第2話 騙されやすさ
「マリーシャ様、おはようございます。今日はハインリヒ様とお茶会をし、そのあと魔術の訓練の予定ですよ。そろそろ準備をしないと大変ですよ」
専属メイドのクーレルの声が聞こえ、薄目をあけると彼女は耳を下げて私の様子を伺っていた。
昨日は考え込んでしまっていたので、すっかり夜更かししてしまっていた為、頭がぼんやりとする。
「うう、ねむたい……」
「そうですよね。昨日は訓練中に倒れたんですから、体調だって万全じゃないはずです。本当はゆっくりしてほしいですが、流石に時間がそろそろなので」
「ああ……そうね。ハインリヒ様と会ってすぐに城で倒れてしまったから、きっと心配しているわ」
昨日はハインリヒとお茶会予定だったが、その前に魔術の練習で無理をして魔力が制御できずに倒れてしまったのだ。
そのせいか前世を思い出し、夜中に家の訓練所で魔術を使いまくって寝不足なのだけれど、どうやらクーレルにはばれていないようだ。
「……そうですね」
クーレルの声が何故か全く同意していなそうだったので、私は不思議に思って尋ねた。
「ハインリヒ様に何かあったの?」
「いえ、なんでもございません」
首を振って目を伏せたクーレルは、これ以上教えてくれそうもなかった。
獣人の彼女は感情を隠すことが苦手なので、ばれたくない事があるときはなるべく目を合わせないようにするのだ。
それ以上ハインリヒの事を聞くのは諦め、昨日さんざん考えていた疑問をクーレルに聞く。
「ねえ、クーレル。私って騙されやすいと思う?」
「それはもう! 凄く思います。やっと気が付いたのですね!」
きっぱりと、何故か嬉しそうにするクーレルの言葉に私は驚いて、しどろもどろで反論してしまう。
「ええと、私の財産……と呼べるものは殆どないけれど無事だし、家族は仲がいいとは言えないけれど、生活はそれなりに与えてもらっていると思うのだけれど。そんなはっきりと騙されるようなことが過去にあったかしら」
言い募る私に、クーレルは驚いた顔をした後にため息をついた。
「気が付くまではいってなかったんですね。ううう、私はその性格であるマリーシャ様に助けて頂いたので、変わってほしいとは言い切れません。でも、もしその自覚が産まれたのであれば、今日はハインリヒ様のことをよく見てください」
クーレルは真剣な顔で私のことをじっと見つめた。
クーレルは私が小さいころに、奴隷市場から買われてきた子だ。
同い年ぐらいの彼女は初めてあった時とても弱々しく、守ってあげたかったはずだけれど、今は私の心配ばかりしている。
言葉の意味は良くわからなかったけれど、その真剣なまなざしに私は思わず何度も頷いた。
*****
「……そうはいうものの、ハインリヒ様は私のことを大事にしてくれているとは思うのよね」
魔力量で決められた結婚だけれど、しあわせにする努力はするつもりだと言ってくれたハインリヒの手の温かさを思い出す。
……彼は、優しい。
私は、彼の事が好きだったし、ハインリヒも私の事を大事にしてくれる。
……恋愛的な好きかはわからないけれど、貴族の結婚としては恵まれていると思う。
正式な婚約の為に頑張ってくれと言っていた彼を信じたくて、クーレルの言葉を振り払おうと首を振った。
今だけ、そう多分今だけ少し彼の事を信じられなくなってしまっているだけだ。
私は王城の魔術訓練所のベンチで、お茶会までの時間をつぶしていた。
いつもお茶会の前は少しでも技術を上げたくて、毎回魔術訓練所に来ていた。
習慣的に今日もここに来てしまったが、今日は魔術の練習はできないと気が付いた。
ハインリヒに対して、前世の記憶がよみがえった事を話すのかまだ決められていない。
「……マリーシャ様! どうされました? 魔力酔いですか?」
どうするべきか考えているといつの間にか目の前に男性の顔があった。
いつも私の魔術を見てくれている魔術師団長であるファラウズだ。
金髪で長身の彼が、目の前でしゃがみ込んで心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
いつも私の失敗を冗談にして笑いに変えてくれる、楽しい人物だ。
私は慌てて顔を上げ微笑んだ。
「ええと、ファラウズ様、大丈夫です。ちょっと疲れてしまったので休憩していたんです。皆の魔術を見るのも勉強になるから」
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