第15話 来客
そこから三日。
私は部屋から殆ど出してもらえず、魔導具に魔力を入れる仕事以外、誰にも会わずに過ごした。
魔導具に魔力を入れる仕事は、用なしと同義だ。
セオドアからの連絡はなく、もしかしたら約束はあの場をやりすごすだけだったのかもしれないとぼんやりと思い始めた。
私は前世でも今生でも騙されやすい。
ちょっとでも信じた自分が馬鹿だった。
取引だと言って、対価だけを渡してしまった。
助けるのは後にすればよかったんだ。
……でも、そうしたら彼は死んでしまう。
それは嫌だから仕方がなかったけれど、せっかく得た機会が失われてしまった。
自分にがっかりしながらこれからの事を考えていると、メイド長がノックもせずに入ってきた。
後ろに二人見知らぬメイドが続く。
「えっ。なに急に」
「ドレスを用意しました。これにお着替えください」
メイドの三人はにこりともせずに宣言し、何故か私はあっという間にドレスに着替えさせられてしまう。
髪の毛もぎゅうぎゅうとまとめられ、痛い。
しかも、普段着ているものではなく、王城に着ていくような正装だ。
華やかな薄いピンクのドレスに、髪の毛も綺麗にまとめて結い上げられた。
メイド長だけあって仕上がりだけは完璧だ。
「ど……どうしたの? こんな格好でどこに行くの?」
「マリーシャ様。旦那様がお呼びでございます」
普段父についているメイド長は私に冷たく、当然事情も全く教えてくれない。
私付きのメイドであるクーレルに目をやるが、彼女も上司には逆らえないらしく、きょろきょろと私とメイド長を交互に見ている。
眉を下げどうしようとうろうろする彼女は、ちょっと可哀想可愛い。
でも、本当になんだろう。
まさかもう私の引き取り手を連れてきたりはしないだろうが……。
しかし、父と兄であれば、あり得るかもしれないとぞっとする。
そうであれば、すぐに逃げなくてはいけない。
まだ何も手を考えられていないのに。
クーレルは獣人だ。
この王都での獣人の地位は限りなく低い。
クーレルも私がいなくなったら酷くされるかもしれないので、出来れば連れていきたい。
そうなったら急いでセオドアに手紙を送って匿ってもらう? いや、父は仮にも侯爵だ。
セオドアの地位が低い場合は彼にも迷惑をかけてしまう。
すぐに家を出るにしても、市井がどんなところだか、想像もつかない。
……何の力もないな。
魔術が使えても生活能力が乏しすぎる。私は悔しくなった。
今は呼ばれたら行くしかない。
逃げ出すことはいつでもできる。
逃げることにしたら後れを取る事などない、その事実は心強かった。
私は情報を得るのは諦めて、メイド長にされるがままになった。
「お父様、マリーシャです。失礼いたします」
私だけが呼ばれているのかと思ったけれど、そこには私以外の家族四人が揃っていた。
「おはようございます。お姉さま!」
いつもは挨拶などしてこないカノリアが、満面の笑みで私に笑いかけてくる。その普段にない行動に、一瞬にして体がこわばる。
「……おはよう、カノリア」
「あなたに良いお話があるようよ。ふふ。さあ座って。お菓子も用意してあるわ」
義母も手を合わせにこりと笑いかけてくる。
お腹はすいていた。
しかし先ほどの笑顔が気になって、美味しそうな焼き菓子も味が良くわからなかった。
家族でお茶をするということ自体が久しぶりで、何を話していいのかもわからない。
私以外の家族は私が話さなくても全く気になる様子もなく、会話が弾んでいる。
私は特に何も話さないまま、ゆっくりと焼き菓子を口にし紅茶を飲んだ。
ある程度お茶を楽しんだところで、父は何故か不機嫌そうに言い放つ。
「マリーシャ。お前の魔力が必要だという事で、会いたがっている方が居る。これからその方がテストを行い、それに合格すればお前を雇いたいという事だ。幸運だと思え」
まったく幸運だという表情ではない。むしろ不快そうだ。
今日はそのための正装だったのか。
しかし、その言葉に義母はそれは嬉しそうに答えた。
「まあ……! 魔力だけを求められているなんて、聞いたことがないわ」
「婚約者が決まるまで、お仕事で家の役に立つのは素晴らしい事ですわ。魔力だけが必要だなんてお姉さまにぴったりね。なんて方なんですか? お父様」
答えを知っているだろう二人は、大げさなほど不思議そうに首を傾げた。
兄も今にも抗議したいという顔をし、父は吐き捨てるようにその名を口にした。
「ガランド公爵だ」
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