資料1ー第3話

 二階には十一の個室があった。個室にはそれぞれ番号が振られており、ベッドとクローゼット、ドレッサーが備え付けられていた。


「これなら一晩は過ごせそうですね」

「そうだな」


 俺とエリックは一通り部屋を見て回ると、最後の一室へと向かった。一号室。ここでウエサワが殺されていた。


 部屋に入るとエリックは顔をしかめた。


「……アレックス様、なにか成果はありましたか?」

「犯人を絞り込むには至りませんが、いくつかわかったことがあります。あぁ、ミスター・レスター。あなたにもぜひ見ていただきたい」


 彼に手招かれて俺は死体の近くにきた。〝かつて人だったモノ〟。見ていて気分のいいものではない。


「どうでしょう。軍人であるあなたから見て、どのような凶器が使われていると思いますか?」

「凶器まではわからないな。鋭利な〝なにか〟としか。しかも、傷跡それぞれの大きさが違う。少なくとも銃一丁でこのような傷をつけることは不可能だ」


「ええ、ワシも同意見です。ミスター・エリック、ワシは————」

「みんな、たいへんたいへん!」


 階段を駆け上がる音がしてワン・シャオユウが一号室に入ってきた。彼女は息を弾ませながらこう言った。


「他のコロニーが……」




     ***




「こちら、ヒローキー・コロニーの中心地、ピセム議事堂前に来ております。いま、まさに私の目の前でピセム軍と謎の生命体による戦闘が行われて————」


 スピーカーがひび割れるほどの爆発音。


「ば……、たったいま、爆発音が聞こえました。ピセム軍による攻撃が行われた模様です。——戦闘が終わったのでしょうか」


 再び銃声、爆発音、そして阿鼻叫喚。


「——な、なんだ、あれは……」


 映し出されたのは一体の〝なにか〟。全身に硬質な触手を持った、人型の生命体が、


 ——こちらを見た。


 直後、画面には「少々お待ちください」のテロップ。

 しばらくしてキャスターが映し出され、


「えー、モ、モエザ記者とは、後ほど中継を繋ごうと思います。それでは、次に——」




     ***




 ホログラム・ディスプレイに映し出されたのは、血まみれの十字架、人々の首、硬質な触手をもつ生命体。やがて、放送スタジオも血まみれとなり、緊急放送は思わぬ形で終幕した。


「な……ぁ……」


 言葉を探そうとしたが、ディスプレイを見つめることしかできなかった。


「これは、いつからですか?」

「えーっと、イアンさんと一緒にキッチンを探索して、そのあとにここに来たらパソコンがあったからちょっと触ってみようってなって、そしたら……」


 シャオユウはチラチラと視線をイアンに向ける。


「あ……その、たまたまリビングにコンピュータがあったから、通信できるかもと思っていじっていたら、こんな映像が……」


「もし、イアン殿ヤングマン。ヒローキー・コロニー以外のコロニーはどうですか?」

「エ、SNSを調べましたが、お、同じみたいです」


 ティアーナは大きくため息をついた。


「本星に連絡しよう」


 一同は俺を見た。


 開拓惑星であるピセムで異常事態が発生した場合、本星に連絡する。軍人として間違っていない判断だ。しかし……


「連絡って……、専用の機材が必要ではなくって?」


 イレーネの指摘はもっともだった。本星と連絡を取るためには特殊な機器を用いた量子通信を行う必要がある。機材はとても高額で、一般家庭にはまず置いていない。


「あの、それがあるみたいで……」


 全員がイアンの方を向いた。細身の彼はびくりと肩を振るわせる。


「お、俺氏がいま使ってるコンピュータは量子コンピュータらしくって、その、簡単な通信であれば送ることができる、かと……」

「本当ですか? イアン様」


「え、ええ、いちおう。大学で量子通信の勉強はしていたので、それなりに」


 おぉ、と数名が感嘆の声を上げた。


 しかし、すぐに重い空気がのしかかった。ウエサワは自分の死因と世界滅亡の原因は同じだと言った。つまり彼はピセム軍が戦うことすら困難な化物に殺され、その化物は俺たちの中にいる。


 ——待てよ。しかも何体いるかわからないんだ。もし、この時点で半数近くが化物——すなわち人外だとしたら……。


 俺はベルトにぶら下げた〝カプセル〟を触った。




     ***




 一時間後、本星との通信が成功した。


「向こうは、なんと?」


 イアンがホログラム・キーボードを数回叩くと、部屋の中央に文字列が投影された。


「『勇敢なる市民よ、連絡ありがとう。状況は確認した。すぐに救援を送るが、到着まで七日程度かかる。どうか、それまで耐えてほしい』……ですか」

「七日……か」


 小言が漏れる。


「大変不本意ではありますが、救援が来るまでここで過ごすしかなさそうです。幸いにも寝室は十一あります。まずは、誰がどの部屋にするか決めませんか?」


「もし、エリック殿ジェントルマン。まずはこの中にいる人外を見つけるべきではないでしょうか?」


 エリックは「人外……」と呟くと、


「いえ、現時点で彼らと人間を区別する方法はありません。まずは七日間生き延びることを考えましょう」と言った。


 部屋番号はくじ引きで決まった。俺の部屋番号は十三。どこか不吉な予感がした。



     ***



「レスター殿。このあとシャオユウ殿のお料理を手伝いにいきませんか」


 部屋に荷物を置き、廊下に出たところでティアーナに声をかけられた。なぜ急に、と疑問を持ちつつも了承し、キッチンへと向かう。




おまけ

——————

 シャオユウ、腕まくり。

「よ〜し、とびっきりの自信作を作るよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る