第23話 出発

「こんなにも豪華な馬車じゃなくてもよかったのでは?」


「そうですわお父様……私、新しいドレスが欲しかったのに」


 兄と義妹が父に文句を言っている。


 私が正式にガランドに移動となった為、結婚前ではあるが先にかなりの支度品を用意した。細々としたものはクーレルが用意してくれたが、ドレスや装飾品は父が用意させたものが多く混ざっている。


 その中には義妹が欲しがっていたデザイナーのドレスも混ざっていたが、私の移動日が迫っていた為、カノリアのものが後になっただけだ。


 彼女の為に、私のものよりも豪華なものが発注されている。


「それはちゃんと用意するから安心してくれカノリア。当然お前に似合うものをね。気持ちはどうあれ、この侯爵家としてきちんとしたものを用意せざるを得なかったんだよ」


 父が優し気に微笑むが、この馬車や支度はセオドアが払ったお金で用意されていることは知っていた。


 侯爵家のプライドもあり、相応のものは用意されている事だけは安心だけれど、カノリアのドレス代も支度金から出ているだろう。

 セオドアがそれだけの金額を支払ったと聞いた時には驚いたが、その分すんなりと用意がなされ送り出されることになった。


 私は準備が無事に終わったことにほっとしていた。


「……じゃあ、行ってきます」


 この家には何の未練もない。


 振り返って屋敷を見ても、寂しい気持ちは何もわいてこなかった。

 形だけ見送りに来ている家族が、遠くに思える。


 馬車はセオドアが手配してくれたものだと聞いている。


「可愛い馬車ね……」


 馬車は遠目にも上等なもので、馬もとても立派な体格をしている。


 内装は落ち着いた小花柄はとてもかわいらしい。座席にはふかふかなクッションが置いてあり、快適な旅を送れるように気を使ってくれていると感じた。


 ……これだけで、セオドアが私をぞんざいに扱う気がないと感じる。


「とても素敵ですね……! マリーシャ様にお似合いです。私も同乗していいのですか?」


「もちろんよ。あなたと一緒に旅に出るみたいで、楽しみだわ」


 私がクーレルと一緒に馬車に乗り込もうとすると、カノリアが眉を下げて寄ってきた。


「お姉さま、もう行くのですね」


「ええ。見送りありがとう」


「いいえ、お姉さまが婚約者の元へ旅立つのですもの。でも、こんな時にガランド公爵は来てくれないんですね、冷たいですわ。一人で心細いですわね。かわいそうなお姉さま」


 小動物のように可愛い姿で毒を吐くカノリアに、私はにこりと笑顔を返した。


 もう、こんな事で傷つかない。


「大丈夫よ。これだけ立派な馬車で、更にはこのような指輪も頂いたので心細くないわ」


 震えそうになる手を意識してなんとかそっと頬を押さえ、私は左手に嵌っている指輪をさりげなく見えるようにした。


 この指輪はセオドアが婚約指輪として、私に送ってくれたものだ。


 大きな虹色に光る魔石を、セオドアの瞳の色と同じ薄いグレーの魔石で装飾してある。一目で豪華なものだとわかり、センスの良い色合いに彼の優しさも感じる品だと思う。


 初めて見た時、あまりの素敵さに思わずため息が漏れた程だ。

 それを今日、初めてつけた。


 思惑通りこの指輪を見たカノリアの顔は、悔し気に歪んだ。


 うちの家は由緒正しい侯爵家だが、散財好きの為に財政的に厳しい。

 暮らしぶりは派手ではあるが、本当に高価なものに関してはなかなか手が出ないのだ。


「馬鹿みたい。そんなの、私だって王家に入れば当然手に入るわ」


「そうね。……でも、私にだって手に入るという事よ」


 私が近づいてそっとそう囁けば、カノリアは憎しみのこもった顔で私を睨んだ。


 私がこんな風に言い返すとは思わなかったのだろう。

 家族に対して期待しなければ、私だってなんだって言えるのだ。


 最後に自分に自信が出てきて嬉しくなり、私は微笑んだ。


 もう手も震えていない。


 カノリアがもう何も言ってこない事を確認した私は、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。

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