第9話
「陛下は即位されてからは威厳のある振る舞いを心がけていらっしゃいますが、王女時代はとても活発で気さくで面白い方でした」
「そのくらいのことは存じております。そんな陛下の護衛をしたい騎士は山ほどおりましたから」
「ナイル様は元近衛騎士でしたね。しかし、陛下のプライベートのすべてを知っているわけではないでしょう」
「婚約者だったヒューバート様の弟だからと陛下のすべてを知っているかのような発言はいかがなものかと思います」
ナタリアはこの舌戦に自分も前のめりで参加すべきかどうか悩んだ。
殺された婚約者の弟VS陛下を庇った元近衛騎士VS幼馴染で最側近の秘書官。うん、いい。いいかもしれない。アイラのことを聞かれればダントツでナタリアは勝つ自信がある。好きな物、好きな色、好きな男のタイプ、今一番頭を悩ませていること、浮かべる表情の意味。だが、目の前のこの二人の側室に教えるのは癪だ。いくら金を積まれても買収されてやらない。
今はそんなことよりも早く即位式の方向性を決めて欲しい。ナイルとケネスの打ち合わせという名のマウント合戦を見ながらナタリアは紅茶を口に含んだ。
陛下は山賊対策でお忙しいのだから、その他のことはサクサクと片付けたいのに。この二人の男といったら。
「陛下は兄に青を着せることを好んでおりました。陛下も空色はお好きでしょうから会場にメインで使うのはこのお色がいいでしょう。飾りの花も豪華に」
「そうでしょうか。先代国王陛下のお加減が悪い時にそのように華やかな装飾をすれば陛下に要らぬ批判をする者もいるでしょう。異母兄のルキウス殿下も亡くなられたばかりです。あちらの派閥を刺激しないためにも大人しい色にすべきです」
「陛下の即位式は一度しかありません。亡くなった政敵や陛下をないがしろにした先代陛下にまで配慮する必要性がありますか」
「陛下にこれ以上無駄な誹りがいかないようにするのも我々側室の務めだと思いますが」
二人とも意外とまともな発言だがお互い一切歩み寄らないので着地点がない。
ふむ、ナタリアがここで蹴りのような一撃を入れるべきだろうか。別に陛下は空色がお好きではない。ヒューバート様が空色の目をお持ちだったから好きであるだけだ。そんなことを言いたくなる。
というかこの二人、ハーレムでチェスをしたりお茶会をしたりしているのではなかったか。それなのにこのバチバチ具合。もしかして、レジェス・プラトンがうまく仲裁していたのか。
「ケネス様は陛下をお慕いしているから側室になったのですか」
おい、話がなぜ急にズレる。興味はあるが。
「側室が陛下を愛するのは当たり前でしょう」
「ケネス様はそのようには見えません。私には分かります」
「なぜナイル様が私の心の内を分かるのでしょう?」
「私は陛下を常に目で追っているから分かります。あなたが陛下を目で追っていないことは」
「陛下を目で追っていないから私は陛下をお慕いしていないと? 陛下を目で追う者など星の数ほどいるでしょう。私は陛下のお姿を目で追わなくとも陛下の心に寄り添うことができます」
ナタリアはうっかりインク壺を投げたくなった。この男、傲慢が過ぎる。
「ナイル様に分かるのですか? 愛する者を亡くした陛下の気持ちが」
「陛下の心は陛下にしか分かりません。陛下だけのものです」
「ではナイル様。私の心も私だけのものです。先ほど陛下を慕っていないように見えるとおっしゃいましたが、その発言を撤回してください」
ナタリアはちょっとだけ面白くなった。ナイルがここで謝れば、ここから先はケネスが有利になる。陛下のために怪我も厭わないほどの元騎士はどうするのだろうか。
「いいえ、撤回はしません。やはり、ケネス様がハーレムに入ったのは別の目的があるのではないのですか」
ほほぉ。ナタリアは息を詰めた。女同士のキャットファイトも面白いが、男同士でも面白いとは。
「ナイル様は大変純粋でいらっしゃる。ハーレムの男たちが皆、陛下をお慕いしているというただ一点のみで集まったとでも? 王配を狙う者、派閥での発言力を高めようとする者、陛下との間に子供をもうけて高貴な身分を手に入れようとする者だっているに決まっているではないですか」
「ケネス様はそのどれでもないように見えます」
ナタリアから見れば、ケネス・ランブリーはにこやかであるものの腹黒そうな一言多い男だった。ナイル・コールマンは素直でまっすぐで陛下のことだけを考えている無駄に一途な男。舌戦では圧倒的にケネスが上であるはずなのに、陛下が絡むとナイルはやけに突っかかって鋭い。
ナタリアは息を吐くと、パンパンと手を叩いた。二人の側室が今更存在を思い出したかのようにナタリアを見る。
「即位式には帝国からもお客様がいらっしゃいます。恐らく、皇太子殿下と妃殿下が。それを念頭に置いて決める必要がございます」
「……では、シャーロット様が……」
「そうです。帝国関係者を呼ばないという選択肢はわが国にはございません。ベアテル元王太子殿下のやらかしを寛大にも許していただいたのですから」
「その代わり、ベアテル元王太子殿下の婚約者だったシャーロット様をあちらは要求されたではないですか」
「その言い方は少し語弊がございます」
ナタリアはケネスを少し睨んだ。ケネスはやれやれとばかりに両手を上げる。
「陛下の実兄であるベアテル元王太子殿下が亡くなった後、皇太子殿下はシャーロット様に求婚なさったではないですか。ベアテル元王太子殿下が自殺なさったのは皇太子殿下のせいではありませんが、皇太子殿下の件が発端です。シャーロット様は陛下ほどではないですが大変美しい方です。皇太子殿下はなんとも面の皮が厚いことで」
「ケネス様、そのような態度はくれぐれも皇太子ご夫妻の前ではなさらないでください」
「その位は弁えています。きっとあちらも私のことを知ったら同様に思っていることでしょう。兄の婚約者だった陛下のところに側室志願した物好きだと。もしかしたら横恋慕していたのではないかと」
ナタリアは注意深くケネスを観察した。ケネスも面白そうにナタリアを見つめ返す。
「私は皇太子殿下がシャーロット様欲しさにベアテル元王太子殿下を自殺に追い込んだと見ています」
「ケネス様。そのような憶測は軽率に口になさらないでください」
「あんなことがなければ、陛下も兄も傷つかなかったのに? 私には誰かを非難する権利もございませんか?」
「権利だのなんだのの前に陛下の障害になるようなら、私はどのような方でも容赦はしません」
「最側近のナタリア様にも陛下にも立てつく気はありませんよ」
ナイルはこの言い争い中、目を細めてケネスを見ていた。ナタリアはもう一度仕切り直す。
「では、我々の陛下のために即位式の準備を続けましょう」
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