
「そなたは母親の加減が心配だろう。恩もない病人に会う必要はない。無理はするな」
「お気遣いありがとうございます」
きっと父に会えば死の香りがするだろう。兄とヒューバートからは生きている間一切しなかった香りが。あれは気力を持っていかれる。
ラモンは気の利いたことが言えるとは限らず、レジェスは余計に傷つくかもしれない。ケネスならその点安心で、ナイルは元騎士で素直なので大丈夫だろう。
じっとりした視線を感じてレジェスに向けていた視線を離すと、ナイルとラモンがこちらを見ていた。
「レジェス様、良ければランブリー領の果物をお見舞いとしてお送りしても?」
「母は果物なら食べるので喜びます」
「公爵邸に届けさせます」
ケネスは見舞いとして果物を贈ることを申し出て、レジェスは笑顔で申し出を受け取っている。
ハーレムはアイラの希望の通りに少しずつではあるが機能しているようだ。アイラは夕食会で微かな手ごたえを感じた。
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