幸せはどこか物足りない 麗香視点
「うわぁ。すっごい大きいダイアモンド!」
後輩が麗香のしている婚約指輪を見て声を上げる。
──当然よ。これまで私が頑張ってきた成果なんだから。
皆川の両親にも会い、正式に婚約して会社にも結婚すると報告した。仕事はやめてもいいし、好きにしたらいいと言ってくれる。子供ができたらまた考えればいいとも。
皆川の家は思ったよりもかなり裕福で、都内に複数土地をもつ地主だった。
結婚後に住むマンションの頭金を相当額出してくれるという。
男性としては頼りないところもある年下の皆川に、物足りないと思うこともあるけれど、結婚相手としては最適だと思うようになった。
実家の両親も喜んでくれた。
婚約指輪に結婚指輪、それから式場選びと新居のマンションまで選ぶこと考えなくてはならないことが多い。
どれも楽しくて、今までの鬱屈した日々が嘘のようだった。
誠と不倫していた頃は、周りに言えなくて辛かった。
それでも頑張って耐えたから今の幸せがある。
「新居は決まったんですか?」
「港区のマンションでいくつかいいのがあって迷い中」
若い夫婦が買える値段ではないが、皆川の両親の援助があるので、高級なタワーマンションも視野に入れることができる。
「先輩。すごい勝ち組じゃないですか。羨ましい」
「でもドレス選んだりマンション内見に行ったり、休む暇もないよ。結婚準備って大変」
「贅沢な悩み~!」
実際、気分は上々だ。ひとつ不満があるとすれば夜の相性はあまりよろしくない。
「そういえば、最近泉課長元気なくないですか?」
「そう? 気づかなかった」
最近大きな仕事を逃して、きつい状況なのは知っていた。奥さんには仕事の愚痴は言えないのだ、話してもわからないからと以前言っていた。一緒に仕事をしている麗香だからわかってもらえるのだと。
30半ばともなると仕事の責任も重くなるし、疲れが出る頃だ。けれど、自分と別れたことが原因だろうと思った。
麗香自身は今絶好調だが、誠は絶不調なようだ。
──少し責任感じるから、誘ってみるかな。
一応別れはしたが、結婚するまでは時々なら会ってもいいと思い始めていた。皆川と交際後も関係を持ったが、まだ独身だしと自分に言い訳をする。
誠実な男に退屈さを感じてしまうのはなぜだろう。誠と寝るのは楽しかった。
足りないものを別の人で埋める。ずるいようだが、それでうまくいく関係もある。
残業中、人がいないのを見計らって、誠に声をかけた。
「泉さん。顔色悪いですよ」
「ちょっと妻の母が倒れてね。仕事も結果出さなきゃいけないし」
──なんだ。私と別れたからじゃないんだ。
途端につまらなくなる。だが、義母が倒れただけとは思えない。
「じゃぁ、奥さん支えなきゃですね」
「いや……それが最近うまくいかなくて」
「どうして?」
「……色々思うことがあったようだ」
もしかして家庭がうまくいっていないのかもしれない。妻に物足りないからこそ、麗香に手を出していたのだから。
「へぇ。ちゃんと大切にしないからですよ」
しれっと言ってやる。普段いかにも愛妻家ですみたいな顔をして、同僚に妻の話をしてたのに裏では麗香にも手を出していた。
「してきたつもりだけど」
「誰かに優しくして貰わないと、人に優しくするって難しいんです。私今満たされてるから、おすそ分けしましょうか?」
弱っている誠を見て魔が差したのかもしれない。
誠が麗香をちらりと見る。弱った誠に情をかけてやるだけの余裕が今の麗香にはある。皆川のことが頭をよぎったが、まだ自分は独身なのだ。
──あと少しだけ遊ぶくらいいいよね。
結婚したらさすがに不倫はしない。だからあと少しだけ独身を満喫してもいい気がしてきた。
自分のデスクに戻り、かつて逢引していたホテル名を誠にメッセージする。
[そういうことはもうしないつもりだった]
すぐに返信が来る。今さらいい夫に戻るつもりかと思った矢先、再びメッセージが来る。
[けど今はちょっと正直しんどいから、麗香ちゃんに優しさをわけてもらうことにする]
ふふ、と笑う。まだ結婚したわけじゃない。だからもう少し自由に遊んでもバチは当たらないと思い、会社を別々に出て待ち合わせのホテルへと向かった。
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