枯れゆくもの 芽吹くもの
仕事を終え、くたくたになりながら自宅に帰った沙羅は、新婚時代に誠と選んだモンステラが枯れているのに気づいた。
最近調子が悪いので、気を付けていたがもう駄目そうだ。根本からダメになっている。
──仕事に夢中で自分の家の植物の状態に気づかないなんて。
二人で小さな鉢植えだったそれを、愛情を込めて育ててきた。葉には枯れた部分が目立ち始め、結婚生活が抱える問題を象徴しているように思えた。
夕飯はいらないという誠の連絡を受け、一人で食事を食べ終わると、真帆から電話があった。
「どうしたの? こんな時間にめずらしい」
「沙羅。聞いて。私たちもうダメかもしれない」
「なにかあったの?」
聞くと、会社の取引先の男性に誘われ、何度か食事に行き、関係をもったわけではないが、久々のときめきに浮かれていたら旦那さんの知るところになったのだという。
「食事だけなんでしょ?」
「うん。でもさ、正直好きになりかけてた。見つからなかったら不倫してたと思う」
その言葉に沙羅はショックを受ける。真帆のところは子供ができても仲睦まじく、いつでも夫婦で協力しあっているように見えたからだ。
そういう自分も誠がいながら、辻村のことばかり考えている。
誠への疑惑は、否定されたことで夫婦の間ではなかったことになっていた。誠は仕事がかなりきつい時期なようで、母が倒れたこともあり、沙羅も追求する気力もなかった。
「辛い時、優しい言葉をかけてくれるほうに頼りたくなるのが人間じゃない? 旦那なんて最近話も聞いてくれないし」
真帆の言葉にどきりとする。
「でも家族じゃないから、いいところだけ見えるんじゃないの?」
──私もきっと優しくされたから辻村さんに惹かれてるだけ。けどそんなものに流されちゃだめなんだ。
自分に言い聞かせるように真帆を諭す。
「真帆は旦那さんのこと、大事なんでしょ?」
「うん。でも家族だからさ、男としては見れなくなっちゃって」
「そういうもの?」
「そうだよ。沙羅はないの? 他の人にくらっときたこと」
「ないよ」
嘘をついた。辻村の顔が浮かび、それをかき消した。
「旦那はさ、私にそういう隙を作らせた自分も悪いから反省するって」
「いい旦那さんだね」
「……沙羅に話してすっきりした。ちゃんと謝ってやり直すよ。ありがとう」
「なにもなかったなら、きちんと話せばやり直せるよ」
「うん。謝る。ただ日常に飽きて恋愛ごっこしたかっただけなんだと思う。しっかりしなきゃ」
落ち込む真帆をなだめて、自分たち夫婦のことを考える。
人間だから心が揺れることもあるだろう。ほかの人に心をかき乱されることも。けれど真帆のところは、過ちを犯す前に話し合ったから、きっとやり直せると思う。
けれども一度死んでしまった愛はもう戻らないのではないか。
すっかり枯れたモンステラが目に入る。
残った問題は認めるか認めないか、それだけだ。
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