Chapter.20 カトレアの反撃

 はあ? なんだよ、その丸太は……。

 林から持ってきたのか、枝を削ぎ落とした十五センチ直径の木の先端を杭のようにとがらせ、反対側には赤い旗を付けたものを担ぐガタイのいい男に、長い縄を束ねて持つ二人目の男、悠々と手ぶらで歩いてくる主犯格の男がいる。


 なにをする気なのか全く知れなくて、困惑する俺の態度に対し、近くまで接近した主犯格の男は俺のことを強引に立ち上がらせる。


「あ? お前この縄破ろうとしたな?」


 やはり勘付かれた。一発殴られる。

 つらい。


 一方で、三人目の男は全身に力をみなぎらせると、垂直に丸太を構えてズドン! という轟音という共にソレを地面に突き刺した。いくら杭のようにしたものとはいえ、常軌を逸した光景だ。呑み込まれるように丸太が埋まっていくのを見る。

 どんな馬鹿力をしていたらそうなる?

 頭がおかしい。俺に敵う相手ではない。


 ぐらつくこともなく、垂直に埋まった丸太に対し、俺はその近くに放り投げられる。男たちは俺を囲む。


 ここまで来るとなにが狙いなのかはだんだんと察せられていた。帝国式の処刑というのがどういうものかは知らないが、俺をこの一番目立つ特等席に縛り付けようとするっていうことは、きっとそういうことなんだろう。


 ……まずい。タウロスに轢かれるなんて勘弁だぞ。


「へ、へへっ。お前、知ってるか。睡眠を妨害されたタウロスの気性の荒さは。お前なんか一瞬でペシャンだ。全身の骨は折れて内臓は破裂。苦しみながら死ぬことになんぜ」

「………!」

「じきに爆弾が向こうで爆発する。ボカン、それがお前の終わりの合図だ。ここまで俺が撒いてきた導を辿って、タウロスはこっちにやってくる。お前がぐっちゃぐちゃになるか、タウロスの角飾りになるか、俺はもう楽しみで仕方ねえ」

「むう! むううう!」

「あぁーーーうるせえうるせえ」


 暴れると、主犯格の男は盛大に舌打ちをしたあと、後頭部を強く殴りつけてくる。意識を落とそうとしたきたみたいだ。くらくらと目眩がして抵抗できなくなる。項垂れる。このままじゃダメだ……。

 いくらなんでも報復の仕方が惨たらしすぎだ。これが帝国の処刑だなんて信じられない。


 まずい、まずい。本当にまずい。

 最悪な死に方をすることになる。


 男たちは俺を縛り付けるのに専念していて、「おいなんで後ろ手に組まなかったんだ」「これじゃあ木に拘束しづらいだろうが」と口論をはじめていた。

 慎重に話の流れを窺う。


「どうせ縄に切れ目を付けられたんだから組み直せばいいだろう、より絶望させるために」


 ――そこが、最後のチャンスだと思った。

 目の前に回ってきた二人目の男が一度俺の手元の拘束を解き、丸太を挟んで後ろ手に組み直させることを提案する。もちろん周囲には他にも男たちがいるからこれが成功するかどうかは賭けでしかないが、もしかしたらその隙を狙って男の腰の魔剣を奪えるかもしれない。

 その先が、どうなるかは分からないが。


「………」


 覚悟を決める。力強く手は押さえられていたが、目の前の男はやや屈んでいたので真正面にその頭部がある。殴られて以来大人しくなった俺が、これ以上抵抗するとは思っていないみたいだ。

 一度、拘束が外される。


 俺は大きく頭を振りかぶって、渾身の頭突きをお見舞いした。


「――ガッ」

「なっ――」


 そこからは一瞬の出来事だ。男たちが俺を掴みかかろうと両サイドから迫ってくるなか、目の前の男の腰に手を伸ばす。留め具を外し、鞘から魔剣を抜き取る。俺は屈んで男たちの魔の手を一度躱し、口元の縄を危うげに切り捨てる。頬を切った。男の手が俺の髪を鷲掴みにする。右肩が取り押さえられ、折るような勢いで腕を捻られる。

 俺はすぐさま左手に魔剣を持ち、逆手に構え直し、口元へ運ぶ。

 息を吸い込む。


 ―――――もし、ここで笛の音を鳴らせたら。


 もしかしたら、誰か駆け付けてくれるのではと思ったのだ。


 ♦︎


 ………


 ……………


 …………………


 時間は少し遡り、話はカトレアの視点へと移る。

 召喚獣と召喚主が持つ"縁"としか形容のできぬ糸を辿り、カトレアが異変に気付いたのは、気絶した颯太が町の結界の外へ連れ去られた瞬間であった。


「……?」


 突然に、心がざわついた。高い位置の本棚へ精いっぱい背伸びをして本を収納しようとしていたカトレアは、膨れ上がる違和感に堪えきれず持ち上げていた踵を下ろす。

 手にしたままの本を胸元へ抱き寄せる。


 かすかに震えるその視線には、逡巡の色が窺える。結界という仕切りに対して、召喚主と召喚獣が別々の領域に分かれたときに『いままで当たり前に感じていた繋がり』がぷつりと途切れてしまったような感覚があった。

 その漠然とした異変がどういう意味であるかを頭で理解するのに、カトレアは脳内にある知識と照らし合わせる必要があったため数分の時間を要する。


 その結果、余計な猜疑心を募らせることになった。


「………」


 これが召喚獣が結界の外に出た証であるならば。

 約束を反故にされたことになるからだ。


 カトレアは、純粋であるわりに疑り深い性格だ。それはいままでの経験に裏打ちされた『嘘への反抗心』であり、それはどれだけ長い付き合いのある師が相手だろうと余計な疑いの種を耳にしてしまうと途端に寝つきが悪くなってしまうくらいには。


 下唇を噛む。嫌なのだ。失望されるのが。気付かぬうちに見限られるのが。優しい嘘で騙しておいて、父のようにふいに蒸発されるのがカトレアにとっては一番の苦痛なのだ。

 だから人に認められたいと思う。

 人に好かれたいと思うのに。


 いまや信頼が置けるはずの召喚獣でさえ、不審の対象になってしまって……。


「……っ」


 それでも信じたかった。


 書斎を抜け出したカトレアは夫妻に対してしどろもどろに説明し、何度も「すみませんすみません!」と謝罪して仕事を一時中断させてもらうことにした。


 家の外に出て右と左を見る。

 どちらの方角から町の外に出たのだろう?


 胸に手を当てて深呼吸する。彼のことについて知らないことは多くある。慎重な性格だとは思っているから、通常なら見慣れた土地へ向かっていきそうだけど、もしも"私"から離れたかったのだとすると他の町がある対岸のほうへ行ってしまうかもしれない。

 それが分からない。


 だから、冷静に考える。


 颯太と別れてから胸のざわつきを得るまでほどほどの時間があった。とすると、一度は言い付け通りに町の中を散歩しようとしたのではないかと推察する。

 カトレアは余計な思慮をすると空回りしやすいが、手元にある情報と『信じる』という部分にだけ賭けて、『自分が知る彼ならどう動くだろうか』という考えのもと追跡してみることを選んだ。


 これが普段のカトレアなら、頭でっかちであるから、ここで必要以上に相手の心理をおもんぱかろうとしてその深読みが仇となりやすい。


 今回はそれを回避するため、直感に従うことにしたのだ。そっちのほうが後悔しないから。

 カトレアは、走り出していた。


 ――信じてみる。とするなら、きっと彼は自発的に外へ出ないだろうから、別の要因で外に出ることになったのだろうと考える。

 例えば彼は面倒くさがりだが押しに弱い人だなとカトレアは思っているので、彼になんらかの頼み事をした人が彼を外へ行かせたのかも知れない。


 でも、きっと彼のことなので町の外は危険という認識がある以上、そう安請け合いもしないだろう。そこまで人に優しい人でもないので、多分、自分に危ないことは人助けでも無闇に引き受けたりはしない。

 彼の警戒心は"私"よりあるはずだから。


 そう、町の外は危険なのだ。色んな魔物がいて、様々な毒性を持った種族が普通にいたりする。彼がどういう理由で外に行ったにせよ、召喚主として、彼の身の安全は確保しないと。

 その責務がある。


 町の門の前で一度足を止める。


 カトレアもまた、覚悟を決める。

 彼女にとっても町の外は怖いものだ。なにが起こるか分からないから。仮になにかあったとき、助けを求められる相手が近くにいるとは限らないから。


 杖を手元に召喚する。


 深呼吸して、結界を踏み越える。

 胸のうちにあったざわめきは消えて、召喚獣と同じ領域にいることを理解する。


「……普通なら外に出るはずもなくて、依頼でもきっと一人で出ることなんてなくて、それでも一人で外に行ってしまった理由――」


 ぶつぶつと呟きながら走り出し、考える。

 仮にこれがなんらかの事件であるとして。

 考えられるのは、もしかしたら――。


「私のせい……?」


 盗賊くらいしか、ないだろうと思った。



 ―――――フュルルルルルルルルルル!!



「っ――!」


 決して大きく広く鳴り響いたわけではない。大気中の隙間を縫うようにして人の耳に届けられるような、さながら風の精霊の言伝のような、緊急時に人の助けを呼ぶために作られた特殊な笛の音が鳴る。悟る。

 カトレアはバッと振り向いた。


 杖を構え、魔力を迸らせる。

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