新しい恋 麗香視点
結婚式で知り合った皆川とお試しで付き合いだして1か月。学生時代なら見向きもしなかったタイプだが、結婚相手としてはまずまずだろうという結論に達した。
安定した職業に、穏やかな性格。家庭環境にも問題はなさそうだし、話を聞く限り両親もまともそうだ。
「皆川くんはさ、どんな結婚をしたい?」
自分のほうが溺れている恋ならこんなことは聞けないが、今は麗香が追われる側なので気軽に尋ねられる。
「お互い誠実で、尊重しあえる関係かな」
模範解答ではあるが、いささか具体性に欠け、面白みがない。でも真面目な皆川らしい。
「へぇ。浮気とかしなそうだものね。皆川くん。子育てもちゃんとしそう」
「当たり前だよ。結婚した相手を不幸にしたら、自分も不幸になる」
「……そうかもね」
皆川と付き合ったことは、誠に報告したがまだ関係は続いている。誠が別れたがっている気配を感じていたが、嫉妬しているのは手に取るようにわかった。
なんでもないふうを装いつつ、プライドが傷つけられているのだろう。
──男のプライドなんか下らない。
そうは思うが、悪い気はしなかった。
麗香は誠の一番ではないが、自分が一番でなくなるのは面白くないらしい。
皆川が現れたことで誠と麗香の気持ちの天秤が傾き、少し心地よい。
遊びのつもりでも、既婚者との恋愛は、一種の自傷行為のようなものだ。自分には帰る家庭がないのが悔しかった。
──私と同じように嫉妬して、傷ついてほしい。
その歪んだ願いが叶った瞬間だった。遊ばれているということへの報復に近いかもしれない。好きだし、憎い。誠への想いは複雑で、まだ未練もある。
一時は追いつめられて、誠の妻のパート先に行ってしまった。このままではまずいと思った時に皆川に想いを寄せられて、失った自尊心を取り戻した。
誠は奥さんにバレないよううまく気持ちを切り替え楽しんでいた。正直に生きれば幸せかというと、それは違うと思う。
自分は貧乏くじだけは引きたくない。
結婚がきちんと決まったら誠とはただの上司と部下に戻るつもりだ。
少々ずるいところは見え隠れしたが、誠と過ごした日々は楽しかった。
だが、そろそろ現実に戻らなくてはいけない。
「今って、共働きが当たり前だけど、皆川くんはどうしたい?」
「麗香さんの意思を尊重したい。子供ができたら、体の負担とかもあるし理想通りにはいかないから、どうなってもいいように自分がしっかり稼ぐつもり」
最近離婚した同僚は、育休中も夫と生活費は折半なのに、家事育児は全て自分でやっていて、嫌になったと言っていた。
確かにそれなら結婚しても女の負担が増えるだけだと心底同情した。
「妊娠中や出産後は、同じようには働けないけど、そういうのわからない男性もいるみたい」
その話をすると、皆川は嫌悪感を露わにした。
「平等をはき違えてるよ、それは。離婚されて当然だ」
皆川は真面目で正義感が強い。そして麗香が望む言葉をくれる。誠で満たされなかった部分を満たしてくれそうな気がした。
「私はお互い足りないところを補えるような関係でいたい」
そう言うと、皆川は力強く頷いて、麗香の手を取った。3度目のデートで、皆川と寝たが、満足はできなかった。
回数を重ねて、だんだん相性がよくなることもあるし、そこまで深刻に考えてはいないが、つまらなく思う自分もいた。
──完璧な人はいないから、仕方ない。
皆川の結婚願望は強く、交際するとはつまり結婚を前提にということで、話が早い。
「来週の土曜日も会える?」
「ごめんね。来週はもうすぐ結婚する友達と旅行に行くの。結婚したらなかなか友達と旅行とか行けないし」
あらかじめ用意しておいた嘘をぺらぺらと話す。
旅行に行く本当の相手は誠だった。提案したのは誠だ。二人で最後にいい思い出を作ろうという話になった。
実質お別れ旅行だから、皆川を裏切っているつもりはない。それなりに続いた仲だからけじめをつけるだけだ。
今まで土日だって会うことを渋り、泊まりなんてありえなかったのに、失うとわかったら勝手なものだと思いつつ、そんな男をかわいいとも思う。
皆川には申し訳ないが、最後だからお別れとはいえ旅行は楽しみたい。誠には、やはり皆川にはない大人の余裕があり、それが魅力だった。
情も未練もある。
「そうか……。一緒に指輪を見に行こうと思ったんだけど」
「再来週なら大丈夫。楽しみにしてる」
婚約指輪のことだ。
気の早い皆川は、麗香に好きなジュエリーブランドを聞いてきた。あまり散財せずに貯金をしてきたから、好きなのを選んでいいと言われ、心が浮き立つ。
芸能人御用達の一流ブランドの名をあげても、皆川は快諾した。こういうことで愛情を示せる男はいい男だと思う。
金額の多寡で、気持ちが計れることもあるのだ。大事なイベントをケチられたら、好きな気持ちだって萎えてしまう。
「友達は大事にしないとね。僕は結婚してから麗香が友達と旅行に行っても大丈夫だよ」
「ありがとう。私、とってもいい人見つけちゃったかも」
皆川の肩にもたれ、麗香はうっとりと呟く。
「今日、部屋来る?」
「うん。泊まる」
あまり女性経験が派手でなかったと思われる皆川は、すでに麗香に夢中だった。自分に夢中な男の瞳を見るのは良い。下手な美容液よりずっと女を美しくしてくれると思う。
誠との旅行から帰ったら、しっかり別れて皆川との結婚話を具体的に進めるつもりだ。
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