資料4ー第9話
い…………、
痛……い……
どれくらい意識を失っていたんだろう。
ぼーっとする視界の半分は雑木林、半分は
崖の先端には一人の女性と一人の少女がいた。女性は少女の首を持ち上げている。
ま、て……
や、め、ろ……
動こうとすると右の頭蓋骨がズキリとした。こめかみ付近から何か流れている気がする。震える手で拭うと、赤黒い血が手のひらにベッタリとついた。
「ハァ、ハァ……。わたしの手で殺せなければ、ここから突き落とすまでよ。これならいくら無敵のあなたでも生き延びることはできないでしょう?」
左足に激痛が走る。見ると、くるぶしが赤く腫れていた。揺れる視界で見渡すと、全身傷だらけだ。街中なら即救急車を呼ぶレベルの怪我だった。
それでも————、動け。
歯を食いしばり起きあがろうとする。奥歯の欠片が口の中を転がろうと構わず噛み締める。女性は——ブルーのドレスを着た女性は、少女の——パーカーを着たイ・ソヒの首を持ち上げていた。
動け! 動け、うごけ、動け、ウゴケ、動け!
何度も強く思って、想って、オモッテ、背中を木の幹から剥がした瞬間、
女性が手を離した。
少女の足は地面の端を掠めるも、なすすべなく落下し、崖下へと消えていく。
やがて耳には海の轟が聞こえ始めた。
「イ、イ、イレェネェェエェ‼︎」
雑木林から全身傷だらけのレスターさんが銃を掃射しながら現れた。崖淵にいたイレーネは背中から六本の触手を生やすと、触手で銃弾を弾きながら人とは思えないスピードで彼の元へ向かっていき、
レスターさんは、銃身で彼女の触手を受け止めた。
「お前は死んでいただろう。なぜ!」
「ウフフフ、死んだように見えたかしら! あなたたち〝人間〟にとっては、死んだように、見えたかしら!」
「双子は……ハルカとサヤカはどうした」
「聞かなくてもわかるでしょう? それより早く死んでちょうだい。わたしはいま、最っ高に気分がいいの!
彼の策略で殺されて、
…………だから、死んで。わたしが、自由になるために!
早く、早く、——死んで!
死んで死んで死んで死んで死んでえぇえぇえぇえぇ!」
彼女は触手を素早く巧みに操り、レスターさんを追い詰めていく。
このままでは彼が死んでしまう。何か、何か手はないか。
手元に一本のナイフが転がっていることに気づく。〝カプセル〟にしまっておいたシェフナイフ。刃には「Dear Sister From 10 Littele Siblings」と彫られている。もう死んでいるだろう、
体の奥底に残った力を振り絞って立ち上がる。左足に激痛が走るが、それでも一歩、一歩。前へ、前へ。
十数メートル歩けたことが奇跡のようだった。目の前には触手を生やした背中があった。
ナイフを握り直し、左僧帽筋をめがけて————
突き刺す!
「ガ、アァッ!」
イレーネのうめき声が聞こえ、背中がのけぞった。あたしに立てる気力はもうなく、ナイフから手を離した、そのとき
顔面に強烈な痛みを感じた。
地面に倒れ、転がる。
「まだ生きていましたの、下劣なアマが! あなたは後でたっぷりと殺してあげるから動かないでくれます?」
彼女は硬い触手であたしの左脚を何度も刺した。
何度も、何度も
何度も、何度も、、、
あたしは刺されるたびに声にならない声を上げた。足がぐちゃぐちゃになる痛みと、人間から遠ざかっていく恐怖で涙が溢れ、脳が破裂するくらいアドレナリンを分泌した。
「フフ、まるで喘いでいるみたい。アバズレのあなたにはピッタリじゃない」
「やめろぉぉおぉぉおぉ!」
単発の発砲音が聞こえる。が、触手によって簡単に弾かれる。
「ほら、あなたも彼女と同じようにしてあげますわ」
肉をえぐる音と、彼の悲痛な叫び声が聞こえる。
もうやめて……。
もういっそのこと、一思いに殺して。
でも……、でも……、
左手に何かが当たった。
彼が持っていた大口径の銃だ。手のひらに乗せてみるとずっしりと重い。
弾はまだ装填されていた。
「フーッ、フーッ……」
もうないはずの筋力を稼働させ、照準を定める。おそらくこれが最後のチャンスになるだろう。この一発が、あたしの最後の攻撃……。
震える照準と揺れる視界の中で、痛みは酷いはずなのになぜか心は落ち着いていて……。
音もせず、匂いもせず。まるで世界からあたしの身体が消えてしまったみたいで。
だから、引き金を引くタイミングも自ずとわかった。
銃声は聞こえない。強烈な反動が腕の骨と筋肉を通じて伝わってくる。
薬莢が飛び出して、カチッと弾切れの音がして、ようやく耳が再稼働した。
「あぁ……! よくも、よくもよくもよくもよくも!」
後頭部にできた銃槍——小さくなっていく銃槍を抑えながらイレーネは振り向いた。
「そんなに死にたいなら、あなたから殺してあ————」
彼女の言葉は超高速の連射音によってかき消された。ぼんやりとした視界には、ガトリング機関銃を構えるレスターさんの姿があった。
イレーネはたちまち銃弾の嵐に飲まれ、地面に這いつくばる。
「こ、んな、と……こ……ろ……で…………」
彼女の首は半分ちぎれ、手足は飛び、一部の肉片は崖の下へ落ちていった。
連射音が止まった。
しばらく経ってもイレーネの死体に変化はなかった。それを確認すると、レスターさんは木の幹に寄りかかりズルズルと座り込んだ。
「レ、レスター、さん……」
体を引きずり、彼の元へ向かう。
「レスターさん……レスターさん……」
何度も何度も彼の名前を呼びながら、感覚がなくなった左腕と左脚を引きずりながら、血まみれになった彼の元へ近づいていく。彼は俯いたままピクリとも動かない。
「レスターさん……レスターさん……」
心が捻じ曲げられそうだった。ぞうきんを絞ったみたいに涙が溢れてくる。
「レスターさん……レスターさん……レスターさ——」
「そんなに呼ばなくても聞こえてるよ」
彼は顔を上げて笑みを浮かべた。それはとても優しい笑顔だった。
あぁ、この笑顔を見るためにあたしは今日まで生きてきたんだ。
そう思わずにはいられなかった。
あたしは身体中の痛みを忘れて引き攣った笑みを浮かべた。
ハハッ、口角を上げると顔が、痛い————
い……た……——————————えっ?
一瞬だった。
ほんの数秒、目を閉じて開いただけで、光景は様変わりしていた。
木の幹には頭部を触手で貫かれた彼が、いた。
————えっ?
どうして?
全部……全部おわったはずなのに……どうして!
ガサリ、と音がして木の後ろから黒い影が現れた。
影の正体はわからない。
けどその姿を見たとき、心にどうすることもできない〝諦め〟が芽生えた。
「うぅ、うぅ……」
あたしは大粒の涙を流しながら目を閉じた。
やがて、視界は真っ暗になった。
——————
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