5分30秒の自殺
天使の焼き菓子
5分30秒の自殺
タバコ1本で寿命が5分縮まるというのは有名な話だと思う。
しかし実際のところ、5分ではなく5分30秒らしい。
たかが30秒、されど30秒。
この5分と30秒の積み重なりがどれほどになったから、貴方は今ここにいないのだろうか。
*
タバコが嫌いだ。
特別な理由は無いが、家族に吸う人がいなかったせいか、身体に悪いせいか、煙たいせいか、臭いのせいか、はたまたその全てのせいか。
とにかく、タバコが嫌いだった。
バイト先にカッコイイ美人の先輩がいた。
サッパリしているようで情がある、とても好きな先輩だった。
先輩はバイト終わり、毎日きっかり1本だけタバコを吸う。
その姿がどうにも切ないから、私はつい、聞いてしまった。
「先輩はどうして、タバコを吸っているんですか?」
「…フフ、自殺だよ」
「え?」
どこかイタズラに微笑んで、先輩は答えた。
「5分30秒。タバコ1本で縮まる寿命の時間」
「…5分じゃないんですか?」
「いいや、正確なところは5分30秒なんだよ。でも、成人した日から80年間毎日1本吸った所で、約100日ちょいにしかならない」
「……」
「も~、そんな顔しない。どこかのワニも100日後には死ぬんだから」
「…それ何か関係あります?」
「んー…ないね。ごめん、適当言った」
アハハと笑ってからタバコの火を消した先輩は、それじゃあまたねと手を振って帰ってしまった。
それから12年後、先輩は齢38にして息を引き取った。
肺癌だったそうだ。
先輩の静かな1本の自殺は無事、実を結んでしまった。
先輩の四十九日が終わって、年が明けて、春が過ぎて。
いつのまにか先輩の銘柄は、私の銘柄になっていた。
*
僕の仕事先には、カッコイイ美人の先輩がいる。
一見、仕事が出来てサッパリしているキャリアウーマンのように見えて、実はノリが良く面倒見も良い姉御肌な人だ。
そして僕はその先輩のことが、少し気になっていたりする。
先輩はバイト終わり、毎日きっかり2本だけタバコを吸う。
その姿がどうにも切なく見えて、僕は思わず聞いてしまった。
「先輩はどうしてタバコを吸うんですか?」
先輩は僕の質問を聞くと、少しキョトンとしたような顔をしてから、フフと笑った。
「後追い、かな」
「え」
「この世で最も静かな自殺だよ」
穏やかな笑みで、どこか遠くを見ながら先輩は答えた。
「 5分30秒。タバコ1本で縮まる寿命の時間」
「…5分じゃないんですか?」
僕がそう答えると、先輩は少し目を見開いて、吹き出した。
「え、あの、え」
「はー、ごめんごめん。いやね、実は正確な所は5分30秒なんだって。でも、成人した日から80年間毎日2本吸った所で、約200日ちょいにしかならないの」
僕は、何も言えなかった。
「アッハハ、まぁ、そうなるよね。でもそんな顔しないで。どこかのワニも100日後には死ぬんだから」
「…関係なくないですか?それ」
「うん、ないね」
アハハと笑ってからタバコの火を消した先輩は、それじゃあまたねと手を振って帰ってしまった。
*
あの時、どうしてと聞いていたら、何か変わっただろうか。
5分30秒の命の銘柄は、切ない貴方の薫りがする。
5分30秒の自殺 天使の焼き菓子 @seiran-3
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