資料2ー第6話

 ——クソッ。

 クソッ、クソッ、クソッ。


 どうやっても、クソッ!

 なにをやっても、クソッ!


 身体中から血が出ている。背中と腕から出した硬質角は切断され、釘を刺されたような痛みが脳に走る。


 左へ走る。まずは、間を詰めなければ……。


 だが、老練の戦士はそれを許さない。足元から無数の土埃が舞い上がったかと思うと、痛みが走り、地面に転がる。起き上がる際に硬質角を繰り出すが、彼女が空中で円を描くと見事に切断される。硬質角を切断された痛みが脳に走る。クソッ!


 ふと、ティアーナが我に背を向けた。なぜ敵に背を向けたかわからぬがチャンスだ。痛みを堪え、前へ、前へ!


 彼女が両手で円を描いたとき、




 奥で血飛沫を上げて崩れ落ちるイレーネを認めた。




 時間が止まった気がした。

 意識はあるが思考が停止した。


 そして、


 我の口から今まで出したことのない咆哮が吐き出された。


 腕、背中、肩、胸、鼠蹊部、太腿、爪先。

 自分が出せると思った場所全てから硬質角を出す。


 こんなに硬質角を出したのは初めてだ。脳を押し潰すかのような痛みが弾ける。

 でも、大したことじゃない。


 〝大切な存在〟を失った痛みに比べれば。




     ***




 目の前にはティアーナの死骸があった。


 やった。ついに〝魔術師〟を倒すことが——


 いや、どうでもいい。我は血の池を四つん這いで進みながらイレーネの元へ向かった。


「アァ、アァ……」


 自分でも驚くほど醜い声を上げながら、彼女の死体を抱き起こした。彼女が死んでいることは火を見るより明らかだった。胴体と下半身が切断されている。この傷では…………




 ズズ——、ズズ——、ズズズ————




 顔を上げると、イレーネの下半身が


 どういうことだ?

 足元で広がる血液が、まるで逆再生するかのように彼女の傷口へと集まってくる。


 気づけば、下半身は胴体と接合しようとしていた。二つの間を埋めるように血液や皮膚の欠片が集まってくる。


 やがて傷は完全に塞がり、滑らかな肌と臍が現れた。


「……カハッ」


 ビクンと大きく痙攣してイレーネの目が開いた。


 聞いたことがある。〝我々〟の中に超越的な再生能力を持った者がいると。彼女がそうだというのか。


 ——なんて愛しい存在なんだ。


「イレーネ。……よかった」


 我は彼女のことを抱擁した。抱擁なんて幼い頃、母にして以来だ。彼女の体はとても温かく、柔らかだった。


 あぁ——、これが————


「エリック、様。……ご、ご無事で、なにより、です……」


 イレーネも我のことを抱擁してくれた。

 我らは永遠と思えるくらい長い時間、抱きしめあった。




     ***




 十数分後、我らは手を繋ぎリビングから外を眺めていた。

 この屋敷にもう〝人間〟はいなかった。


 我らのことを「ジンガイだ」などとのたまった双子は串刺しにし、首を切り落とした。料理人の脳天は貫かれ、ダイニングのテーブルクロスを赤く染めた。


 もはや我らを阻む壁はなにもなかった。

 リビングからはピセムの海が見える。海の先には〝同胞〟が待っている。


 だが——、戻る必要なんてあるのだろうか。

 このまま二人で過ごしてもいいのではないか。


 朝起きて朝食をとり、散歩をして昼食を食べ、海水浴をして、食を作り、星を見てシャワーを浴び、布団に入って……。


 一日中、〝愛し合う〟。

 それで、いいのではないか。


「なあ……」


 我はイレーネの方を向いた。




   しかし、そこに彼女はいなかった。




 首のない、赤い噴水を出す人型のオブジェだけがあった。




     ——————は?




 瞬く間にオブジェイレーネの体は金色の炎に包まれた。手を離すと、イレーネの体オブジェは倒れ、跡形もなく燃え尽きた。


 ——誰かの気配を感じる。


 誰だ。


 全員殺したはずだ。レスター、ティアーナ、アレックス、ハルカ、サヤカ、シャオユウ、イアン、ウエサワ————————


 気配のする方を向いた。我の瞳孔は自然と開く。

 そこには白いモヤを出し発光する〈幻獣〉が立っていた。


 手には二つの首があり、うち一つはイレーネのものだった。


 あぁ————、


        どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろう。



——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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