それぞれの転機

 後日、沙羅が仕事を終えたあと、辻村がやってきた。


「実は、本店のほうで働いてもらえないかと思って。オープンして一年経つから、少し内装もリニューアルして変化をつけたいんだ」


 その言葉に驚いた。正社員でもない沙羅にそんな大事な仕事を任せるなんて、ありえない。以前インテリアコーディネーターとして働いていた時、起業案件で店舗などのインテリアを考える仕事はしたが、辻村の店とは違う。


「以前、君が手かけた案件を見たんだけど、素晴らしかった」

「そんな……私一人でした仕事でもありませんし」

「今の店舗でも色々うまくやってくれてるって聞いてる」


 そうなのだろか。本当なら嬉しい。


「少し家から遠くなるけど、賃金は上げるつもり。俺も時々顔を出すから、サポートするし」


 今までほとんど顔を合わせることがなかった辻村と、これからは会うことが増える──その事実は沙羅を不安にさせた。


「どうした? なにか不安? やっぱり家事とかもあるし厳しいかな」

「いえ……やります。やらせてください」


 もうあの一人ぼっちの空虚な日々に戻るのは嫌だ。

ただ、辻村に再び惹かれ始めている自分の心が怖かった。


 

☆麗香 友人の結婚式


 同じ部署の後輩の結婚式のあとのメンタルはさんざんだった。

 美しいドレスに身を包んだ後輩は、いつもの何倍も輝いていた。今まで別々に生きてきた二人がこれから新しい家庭を築くための祝いの席だ。

 容姿も学歴も、自分より下だと心の下で見下していた後輩が、商社マンと結婚した。結婚後は彼の海外赴任についていくのだという。


 式の最中お祝いの言葉をかけにいくと、


「先輩も独身の良い人が早く見つかるといいですね」


 小声で言われ、張り付けていた笑顔がひきつった。


 ──この子、気づいてたのね。


 誠と麗香の関係はもちろん周囲にばれないようにしている。だが関係をもった男女の独特の雰囲気は、わかる人にはわかるし、どこかで目撃されたのかもしれない。

 わざわざ気づいていると今匂わせる後輩への怒りで、シャンパンでも頭からかけてやりたいほどの怒りに駆られた。

 もちろんそんなことはしないけれど、麗香の中で取るに足らない存在だった後輩が明確な敵に変わった瞬間だった。


 同じ会社ということで、誠も呼ばれている。時々ちらりと見たが、麗香を気にする様子はない。まぁ当然だが、会社では匂わせたりすることはできない。

 ベッドでは普段出さない甘い声で囁き合うのに、知らんふりするしかない。

 

 皆に祝福される新郎新婦とのあまりの違いに、心の中が真っ黒になっていく。


 最近ではことあるごとに、誠は妻の話や麗香の結婚の話をしてくる。

 まるで、本気になるなと釘を刺されているようだった。


 ──嫌い。嫌い。みんな嫌い。

 

 誠も、自分も大嫌いだ。誠の妻への愛なんて嘘っぱちだ。本当に大切なら、裏切るはずがない。偽善者の薄っぺらい人間。


 必死に誠を否定する。寂しさは埋まらないどころか、どんどん深くなっていく。

 

「帰るんですか?」


 二次会は断ろうかなと思っていた最中、式で同じテーブルにいた男性に声をかけられた。


「少し疲れてしまって」

「女性はヒールやらドレスを着てるからね。荷物持ってあげるから、少しだけ行きませんか?」


 いかにも真面目そうな男性で、勇気を出して声をかけたというのが伝わったのがよかった。近くにいた誠がこちらを見ているのに気づく。


 ──たまには嫉妬したらいい。私は会うたびに、奥さんのところへ帰してるし。


 誠の視線を感じながら、男性──皆川と名乗った──と一緒に二次会会場へと向かう。

 途中、スマートフォンに誠からメッセージが来た。


[大丈夫? 知らない男に声かけられてたけど]


 ──私の婚活を応援してるとか言いながら、いざとなったら面白くないんだろうな。


 誠の勝手さに呆れつつ、ほのかな優越感を覚える。返事はせず麗香はスマートフォンをバッグへとしまった。


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