第49話 家族の食事

 その日の夜、私たちは陛下から夕食に招かれた。


 会うのは少なくとも明日以降だと思っていたので、誘いには驚いた。

 しかし、予定が早まっただけと思うことにし、食事に向かう。


 部屋には陛下と王妃、そしてハインリヒが居た。

 食事はこじんまりとした雰囲気で、家族的な演出を感じる。


 ……ばらばらだけれど、血がつながった家族。でも、心はつながっていない、私とセオドア以外は。


 私たちは二人、陛下と王妃の前に行き、挨拶をする。王妃は今日もとても子どもが居るようにも見えない美しさだけれど、セオドアのことを思えばもうあこがれは感じない。


 久しぶりに会う陛下は、少し疲れて見えた。


 これからもっと疲れることが起こるだろう事が、ちょっと気の毒に思える。同情はしないけれど。


「マリーシャよ。久しぶりだな。……元気そうで、良かった」


「陛下も、お元気そうでなによりです。挨拶も報告も満足にできず、申し訳ありませんでした」


「魔術が使えないのは残念だが、過去を見る限り治る可能性もあった。結論を出すのが早かったとは思う。残念だ」


「そう言っていただけて、心から感謝しております」


 陛下は気づかわしげに言ったけれど、治らなければ結局婚約破棄という事だ。

 今の貴族では当然だが、ガランドがもう恋しくなってしまった。


「ガランド公爵、今回の件は、本当に期待以上の成果だ。君にガランドを任せた事、間違っていなかったようだ」


「有り難きお言葉です、陛下」


 二人がまったく親子だとわからない余所余所しい会話をすると、ハインリヒが私を意味ありげに見た。


「私の婚約者も同席したいと言っている。呼んでもいいかな? マリーシャ」


「……もちろんです」


 まさか、この場にカノリアが来るとは思っていなかった私は動揺してしまう。私が答えに躊躇したのを見て、ハインリヒが嬉しそうに笑う。


 ものすごく性格が悪い!


 これからの事に罪悪感を持たなくて済む、と前向きに捉えることにする。でもやっぱりイライラしているのがわかったのか、セオドアが背中をこっそり撫でてくれる。


 にやにやしているハインリヒは、私が悔しがり、惨めな気持ちで居ると思っているだろう。


 全然違います、と思っても言えないので、下を向く。


「わぁ、お姉さま! それにガランド公爵。ようこそいらっしゃいました」


 まだ婚約者だというのに、まるで自分の家の来客かのような歓迎の声をあげてカノリアがやってきた。


 ふんわりとしたドレスを着て嬉しそうに笑う彼女は、どこから見ても素直で可愛い少女だ。

 以前よりもさらに髪の毛のつやが増し、華やかな装いとなっている。


 一息ついて、まっすぐに彼女を見て微笑む。


「カノリア、久しぶりね。あなたも元気そうでよかったわ。急に結婚が決まってしまったでしょう? セオドア様も、皆に挨拶が出来ずに残念がっていたわ」


「ええ、そうねお姉さま。でも、あんなことがあったら、仕方がないわ。大変な事でしたもの……」


 あんな事、とは魔術が使えなくなった事か婚約破棄の事だろう。

 こんな時にも私を落とそうとするのだな、と冷ややかな気持ちになる。


「ええそうね。でも、仕方がないとはわかっているのだけど気になってしまって」


 ため息とともに頬に手を当てると、カノリアの目線は思惑通り私の指輪に吸い寄せられた。


「その指輪は……」


「あら、良く気が付いたわね。以前の指輪も可愛かったのだけれど、ガランドには魔鉱石がたくさんあるので、せっかくだからと加工物をセオドア様が用意してくれたの。とても綺麗でしょう?」


 魔鉱石が非常に高価なうえ、加工できる技術者など数えるほどしかいない。これは王家に嫁ぐカノリアでさえ、手に入れることが難しい。


 ……私が加工したのだけど。


 カノリアと会った場合に備えて用意していたが、すぐに効果があった。こういうやり方がカノリアにとって一番嫌な気分になると、わかっている。


 他の宝飾品は王族を上回る派手さでつけてしまうと不敬だが、結婚指輪は別だ。

 私はカノリアの指を見た。


「あなたのもとても素敵ね。綺麗な魔石だわ……」


 魔石は魔物から採れるもので、魔鉱石は特殊な地形に魔力がたまり長年かけて固まったものだ。魔鉱石は採れる場所がかなり限られている。


 どちらも高価だが、どちらが上かだなんて語るまでもない。


 ガランドは魔物も豊富なので、魔石自体もたくさん卸していたけれど。


「ありがとう、お姉さま」


 わかりやすい程に不機嫌に、カノリアはハインリヒのもとに戻った。

 セオドアがこっそりと、耳元でささやく。


「どうだった、義妹をやり込めた気分は」


「気分は、良くないわ。……こんなものでどちらかが上か決めるだなんて、馬鹿らしいとしか思えない」


「それは間違いない。……あんな奴らと同じ価値観を持つ必要ない」


「まったくだわ。それに、あなたもすぐにわかるわ」


 陛下に招かれ、皆で揃って食事の席に着いた。


 しらじらしい程に楽しそうな笑い声をあげて、食事は進行した。

 豪華な食事はもちろん味はいいのだけれど、美味しいとは思えずなかなか食は進まなかった。


「お姉さま、全然食べてませんね。ガランドでは、なかなか食べられないものばかりなのに。あちらでは魔物を食べるということですが、本当なんですか?」


 カノリアがおびえたような顔で、聞いてくる。

 その顔は魔物を食べるのなんて、野蛮だと言っているようなものだ。


「ええ、そうよ。寒い地だから家畜を育てるのは難しいの。魔物も適切な処理がされていれば、美味しいわ」


「マリーシャは、鳥系が好きでよく食べていますよ。前よりも健康的になったんじゃないかな。以前は少し細すぎたと思う」


 食事制限をさせられていたことを知っているセオドアがそう言ったけれど、カノリアは残念そうな顔をした。


「魔物で太っただなんて、お身体は大丈夫なのかしら……」


「それの何が問題かわからないですね」


「ガランドの食事は美味しいものね。もちろん城のものとは比べるまでもありませんが」


 ふふふ、と二人で笑いあうと、カノリアは邪気のない顔で笑った。


「魔物ばかり食べているから、ガランドの方は魔物に近づいているんじゃないかしら。だから戦争でも勝てたんじゃない?」


「戦争で勝てたのは、セオドア様の統率があってこそよ」


 ガランドはずっと戦場だった。それでも国の為に街を作り耐えてきたのだ。

 流石に流せなくて反論すると、カノリアはくすりと笑ってハインリヒを上目遣いに見詰めた。


「私はやっぱり嫌だわ。直轄地じゃなくなって良かった」


「そうだな。あの地は彼に任せて正解だ」


 私達を嘲り見つめあう二人に、陛下も王妃も何も言わない。


 ……やっぱりこの二人には、セオドアをかばう気がないんだ。


 私はため息をついた。

 もう黙ってはいられない。


「ハインリヒ殿下。セオドア様にガランドを任せるなんて言っていますが、実際ハインリヒ殿下はガランドに対しかなり介入していたようですけど」

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