第三章 白いバラ

第1話

「まさか陛下がハーレムをお作りになるとは驚きました」

「陛下のお好みが分かっていれば我が国からも特別な贈り物をご用意しましたのに」


 即位を祝うパーティー会場は、アイラの目や髪のような紫を基調とした落ち着いた装飾。花もすべて紫や白で統一されている。


「困ったな」

「陛下、どうされましたか」


 近隣諸国からの来賓の挨拶を一通り受けてからアイラが呟くとすぐにナタリアが反応する。アイラの後ろには着飾った側室たちも並んでいるので小声での会話になった。もちろん、アイラも普段のズボンとブラウスではなくドレス姿である。


「ナタリアが頑張ってくれたのだなと思ってな」


 ナタリアは唇を引き結んで目だけで嬉しそうにする。器用な表情の作り方だ。


「側室からの愛よりも私の愛が陛下には届いているのですね」

「見れば分かる。ナタリアがしっかり側室たちの手綱を握って導いてくれたことが」

「ふふ。実はダンスの男性パートはいつも練習しているのです、陛下」

「では、ファーストダンスはナタリアと踊るか」

「側室たちに視線だけで殺されそうなので一番はやめておきます。特にケネス様とナイル様が怖いですね」

「それは残念だ」

「陛下、どなたと最初にダンスを……」


 ナタリアの言葉が途中で切れた。アイラもちょうどナタリアから視線を外して前を向いていたのでその意味に気付いた。


 アイラは今日歩き回って挨拶するわけにはいかない。招待客が順に挨拶にやって来るのだ。

 挨拶は一旦落ち着いていたはずだが、周囲の貴族たちがある男女に道を譲っている。アイラは遠目に女性の輝く美しい金髪を捉えて唇を噛みしめたくなった。ひと際会場の視線を集めるその男女は並んでアイラの前までやって来た。


「ルドウィン皇太子殿下、そして……シャーロット皇太子妃殿下。遠路お越しくださりありがとうございます」


 アイラがずっと義姉になる人だと思っていた女性。実兄の婚約者だった、ブライトエント王国一美しいと、白いバラと喩えられた令嬢。彼女を皇太子妃殿下と呼ぶのはとても奇妙な気分だった。


 帝国の皇太子であるルドウィンはアイラの即位に対して祝福を述べながらも視線がアイラの後ろの側室たちに向き、目を細めた。


「陛下が即位されたのなら、ブライトエント王国と帝国の栄えある未来が約束されることだろう」

「そうなるよう誠心誠意努めます」


 ルドウィンはアイラの実兄には厳しかったものの、アイラに何か思うことはないようだ。そもそも、何かあるならわざわざ妻の故郷であっても即位式にやってこないだろう。聞き耳を立てていたブライトエントの貴族たちも強大で格上の帝国に睨まれていないと判断して安心したような雰囲気が流れている。


「しかし、驚いた。女王陛下が側室を設けると聞いた時は」


 ルドウィンの言葉が唐突に切れ、表情がおかしくなりやがて驚きに満たされた。

 まるで、アイラの後ろに幽霊でも見たかのような表情だ。背後に誰かが移動してきたらしく風を感じる。ナタリアかと予想したが、気配が異なっている。これは男性だ。側室の誰かだろうか。


「やぁ、ルド」

「まさか……レジェス? レジェスなのか?」


 アイラが首を動かして振り返る前に声がした。しかもルドウィンはその声に応えている。

 ルドウィンと感動の再会をしている様子であるのは、レジェス・プラトンだった。同姓同名ではなく、アイラの側室であるレジェスだ。ゆっくり振り返ったアイラの目に映るレジェスは相変わらずニコニコヘラヘラ笑っているが、意外と弁えているようでアイラよりも前に出ることはない。


「そうだよ。久しぶり」

「どうしてここにいるんだ? あ、いやこの質問は野暮だな。一体何年振りだろうか」


 一体どういうことなのか。この二人はどこで知り合ったのか。そもそも、レジェス。何だその軽々しい挨拶は。

 レジェスは以前帝国に訪れたことがあると話していたが……放浪していたのにどうやって帝国の皇太子、いやあの当時ならまだ皇子と出会うのだろうか。予想もしていない事態に頭が痛くなりそうだった。


 アイラは今すぐレジェスの首をひっつかんで問い詰めたかったが、アイラは女王である。そんなことはできないのですべて承知しているかのように平静を装い、何ならレジェスを見て少しの笑みまで浮かべておいた。


「シャーロット妃殿下はお変わりないでしょうか」


 ルドウィンの意識がシャーロットからレジェスに完全に移っているので、アイラは義姉になる予定だった懐かしい相手に声をかけた。

 彼女の美しい青い目がアイラを捉える。彼女の目の中にも明らかにアイラに向けられた懐かしさを感じ取って、再び唇を噛みしめたくなった。


 実兄であるベアテルの自殺後、ルドウィンの求婚により詫びのように帝国に差し出されたシャーロット。あの時、王女だったアイラは何もできなかった。そう、何も。

 ルドウィンはシャーロット以外の妃を迎えていない。先ほどこちらに歩いてきた様子を見ただけでも分かる。ルドウィンはシャーロットを深く愛しているらしい。いつからかは知らないが。


 ルドウィンは欲しいものをしっかりと手に入れた。一方アイラは即位したものの、実兄もヒューバートもいない。アイラが欲しかったものはたった一つでさえ手から零れ落ち、残ったのは素晴らしい部下たちと信用できない数だけの側室だけだった。


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