第五話 魔女見習いは立ち上がる

Chapter.19 絶体絶命の展開

 ……さすがに分が悪い状況だ。

 ここにカトレアが居合わせないことが、良いことなのか悪いことなのか分からない。


 警戒するように後退りしながら俺は背中に隠した魔剣に手をかける。魔物の皮剥ぎのときに使って以来、攻撃魔法を使えるカトレアと違って俺はなんの力も持っていないので、護身用として携帯することにした魔剣だ。

 構えたことはもちろん、ない。


「なんのことか説明してもらっていいか」


 ひりつくような感覚を覚えながら慎重に立ち回る。命の危険をこれほどまでに感じたことはない。魔剣には手をかけてはいるが、これを構えるタイミングは慎重に見極めなくてはいけない。間違っても先に刃物を見せちゃダメだ。やり返される可能性が高まる。

 相手の出方が分からないうちは反撃の意思を見せないほうがいいだろう。しかし相手が手荒な真似をしてきたら牽制できるようにはしたい。

 ……俺にできるか? そんな器用な真似。

 つい四日五日前は普通の大学生だったんだけど?


「オメェらだろ? しらばっくれてんじゃねえよ。証拠は上がってんだから」

「証拠?」


 その言葉には怪訝な表情で返す。まさかそんなはずはない、足跡が残るような土質ではなかったしあの空間には俺たち以外誰もいなかった。組合まで一直線に向かう道中も、俺は元々報復を恐れていたので誰かに見られていないか警戒を解かなかった。

 バレるはずはないと考える。

 ……組合から情報が漏れたと見るべきか? いや、分からない。そこまで頭が回らない。余裕がない。

 ジリジリと間合いを取りながら返答を待つ。


 フンッと鼻を鳴らした男は、相方に合図を出した。


「獲物を残しちゃいけねえよ」


 締められたジャッカロープの首を掴む盗賊の男。角が片方だけない個体。確かに、それは俺たちが逃したものだが……。


「いや、なんのことか分からない」

「声が上擦ってんな。あからさますぎる。そもそも、俺たちだって馬鹿じゃねえんだから確信もないまま脅すわけねえだろ」


 声高に笑われる。俺は押し黙る。主立って話す男の隣にいる、ジャッカロープを手にした男が俺に辿り着いた方法を答えてくれる。


「買取店で奇数本の角を売った人間がいないか聞き出した。黒髪をした異質な出立ちの若い男と似たような上着を羽織る若い女が来たと、話してくれたぞ」

「いやっ、それだけの情報で――」

「売りに出された日と交通組合で普段とは違う動きがあった日は被る。この町から出る人間は常に観察し続けたが、特徴に合致する人間はここ数日間現れなかった。町のなかに決め打ち、いまここにお前がいる」

「どんな執念だよ……!」


 腰が引ける。目立つ服のままでいるのも考えものだったっていうことか。

 追い詰められている状況であることを痛感する。


 一歩、二歩、とジリジリ後退する。

 男たちは不思議と一歩もその場から動かなかった。


 もしかしたらこのまま逃げ出せるかもしれない――そう思って身を翻そうとしたとき、至近距離で棍棒のようなものを振りかぶるガタイのいいもう一人の男を発見する。

 気付く。


 ……――そういえば、寝袋は三つあったか。


「かっ」


 側頭部を殴打されて気絶する。

 ああ、俺は捕まったのだ、という自覚があった。


 ♢


 担がれて運ばれている途中で目が覚めた。


「んぐむ……! むううう!」


 声にならない。縄を口に咬まされており、両手足は縛り上げられている。俺が身動ぎをしたことで盗賊たちは勘付き、からかうように髪を触ってきた。

 やめろ。避ける。


 現在、どうも俺は町の外に連れられているらしい。離れたほうに町が窺える。景色は前方へと流れていくので、俺は後ろを向いて三人目の男に担がれているみたいだ。遠ざかる町を惜しく感じる。

 辺りに人の気配はしない。


「なあ、お前よぉー」


 主犯格らしき男が語りかけてくる。その表情は余裕があっておどけたものだが、目は据わっているから不気味だ。瞳の奥が笑ってない。


「お前らがやったことによるうちの会の損失って分かるか? あの日は、物品の引き渡しを取り決めるために留守にしていたタイミングだったんだ。おい」


 低く、喉奥で押し殺したようながなり。

 脅されているのを自覚する。


「それをよぉ……。お前らはよぉ……。やってくれたよな、いまやもうめちゃくちゃだ。全部タウロスがぶち壊しちまった。引き渡しもパァだよ。俺たちはお前らに復讐しなきゃなんねェ」


 ……その口ぶりからすると、カトレアの読み通り、防護結界陣を失ったことによる天罰はこいつらに下ったみたいだ。それは喜ばしいことだが、なおもこうして復讐を考えるようなしぶとさ・執念深さには呆れ返ると共に戦慄する。

 ああ、本当に殺されるかもしれない。


「女がどこにいるか言えば、死ぬ前に一度会わせてやる」

「………」


 俺は押し黙る。うんともすんとも言わなければ、冷ややかな目でこいつらは俺のことを見つめる。


「帝国式の処刑を味わわせてやろう」


 そう言ってどさっと投げ捨てられる。周囲は平たい原っぱだった。見覚えのある土地だ。盗賊のアジトがあった林の近く、俺たちがはじめてジャッカロープを視認した場所に来ている。


「そこで少し待ってろ」


 男たちはなにかを用意するために一度遠ざかっていった。ともすればこれが最大のチャンスだ。いまのうちになにかできることを考える。


 両手は前に縛られていて、足はキツく縛り上げられている。後ろ手じゃないだけマシか? 芋虫のように身を動かすことしかできないが、紐で口を咬まされているということは歯が剥き出しにされているということ。両手をキツく縛るこの縄を千切ろうと試みることはできる。


 横になった俺の状態はいくら原っぱでも見えづらい様相になっている。足の拘束は解けないので、人がいる場所まで逃げることはおそらく難しい。魔剣は取り上げられているのを、二人目の男が遠ざかるときその腰に吊り下げていたことで知った。


 ……できる抵抗なんて限られているな……。


 一生懸命、歯を立てていたが、状況としては芳しくない。半端にやって勘付かれ、怒りを煽るよりは手に付けないほうがマシであることもある。この場における最良の選択が見えない。


『女がどこにいるか言えば、死ぬ前に一度会わせてやる』


 男の言葉がリフレインする。カトレアも狙っているのは確定で、この執念深さなら、俺が黙っていても時間の問題だろう。律儀にカトレアは俺のパーカーを羽織り続けてくれているし、目立たせているのは俺の責任だ。


 ……抵抗を諦めることはできない。俺は、時間が許す限り、手元の縄に歯を立て続けた。


 その結果としては、間に合わなかった。

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