第51話 呪いと本音

 紫色の魔術の構成が見える。


 紫色に光るのは、呪いの魔術しかない。

 特にハインリヒは良く知っているだろう。


 直接ではないにしろ、何度もセオドアに使って来たのだから。


「これって……そうね、この間あなたがセオドアにかけた呪いの強力版ね。まあ、私は死ぬ気はないけれど。でも呪術師が死んでしまった時ぐらいにはかかるんじゃないかしら」


 にこりと笑って、呪いの魔術をハインリヒにかける。


「やめろ、やめてくれ! お前は魔術が使えないんじゃなかったのか!」


「今は使えるのよ。こんな風にね」


 ハインリヒは呪いを避ける為に立ち上がったが、当然魔術から逃れることはできない。ハインリヒは展開された魔術につかまって、あっけなく呪われた。


 ハインリヒは力が抜けたように膝をつき、呆然と呪われた手を見ている。


 彼は魔術が何よりも大事だったのだ。呪われてしまえば当然魔術は使えなくなる。その衝撃は誰よりも大きいだろう。


 そして、何よりも魔術に傾倒していたハインリヒなら、この呪いが解けるものは国中探しても見つからないこともわかったはずだ。


 国中の呪術師を集めて呪いの進行を抑えることができたとしても、解呪できなければもう魔術は使えない。


 今や全身が震えているハインリヒに私は告げた。


「もう二度と私の旦那様に手を出させたりはしないわ。私が呪いについても詳しい事を知っておいて」


 ハインリヒは黙って下を向いている。聞こえているかもわからないが、続ける。


「陛下も、王妃様も、次にセオドア様を護らないようなことがあれば、私は許しません。ハインリヒ殿下やあなた方がもしこれからもセオドア様に危害を加えるようなことがあれば、私がどのような手を使ってもその座から引き下ろします」


「マリーシャ……なんてことを」


 殿下が私のことを信じられない顔で見ている。


 ハインリヒの婚約者候補として、ずっと節度を守ってきていた私のことはきっと大人しいと思っていただろう。


 それは間違いじゃなかった。

 あの時は、ハインリヒに嫌われたくなくて必死でそれだけだったから。


 でも、今は違う。

 セオドアが居て、私は信頼され信頼している。

 私はセオドアを護りたい。


「返事がありませんね」


 私がそう首をかしげると、陛下も王妃も慌てて頷いた。良かった。


 ここで頷かれなかった場合は二人にも呪いをかける事ぐらいしか思い浮かばなかったから。


 流石に犯罪者として投獄されそうだ。

 ……私はそんなことされても逃げられるけど、ガランドが心配だ。


「いいでしょう。約束は守ってください」


「……わかったわ。わかったから、早くハインリヒを助けて……!」


 立ち上がって王妃がハインリヒを抱きかかえ、叫ぶように私に訴える。

 ぴくりとセオドアが動いたことに気が付き、そっと肩を抱く。


 セオドアが呪われつづけたのは、彼らのせいでもあるのに。


「俺にはマリーシャがいるから大丈夫だ」


 セオドアが安心させるように微笑んだが、私は苦しくて手をぎゅっと握った。

 爪が食い込む痛みに集中する。


 これ以上は、過剰。

 わかってる。

 わかってるけど……。


「泣かなくていいんだ、マリーシャ」


「セオドア様……わたし、わたし悔しくて」


 どんどん出てきてしまう涙を、セオドアが拭う。


「マリーシャよ! 早く私の息子を! ……大丈夫だ。すぐに呪いなぞ解かせるから」


 呪われただけで特に苦痛が出るものではないはずなのに、すっかり青くなって震えているハインリヒを見て、王が優しく声をかけている。


「……セオドア様は、あの日呪いで死ぬところだったわ」


「早く、マリーシャ様、私のハインリヒの呪いを解いてちょうだい!」


「ああ、マリーシャ……悪かった。悪かったから、早く呪いを解いてくれ。このままじゃ魔術が使えなくなってしまう……」


 弱弱しい声で、ハインリヒが懇願する。

 命だって危ないはずなのに、考えるのは魔術のことなのか。


 ある意味では一貫しているハインリヒに、私は思いついた。


『解呪』


 自分でかけた呪いなんて、解くのは簡単だ。


 そして花瓶にあった木の枝を手に取った。

 ハインリヒに近づき、見せつけるように枝を差し出す。


「な、なんだ」


「マリーシャ、何をする気なの!?」


 ハインリヒと王妃がそろって声を上げるが、私が睨むと二人は怯み口をつぐむ。

 皆が私に注目したことを感じ、私は枝に魔術をかける。


「見ていて、ハインリヒ殿下」


 枝は私の魔力を得て、どんどんと枝を伸ばして花を咲かせた。皆の瞳が、驚きに見開かれる。


「……これが私の魔術よ。隠してたの」


「こんな、ことが……嘘みたいだ……。これでは伝説の……」


 見入られたように呟いたハインリヒに、そっと近づき耳元でささやく。


「あなたはこの魔術を失った。私はこの力をセオドア様のためにしか使わないわ」


「……そんな、そんなマリーシャ! 許してくれ! その魔術を、私に教えてくれ!」


 ハインリヒは縋るように強い力で私のドレスをつかんだ。

 その手を払う。


 通常なら大きな男の人であるハインリヒの手を払う事なんて出来ないけれど、魔術があれば関係ない。


 ハインリヒを引き離し、カノリアの前に持っていく。


「あなたの夫よ。きちんと管理して」


「お姉さま……!こんな事をして、許さないわ、許さない!」


 憎悪のこもった瞳で、私の事を睨みつける。

 でも関係ない。怖くもない。


「私、あなた達とは家族だと思えなかった。あなた達もそう思っていなかったでしょう?」


「……それはそうよ。私達とは似ても似つかない、その髪。その魔力。どうやってあなたを家族だと思えばいいの?」


「似てないから家族だとは思えなかったの?」


「そうね、私はあなたが嫌い。一緒に住んでいると思うとぞっとしたわ。私のものを奪おうとするあなたは、私にとって、家族だなんてことがあるはずないでしょ!」


「……奪おうと思った事なんて、なかったけど」


 思わぬ言葉に反論したが、その声はカノリアに届いたかはわからなかった。確かに魔術さえきちんと使えれば、私はハインリヒと結婚した。


 彼女は暴れ、私に魔術で攻撃をしようとした。


 虚しい気持ちになった私は、ハインリヒとカノリアを魔術で拘束した。

 風船状にふくらんだ檻は、もう声も届かない。


 静かになった空間で、私はセオドアを見上げた。

 王太子妃

「二人にはこのまま王太子と王太子妃として過ごしてもらう予定だったのに大丈夫かな……」


「大丈夫だ。……見張りをつけて見張りをつけて見張れば」


「それ大丈夫じゃないですよね」


 私達がぼそぼそと話していると、ふらふらと陛下が近づいてきた。


「セオドア……」


「なんでしょう、陛下」


 陛下はセオドアの手をぎゅっと握った。セオドアの身体が強張ったのがわかる。


「セオドア、今まで悪かった。……ハインリヒはもう駄目だ。お前が跡を継いでくれ」


「いえ、陛下。私は伯爵家の出自で、今は公爵です。もちろん、陛下の後は継げません」


 セオドアの言葉に、陛下は目を見開いた。

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