第2話 カワイイの原動力
あれからと言うもの、この前一緒に学校を抜け出した彼の姿を見ないまま蛍は、普段なら一日中解いている大学の計算ドリルをほったらかし、ぼけーっとベットへと身を任せて土日を過ごしていた。
そして月曜日。
いつものうるさい目覚ましが聞こえる前に、蛍は目を覚ました。
学校へ行く準備もいつもより1時間早く終わらせ、ぶらぶら通学路を歩いていた。
すっかり暖かくなった空気は、本格的に夏の訪れを感じさせる。
思いきり息を吸うと、青々しい若木の爽やかな香りが鼻を抜ける。
そう言えば、葉っぱが緑なのは葉っぱが太陽が発する光の色を緑だけ跳ね返すから……?
蛍が7歳の頃通ってた化学クラブの先生が、そんなことを言っていた気がした。
「蛍、おはよ」
「んー……?じゃあ赤い葉っぱは赤の光だけを反射してるから赤いのかな?」
「はは、相変わらずあんたは……」
「これ、聞こえてないんじゃないかな?」
「大丈夫。聞こえてないというか聞いてないの」
「さっすが、長く一緒にいると分かるんだね、そういうの」
「あ、りーちゃん!いつの間に?あ、髪の毛切ったでしょ!」
そこにいたのは、2人の女子生徒だった。
その中でも、会話と言っていいか分からないかけ合いにも動じないこの少女は、神崎りの。
蛍の幼馴染で、唯一の親友。
「そう、昨日切ったの。いつも思うけどよく見てるよね」
「りーちゃんのサラサラの髪の毛、大好きだからねー」
「小さい頃、可愛くしてあげるとか言って私の髪いじってボサボサにしたの誰だっけ?」
「懐かしいねー!あれ、結構可愛くできたと思うんだけどなぁ……」
「何それウケるー!」
りのは昔から蛍と違ってしっかりしていて、現在進行形で家でも学校でも、いわば変人蛍のお世話係である。
「あんた昨日、また学校脱走したでしょ。私てっきり休みかと思った。脱走するなら連絡してよね」
「だって、この前スマホなくしちゃったんだもん」
「脱走は否定しないの、りのちんツンデレ」
「……うるさい」
りのに茶々を入れるこの少女は、萌木結衣。
小柄で可愛らしい顔つきで、派手な格好を好み、誰とでも仲良く話せるクラスの人気者の結衣。
そんな結衣が唯一仲良く話せない人物、それが蛍である。
「で、どう?蛍とは。話せそうなの?」
「うーん、無理かな。話したくても全然会話にならないから……」
「あの子はそういう子だから」
「ほんと、せっかく協力してもらってるのにごめんよー」
「別にいいよ。でも、そこまでして蛍と仲良くなりたい理由って?」
「理由はシンプルだよ。だって超カワイイから!」
「あっそう……」
二人から離れて何か言いながらぐるぐると回っている蛍を横目に、結衣は蛍と仲良くなるための作戦を立てていた。
良くも悪くも言動が読めない蛍のことなので、2人は長期戦になることを予想していた。
ところが、3時間目の終わりに、その予想はいい意味で裏切られた。
「ねえ、よ、よかったら……来週の土曜日にある花火大会、一緒に行かない?」
時期的には少し早いが、毎年この地域で行われる花火大会があった。
移動教室でたまたま二人きりになるタイミングで、結衣は勇気を出して蛍を誘う。
「花火って、あの?どーん!ってなって、ピカピカってなるやつ?」
「うん!……多分」
「わたし、花火って見たことないんだ。でもどんな感じか、すっごく気になるなぁ」
「一緒にどうかな?」
「結衣ちゃんとりーちゃんが一緒に来てくれるなら行く!絶対に行く!」
「よーし、決まり!うち実家が呉服屋さんだから、浴衣貸してあげるよ」
はじめて成立した蛍との会話に、興奮を隠せずにいる結衣と、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる蛍。
そんな2人をりのは遠くから見守り、少し不安げに小さな笑みを浮かべた。
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