第14話 セオドアと鳥手紙

 髪もドレスも濡れている私は、食事もとれずにそのまま自室に戻った。

 こんな仕打ちを、と泣くメイドのクーレルをなだめながらドレスを着替えさせてもらう。


 一人になりたいと出て行ってもらい、私は浄化の魔術をかけてから、机に座った。

 ため息をつき、机の上に置いてある白い封筒を手に取る。


「なんだか全部が嘘みたい……何を期待していたのかしら」


 食事会では結局、私以外は家族で、私は利用できる他人だったというのを知らしめされただけだった。


 セオドアがくれた封筒はつるつるで、中には便せんが入っている。

 便せんに手紙を書けばそのまま相手に届く。


 しかし、私は何も書かない事にした。

 なんて書いていいかわからなかったから。


 うっかり弱気な事を書いてしまうことが嫌だった。


 婚約破棄という文字を目にして、これ以上傷つくことも嫌だった。


 私は封筒に魔力を込める。すると、封筒はそのまま鳥の形をとり、飛び立っていた。実体はなく魔力なので、壁も関係ない。


 その鳥の向かった方をぼんやりと眺める。

 空は真っ黒で、あっという間に白い鳥は見えなくなる。


 ……私はこれからどうするべきなんだろう。


 そもそも自分の人生とはいったいどうすれば歩めるものなのか。


 前世では黒聖女として教会での仕事と戦場ばかりで、今生では貴族の令嬢として過ごしてきた。

 婚約者としての人脈を作る為のパーティーには出ていたものの、友人と呼べる人は少なく、その友人も貴族だ。


 一人で生きていくということが想像つかない。


 家を出た時にどうすればいいのかを、まずは学ばなければいけない。


「……やりたい事、あるかしら」


 前世では冒険者と呼ばれる人たちがいた。旅に出るのもいいのかもしれない。

 私は魔術が使えるし、身の危険はない。

 誰かに後れを取るだなんて事は考えられない。


 それに前世の時よりも、この世界の魔術は退化しているように感じられる。


 でも、魔術だけじゃきっと難しい。


 強いだけでは意味がないと、前世で知った。

 私は誰かに利用されないように生きたいのだから。


 まずはセオドアには呪いを解く代わりに金銭を要求するのはどうだろう。いや、そもそも私は金銭をどう扱うかもまだわかっていないのだ。


 まずは貴族以外の常識を教えくれる人を紹介してもらうのがいいだろう。


 セオドアは、いったいどんな人なのかと気になったが、慌てて首を振る。

 自分の面倒をみられるようになるまで、居場所をくれれば誰だかは関係ない。


 セオドアは義理堅そうだからきっと私の事をきちんとここから連れ出してくれるだろう、とは思う。


 呪いを遅らせる対価としては、正当なもののはずだ。どんな要求だとしても、命には代えられない。

 しかし、呪いを解く人がすぐに見つかれば裏切られるかもしれない。


 信用しすぎてはいけない。

 誰かに頼りすぎるなんて、駄目だ。


 その時、先程飛んで行った鳥と同じものが帰ってきた。セオドアからだろう。

 手紙になった鳥を、じっと見つめる。


 少し迷ってから、手紙を開ける。


『手紙ありがとう。準備をするから待っててくれ』


 無地の手紙に対して、簡単な返事。


 それでも、それが彼の優しさな気がして、私は消えてなくなりそうな手紙を固定魔法で保存した。


 通常なら鳥手紙は消えてしまうけれど、この魔法をかけると一定期間消えなくなる。

 定期的に魔術をかければ、ずっと保存することもできる。固定魔法は前世で私が作った魔術だ。


 この魔術を誰にも教えたことはなかったので、セオドアは鳥手紙がそのまま消えてしまったと思うだろう。


 裏切られたときに、これが証拠だと脅す道具として保存するんだ。


 ……一人で生きていくんだから。

 もし裏切ったら、脅すぐらいの覚悟でいかないと。


 それが言い訳だとはわかっていたけれど、この手紙が消えてしまうのはなんだか嫌だった。


 そこまで考えて、私は彼が私と結婚すると言った事を思い出した。私が言いだした突拍子もないことを、すぐに信じて即答した彼。


 ふっと笑ってしまう。

 そんな恩を感じなくていいのに。


 利用されたくないと言ったのに、セオドアこそあっという間に私に騙されてしまいそうだ。

 そんな彼は、私と似たようなものだと思う。


 家族だと思っていた人たちは、私の事を物のように見ていた。

 売って、その後は私の事をただ忘れるだけだ。私が居なくなることを、彼らに対して申し訳ないなど思う必要はない。


 彼らは家族だけど、それは言葉だけ。


 この機会を逃してはいけない。

 私の事を利用させない。私はここから離れ、自分の力で自分の人生を生きる。


「私は一人でも大丈夫」


 息苦しく、何故か流れてしまう涙を感じながら、私はいつの間にか寝てしまっていた。

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