魔法使いの眠る島

御角

プロローグ 魔法使いの眠る島

 短い人生だった。土の香りと血の味を噛み締めながら、男は力なく折れたほうきを手放す。

 飛べない鳥が、やがて衰弱し息絶えるように。陸に打ち上げられた魚が、なすすべなく死へと向かうように。魔法の使えぬ魔法使いもまた、持て余した自身の魔力に侵され、落ちこぼれとして消えていく。

 うんざりするほど聞かされたとある講義の一説。それが今になってようやく身に染みるのを、男は走馬灯の中で感じていた。


「こんなことなら、誰でもいいからさっさと契約を結んでおくんだったな……」


 学生時代は良かった。魔力量も人並み以上で、将来を期待される毎日だった。

 それが、今はどうだ。たった一回、上位精霊との契約を交わせなかっただけでこのザマ。最初は温かく接してくれた友人も、差し伸べられた手を横目で眺めているうちに呆れられ、ついには見捨てられてしまった。

 全ては、自身の高すぎるプライドが邪魔をしたせいだ。肥大しきった自惚れを小さな心にいびつに押し込めて、最後まで捨てきれなかったその傲慢さゆえだ。


「情けない。飛行さえもままならず墜落して、ただ死にゆく時を待つなんて。それも、こんな無人島で、一人寂しく」

「——ひとりでは、ありませんよ」


 頬に冷たい何かが触れ、ぼやけた視界を影が覆う。そこで初めて、男は頭上から降り注ぐ声が幻聴ではないことに気がついた。


「可哀想に、まだお若い。いくら魔法使いが短命であるとはいえ、ここに辿り着くにはあまりに早すぎます。精霊を介して魔法を行使し続けることでしか、魔蝕マショクから逃れるすべはないというのに。どうして」


 その言葉はもう聞き飽きた。当たり前のことだ。怒りも悲しみもない。今更、何の感情も湧いてこない。暗雲の立ち込めた空から一滴、灰色の雨が抜け落ちる。


「……君は。この島の住人か何かか」

「半分正解、と、言うべきでしょうか」


 視界が濡れ、ぼやけていたシルエットは段々と形を持って男の目の前に現れた。あどけない少女の姿をしながら、凜とした声やたたずまいは誰よりも大人びている。その妙なチグハグさに、男は不気味さよりも、どこか親近感に似たものを感じていた。


「まだ、立てますか」

「さあ。立ち方を、忘れてしまったから」


 皮肉げにそう呟いた男の手を無理やり引いて、少女は彼を軽々と抱き上げた。


「ならば、少しばかり私の雨宿りに付き合っていただきましょう」


 驚く男を差し置いて、少女は淡々と歩みを進めていく。緑の丘の向こうには、色とりどりに飾られた小屋のようなものがただ静かにその顔をのぞかせていた。


「……花」


 それも、こんなにたくさん。古びた小屋を覆い尽くすほどの——永遠とわに枯れぬ、美しきしかばね達。

 段々と近寄るにつれて、そよ風に揺れる輪郭はより鮮明に網膜へと刻まれていく。


「申し遅れました。私はグレイヴ、墓守のグレイヴと申します」


 ドアノブに巻き付くシュタレアの花を愛おしそうに撫でながら、少女はゆっくりと小屋の扉を押し開けた。


「……ようこそ、はなまぼろしじまへ。通称、魔法使いの墓場へ」

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