その頃、夫は
麗香と昼間からデートするのは初めてだった。麗香が好きそうな人気のフレンチを予約し、一緒に食事をする。
「これ、プレゼント」
「あ、これこの前広告で見かけた。部屋にあるだけでテンション上がりそう」
沙羅ならつけないようなブランドの香水をプレゼントすると麗香は喜んだ。
評判の店やらブランド物で喜ぶ女はわかりやすくて、扱いやすい。
少し値が張ったが、沙羅はあまりお金の使い道をうるさくチェックするわけではないし、生活費を多めに渡して残りは自分で管理していたから、ばれることもない。
未来がない関係だからこそ、互いをいい気分にさせるための努力が苦痛にならない。そういうところが麗香といるメリットだった。
さりげなく会社でも誠の業績を上げるためのフォローもしてくれる。
とはいえ、父親の不倫がトラウマの沙羅には絶対知られてはならない。
潮時だと思いつつ、心地よい関係は抜け出すのが難しい。
「今日、土曜日だから、会えないかと思った」
「ま、たまにはね。仕事でも世話になってるし」
「そうそう、この前田中君のミス挽回したの私なんですよ。放っておいたらかなり損害が出たと思うんです」
「麗香ちゃんは優秀だからね。ずっと仕事したほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「人には向き不向きがあるんだよ」
麗香が早くいい相手でも見つけてくらたら区切りもつけやすいのだが、なかなか条件に合う男性がいないらしい。
──沙羅は人に条件なんか求めないだろうな。
そんなことを思うが、麗香には麗香のいいところがあった。誠を誉め、認め、立ててくれる。それが一時の打算ゆえであっても、今の自分に必要なものだった。
スマートフォンに沙羅からメッセージが入っている。
[今忙しい?]
[うん。なにかあった? 夜には帰るよ]
[そう。忙しいなら大丈夫]
大した用事ではないようで、それきりメッセージは来なかった。
早めに帰るつもりだったが、麗香に部屋に誘われ、誘惑に負けた。
つい眠ってしまい、気づいたのが午前3時。さすがにまずいとタクシーで家路に急いだが、沙羅は寝ていた。
珍しく部屋が雑然としているから疲れているのかもしれない。几帳面な性格で、やり残した家事があると落ち着かないらしく、いつも家は整然としていて心地よかった。
──もう少しあっちでゆっくりしてもよかったかな。
連絡なく午前様になることはこれまでもあったが、沙羅は特段不満を言わなかった。もとから鷹揚な性格で、同僚の妻と比べても誠を信頼し自由にさせてくれる。
結婚した時は、こんなことをするとは自分でも思わなかった。沙羅を大事に思う気持ちがなくなったわけではない。
──そろそろ不妊治療も真剣に考えて、沙羅と向き合おう。
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